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短編小説

おかえり、ダーリン

 たるんでる。

 つーか、緩んでいる?

 いや、淀んでる。


「いかん、いかん」

 このままじっとしていたら、わたしだけじゃなくて部屋の空気まで濁りそうだ。

 なにか音楽でもかけてみようか。

 そんなことを思いついたわたしは、リビングのソファからずるずるとブランケットをお供に立ち上がり、壁一面の棚を眺めた。

 そして、最後にいつ開けたかわからない、CDの入ったカゴを取り出す。

「ややや、意外と重いではないか」

 それを抱えて、大きな窓の側の床に置いた。

 そして、目についた1枚を開ける。

「……え、嘘」

 まさかと思いつつ、次々と開けたCDは、どれもこれもカバーと中身が一致していなかった。

 自分がしたこととはいえ、ショックだった。

 好きで集めたCDなのに。

 ここには、そんな思いは少しも感じられない。

 ――ごめんなさい。

 こんなのダメだ。

 このままじゃ嫌だ。

 わたしはCDの整理を始めた。

 幸い今日は、十二月だというのに日差しは暖かだ。

 南向きの窓を背に座るわたしの背には、ほこほことした陽の恵みが降り注ぐ。

 背中からエネルギーを貰ったわたしは、一枚一枚CDの答え合わせをしていった。

 そして、ここにある曲のどれもが、少し前に流行った曲だと気がついた。


 余裕、なかったもんね。

 ないくせに、やりたがって。

 遂には胃を壊しちゃった。

 なにかに追われるかのように、常に焦りがあって。

 立ち止まるのが恐くて。

 置いていかれるのを恐れて。

 自分のペースを考えずに、「みんなと同じ」ペースで走り続けようとした。


「よし、完了」

 綺麗にそろったCDを見ると心が晴れた。

 せっかくだから、明るい曲を聞こう。

 クリスマスも近いから、なにかそれっぽい曲がいい。

 わたしはとっておきの一枚取り出して、プレイヤーのボタンを押した。


 音楽を聴きながら濃いめの紅茶を入れて、温めたミルクもたっぷり注いだ。

 ついでに、冷凍グラタンをチーズを増して、レンジで温めゆっくり食べた。

 心も体も満足したら、不思議なことに元気が出てきた。


 古くなったTシャツを切って、窓を拭く。

 部屋のドアなんかも拭ってみる。

 壁なぞも拭いてみて、意外と汚れていたもんだなぁと感心する。


 高いところに手を伸ばすと、腕の筋肉が動いているのがわかった。

 しゃがんで低いところを拭いていると、足の筋肉が動くのがわかる。


 この手も足も、全部自分のもの。

 そんな当たり前のことが、とてもありがたいなぁと思った。

 心と体。

 わたしは自分の気持ちばかりを優先して、体の信号に気がつかなかった。


 うん、そうだなぁ。

 うん、そこなんだなぁ。

 だから、ここで今気がつけて、ラッキーだったんだ。

 気持ちの焦りに、体がブレーキをかけた。

 それも良く考えたら、当たり前のこと。

 うん、そう。


 


 さてとさてと。

 少し遅くなったと焦りながらも、夕飯の買出しへGo。

 今日はお鍋にしよう。

 豚肉と白菜と人参と春雨。

 おいしいお豆腐なんかも買って入れて、ポン酢で食べよう。


 はりきって買い物をしたスーパーから出たところで「あっ。ゆずこ」なんて呼ばれた。

 あらら、と思って振り向くと、いつもよりも早い時間のこんな場所にわたしの旦那さまが。

 見ると、手にはなにやらお土産まであるような。

 彼はわたしから荷物を取ると、一瞬、泣き出しそうな表情を浮かべた後、嬉しそうにニカっと笑った。


 心配かけていたんだなぁ。

 うん、そうだよ。

 そりゃ、そうだ。


「おかえり」

 わたしが言う。

「ゆずこも、だね」

 彼が言う。


 うん、ほんと。

 心配かけてごめんね。

 そして、ありがとう。


 彼の手をとる。

 一緒に歩く。



 おかえり、ダーリン。



 ただいま、ダーリン。


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