第10話
しばらく待っていると店に面した部分の幌が開けられ、ドサっと音がしたと同時に荷台が大きく揺れた。
はあっというため息が聞こえる。
「重かった。なんだよ、本当にこの娘で合ってんのか?」
「でもたしかに何度も『ライラ様』って呼ばれてただろ。しかも銀髪だし」
「体はゴリラじゃねーか! こんなご令嬢いるのか?」
「俺だって知らねえよ。ライラっていう銀髪の娘が試着室に入ったら連れ出せとしか聞いてねえし」
男ふたりのヒソヒソ声が聞こえる。
「つーか、この大きさだと木箱に入れられねえじゃねーか」
「ムシロをかぶせておくしかねえな」
思わずククッと笑いそうになって慌てて口を押える。
「とにかく気づかれる前にずらかろうぜ」
「そうだな、ここで目を覚まして騒がれると面倒だ」
男たちは荷台から降りて御者台へと回りった。
馬車がゆっくりと動き出す。
おそらく試着室の鏡の裏から手を伸ばし、即効性の催眠薬を含ませた布で口を塞いだのだろう。
その程度で眠るような我が主ではない、眠っているフリをしているだけだと思われる。
音を立てないようにそっと木箱から出て、ムシロをかぶせられている巨体に近づいた。
「マリエル様?」
静かに声をかけると、ムシロから銀髪が出てきた。
幌の隙間から入る薄明りの中でその顔を見て思わず息を呑んだ。
トーニャが化粧を施したのだろうか。
その顔は、ダイアナ様にそっくりだったのだ。
銀髪と顔だけ見れば、女性に見えなくもない。
ただし体がゴツすぎる。
荷台に持ち上げるのがさぞや大変だっただろうと、さっきの男たちに思わず同情してしまった。
その時、馬車がスピードを緩めて止まった。
街の入り口にある門に到着したのだろう。
幌から片手をそっと出し合図を送った。
マリエル様は再びムシロをかぶせ直し、自分も木箱の陰に隠れる。
「積み荷は何ですか?」
「パール服飾店からの荷物です。領収書もあります」
外で門番とやり取りしている男たちの声が聞こえる。
「ご苦労様。お気をつけて!」
「あいよ」
再び馬車が動き始める。
しばらく進んだところで男たちが御者台ではしゃぐ声が聞こえた。
「なあんだ、検問とかいうからビビったら中の確認もしなかったな!」
「チョロかったなー」
チョロいのはおまえらのほうだ。
街から出る馬車は全て荷物の中身をよく点検するよう言いつけてある。
この幌馬車がスルーされたのは、手で合図を送ったためだ。
いま頃、パール服飾店の店主は騎士に取り囲まれていることだろう。
あとはこの馬車の行き先に首謀者が待ち受けているのか、それともさらに馬車を替えてかなり遠くまで運ばれてしまうのか。
いずれにせよ御者台に乗っている男たちを逃がしはしない。
モンザーク辺境伯家の領内で悪事を働こうとしたことをせいぜい後悔させてやるからな。
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どのあたりまで来たのかはわからないが、半時ほど経ってようやく馬車が止まった。
「上手くいきやしたぜ」
「そうか。ご苦労だった」
男たちが誰かと話す声が聞こえる。
声を聞く限りでは初老の男性といったところか。
「お嬢さんが重くてまいりましたよ」
「……重いとは?」
「だから、体がゴツくて担ぐのが大変だったんですって!」
「待て! どういうことだ!」
戸惑う声が聞こえたと同時に幌が乱暴に開けられた。
木箱の陰からそっと顔を出して窺ったが、光が眩しくて首謀者の顔がよく見えない。
「一体誰を……っ! なんだこの山のような巨体は!」
「うるせえですわっ!!」
ムシロが翻る。
「さっきから聞いていれば、ゴツいだの巨体だの、レディに失礼だろうがですの! 俺に喧嘩をお売りになるだなんて、おととい来やがれですのよ!」
巨体がダイブし、荷台がガタンと大きく揺れた。
いやいや、何ですかその口調は。
やれやれと思いながら立ち上がり荷台の外を見ると、マリエル様が地面に倒れているひとりの胸を踏んづけ、残りのふたりの胸倉をつかんで持ち上げていた。
つかまれているうちのひとり、初老の男の顔に見覚えがある。
男たちは血の気を失った顔でブルブル震えていた。
いろんな意味でさぞや怖いに違いない。
さらったライラ様が暴れたときのために用意していたのだろうか、荷台で見つけたロープを拝借して3人の男の両手を手早く後ろ手に縛りあげる。
次いで両脚も縛り、荷台に放り込んだ。
ぐるりとあたりを見回して、ここが麓の街と隣街をつなぐ街道から少し脇道にそれた野原であることを確認した。
ほかに賊の仲間はいないようだ。
振り返ると、荷台に一緒に乗りこんだマリエル様が男たちに奇妙なオネエ言葉でこんこんと説教を続けている。
「人さらいは重罪だって知らねえのかですわっ! 逃がしゃしねえから覚悟しやがれですの!」
だから、いつまでそんな口調なんですか!
呆れるやら笑えてくるやらで口元を緩ませながら御者台に乗る。
麓の街へ引き返すべく馬を走らせ始めてすぐに、我々を追ってきた騎馬隊と合流した。
「首尾よく賊は拘束して荷台で隊長が見張っています。あ、中は覗かないほうがいいですよ、いろんな意味で怖いので」
その忠告に、騎馬隊の隊員たちは意味がよくわからないといった様子で首を傾げていたのだった。