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第12話

 捕まえた男たちの尋問は夜通し行われた。

 賊の男ふたりは同じ主張だった。

「俺たちは何も知らない。あの店からライラって名前の銀髪の娘をさらって来いって依頼されただけだ」と。


 パール服飾店の店主は、最初のうちは何も知らない、試着室の鏡は緊急時の避難経路としてああいう仕掛けを施しただけだと主張していたが、本当のことを言わないと指を切り落とすと脅したら簡単に口を割った。

「左頬にほくろのある男から金貨を積まれて依頼されたんだ。最近、店の売り上げが落ち込んでいたから思わず飛びついた。うまくいったら、ほとぼりが冷めた頃に王都に店を持たせてやるって言われたんだよ」

 ほくろの男の素性を知っているかという質問にもあっさりと、グラーツィ伯爵家の関係者だと聞いていると白状した。

 ライラ様はこの婚約に乗り気ではないのに、このままでは1年後に結婚させられてしまう。そこで一芝居うってトラブルを起こし、婚約を白紙に戻したい。協力してもらえないだろうかと言われたらしい。


 肝心のほくろの男は、頑として口を割らなかった。

 店主が洗いざらい喋ったからおまえがグラーツィ伯爵家とかかわりがあることは判明していると告げた時だけ、ほんの少し目が揺れたようだ。


 残念だったのは、ライラ様のことだ。

 彼女自身も今回の茶番劇に加担していたということだろう。

 それがまさか、街に入った途端騎馬隊に護衛されてまっすぐモンザーク辺境伯家に連れて行かれるとは思っておらず、馬車から降りたくないとゴネたと考えるのが妥当だ。

 マリエル様もそのことに気づいたから、あの時無理に彼女に会おうとせずにすぐに姿を消したのだ。


 文通相手の「マリエル」が男であることにもとっくに気づいていたに違いない。

 グラーツィ伯爵家にどう抗議しようか。

 明け方ようやくベッドに入ったが、悔しすぎてまったく寝付けなかった。



「おはようございます」

 朝の挨拶をすると、マリエル様は快活に笑った。

「どうした、カーク。目の下の(くま)が酷いぞ」


 あなたのことを心配していてこうなったんですよ!

 それに引き換え我が主は、どうしてこうも清々しい顔で笑っておられるのか。

 その疑問が顔に出ていたのかもしれない。


 マリエル様が穏やかに微笑んだ。

「婚約を解消したいのなら、何もこんな手の込んだことをせずともよかったのにな。だが、あの暗号めいた手紙といい女装といい、なかなか楽しめた。きっとこんなことはもう二度とないだろうと思うと、貴重な体験をさせてもらったと感謝したいぐらいだ」


 あなたという人は、どこまでお人好しなんですか……。

 まさかこんなオチが待っているとは思っていなかった。

 あの鏡の仕掛けに偶然気づいたことから始まり、先回りできたことを「してやったり」とまで思っていたのに。

 警備隊や諜報員を投入した大規模訓練だったと思えば悪くはないが、特別手当をグラーツィ伯爵家に請求したいぐらいだ。

 やるせない気持ちで奥歯をぎりりと噛みしめる。

 

「ライラ様はどうなさいますか」

「朝食後に今回の騒動について、ライラ嬢にも経緯をつまびらかに報告する。あとは彼女の反応次第だが、手紙にあった『謝りたいこと』というのはつまり、婚約を解消したいという申し出だろうな」

「かしこまりました。では朝食後にこちらの執務室においでになるよう手配いたします」

 

 我が主がどうかこれ以上傷つくようなことになりませんようにと祈りながら頭を下げた。



 朝食後、ライラ様は約束の時間通りやって来た。緊張した面持ちで唇を強く引き結んでいる。

 執務室の中では、正装の軍服を着たマリエル様をはじめ幹部一同が待っている。

 ライラ様は扉の前で小さくため息をつくと、こちらへ視線を巡らせて開けるよう促した。

 

 扉を開けると、ライラ様を一目見たマリエル様が一瞬ぐっと言葉を詰まらせたが、すぐに気を引き締め直して敬礼し、一同がそれに倣って敬礼した。

「我がモンザーク家へようこそおいでくださいました。私は当主であり、国境警備隊のたいちょ……」

 マリエル様の挨拶を途中で遮ったのは、ライラ様だった。


「マリエル様っ!」

 驚いたことに、彼女はまっすぐ小走りでマリエル様に近づくと、その広い胸に抱き着いたのだ。


 まさか刺し違えるつもりか!? と一瞬全員が身構えたが、彼女が何も武器を携帯していないのは確認済みだ。拳ひとつでボス猿に立ち向かうのも現実的ではない。


 一体どういうつもりだと見守っていると、マリエル様が丸太のように固まったままゆっくりと後ろに倒れ始めた。

 両脇にいた幹部がそれを支えようとして一緒に倒れ、マリエル様の下敷きになる。

 そのおかげでライラ様は何の衝撃も受けずに無傷で、マリエル様の腕に収まったままだ。


「マリエル様? どうなさったのですか?」

 ライラ様が体を起こし我が主の頬をぺちぺち叩いているが、反応がない。


 マリエル様は、目を見開いたまま顔を真っ赤に染めて気を失っていたのだった。


 


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