3話
携帯の着信音が鳴り、画面を見る。
知らない番号だ。
とりあえず、緑のところを押して、スマホを耳に当てる。
「もしもし? 誰?」
「誰じゃないですよ! 運転手の杉本ですよ!
使用人の連絡先の一覧、渡されたはずでしょ!」
「あ~、多すぎてまだ登録してなかったすわ~」
「まったく! それで、今どこですか?!」
「いま? スタバ」
「何考えてるんですか! 今、大グループのご令嬢が行方不明なんですよ!」
「ちょっ、落ち着いてくださいよ……全くこれだからおっさんはわかってないなあ~」
「どういうことですか? 何か考えがあるんですね?」
俺は電話越しにドヤ顔をする。
「もちろん」
「で、どういう考えなんですか?」
「いいですか? あいつは一族の令嬢とはいえ、まだ中三でしょう?」
「そうですけど、それがなんだっていうんです?」
「いいですか? 中年のおっさんは知らないでしょうけどね、女子中高生は寄ってくるんですよ。
このスタバに、アホ丸出しで本能的に考えなしにね!」
「なにわけのわからないことを言ってるんですか!
そんなの全くあてにならないじゃないですか!
そもそもお嬢様のことをそんな風に言うだなんて、時代が時代なら法的に殺されますよ!」
「まあまあ、落ち着きなさいって。女子中高生のスタバに寄る率と言ったら、もうそれはすごいんですから。
ゴキブリホイホイよりすごいですよ」
「たとえ比喩だとしても茜お嬢様をゴキブリ呼ばわりしないでください! 本当にハラハラする人ですね!
それにあなた、重大なことに気づいてませんよ!」
「え? 重大なこと?」
「この周辺には、スタバは五つもあるんですよ!」
「嘘でしょ!!」
「ほんとですよ! 嘘なわけないでしょ! どうするんですか、本当にもう!」
「え、ええ~どうしよう……」
「全くもう、やってくれましたね! どこへ行ったかもわからないのにこの多い人でのなか、お嬢様を探せって言うんですか!
電車やタクシーにでも乗ってしまっていたら、もう終わりですよ!
このあたりは夜になると居酒屋だらけで、治安も悪くなるっていうのに…………!」
「どうしよお…………」
俺はとうとう青ざめ始める。
「今さら焦っても遅すぎますよ! もうおしまいだ………私はもう、遺書を書いてきます!」
「いや、はやまりすぎだろ!」
「このレベルの事件だったら、使用人はみんなそのくらい覚悟しますよ!」
「ええ~マジでやばいじゃん…………」
「もう、おしまいです。はっきり言って、死に方を選ぶなら今ですからね!」
「ひぇええ…………」
電話が切られると、俺は思わず席から立ち上がり、フラペチーノを手に持つ。
ごみ箱まで駆け出し、フラペチーノを捨てようとするが、やっぱりもったいないので、足踏みをしながら急いで吸い込む。
そのときだった。
「ああ!!!」
「げ…………」
そこにはレジに並ぶ、あの生意気なクソガキお嬢様の姿が…………!
俺は思わず、店内中に響き渡る声で叫んだ。
「お嬢様、発見!!!!」
周りの客が一斉に俺と、俺の人差し指の先にいる少女を見つめる。
注目を浴びて赤面したその少女は、慌てて列を仕切るベルトを潜り抜け、そのまま外へ逃げようとする。
俺はフラペチーノを片手に持ったまま、店のドアにの前に向かって走り、両手を広げて退路を断った。
「もう逃げられないぜぇええ!!」
「ひぃっっ!」
その構図と可憐な少女の悲鳴に店内はざわつき、数人のガタイが良い男性の客は立ち上がり、レジ前の品をそろえていた女性店員がこちらをにらむ。
「あ、誤解です……! 俺はこの人の…………」
「この人、私のストーカーです!!」
「はぁあああ!?」
俺は男たちに両手や胴体をつかまれ、クソガキは店員に守られながら、店の隅に寄っていく。
なんとか状況を収めようとしつつも、テンパってしまい、言われた嘘が脳内でミキサーにかかる。
俺は唯一自由なその口で、全身の自由と今後の声明を求めた。
「それでも俺は、君を愛してしまったんだーー!!」
俺の自由への咆哮を聞いた周囲の人々が、女性だけでなく男性まで、情けない小さな悲鳴をあげる。
「ひぃいいい! 警察よ! 警察を呼んでええええ!」
いや、自分で呼べよ。
そんなツッコミを言う間も与えられず、俺は善良なる市民によって拘束された。