オレの名前
オレは、猫のはず。
そう、猫になっていたはずなのに
何故かこの女ときたら…
今日は、週末。
しかも、ナイスな晴れ。
オレ的には(猫のね)ゆったり昼寝したいわけ。
だのに、何を考えてんのかこの女は
この猫のオレにリードを付けて散歩を始めたんです。
今朝の事。
「おはぎ~」
ん?
まだ眠たいオレはあくびをしながら、
少し喉を鳴らしとく。
「おはぎ~イイコね
イイコのおはぎとお散歩したいと思ってさ!
じゃーん!見て見て!買ってきちゃった!」
と言われて、目を見開いたってことがあった訳で。
残念だ残念だってことは知っていたけど
犬と同じ扱いされるとは思わなかったぜ。
まぁ、オレはさ
出来た猫だから。
歩くけどね。
周りの視線が刺さるぜ!
そりゃそうだろ。
猫なのに、犬のようなリードさばき。
猫なのに、気まぐれな動きもせず。
猫なのに、飼い主とのアイコンタクト。
完璧、オレ。
出来る男ですから。オレ。
魅力的な高い塀
登りたいよ。ウズウズしてくる。
でもさ、後ろを歩くこの女は鼻歌歌って上機嫌。
我慢するさ。
レディファースト出来るんだよ。オレだってさ。
そうやって、どんどん歩いていたら。
何だか懐かしいと感じる道に来た。
何だ?
この道。
この景色。
この匂い。
知ってる。
あれ、ここ小学校か。
高い塀の隙間から、校舎が見えた。
オレが立ち止まると、女も立ち止まった。
「おはぎ。ここ気になるの?
この学校はね、私が卒業した学校だよ。
懐かしいなぁ。
あ?! 卒業は、出来なかったんだよね。
私、5年生の時引っ越しちゃったからさ」
学校を見ながら喋ってるから。
女の顔は見えなかった。
オレも、何か思い出せそうで
しばらくここからは動けない気がしていて。
そっとしとこうと思った。
しばらく学校見ていた女は何か、呟いた。
「…… …… 」
人間の聴覚だったら、多分拾えないんだろうけど。
オレは猫だから。
はっきり聞こえてしまった。
それが聞こえたとき。
何故か背中までビビビと電気が走ったような感覚がしたんだ。
そして頭の中にストンと落ちた。
それが、オレの名前だと。
脳みそが反応したんだ。
その時、視線が刺さる。
それが敵意のあるものだと、動物の本能で解った。
動物か?刺さる視線の元を探して見渡す。
不思議とすぐに解った。
でも、何だ?
違和感。
こっちを見てるのは人間の男なのに
人間の感じがしない。
野生の匂い。
何となくね。
野生の匂いとかオレが解るわけないんだけど。
この、猫の体が解ってる。
背中の毛が逆立つ。
女じゃなくて、オレを見ている。
それも、違和感。
こっちを見ている男は、
不適な笑みを一瞬浮かべたあと、
こっちに向かって歩いてきた。
どんどん近づいてくる。
オレは猫の体で臨戦態勢に入る。
尻尾を立てて 軽く爪先で立ち大きく見せる。
「しゃーーーー」
しゃーーーーって。。。
オレ。だせぇ。
でも、仕方ない。
本能が叫ぶんだ!危機を感じるんだよ!
「あれ?おはぎ?どしたの?」
オレの精一杯の威嚇に気がついた女は、
俺の視線の先を見た。
ハッ
っと、したのが解った。
え?知り合いか?
女は向かってくる男を見ながら言った。
「坂本君?坂本護君?」
え?!
それ、さっき呟いたオレの名前じゃん?!
近づいてくる男はオレの前で止まった。
そして、女に向かって言ったんだ。
「えっと、石井さん?だっけ?」
「え?覚えていてくれたの?そう!石井花菜だよ!
凄いね!私、五年生で引っ越したのに!」
石井花菜
その名前を聞いた時。
一気に脳内に人間の時の記憶が広がった。
オレは、坂本護 24才。
無職。中2から引きこもりネットゲームばかりしていた。
そうだ、オレはゲームばかりしていて
ほとんど飲まず食わずで
そしてほぼ寝ないと言う生活をしていて。
そのまま、眠るように死んだんだ。
引きこもった原因は、中1から始まったイジメ。
一年は我慢したんだ。
いじめてくるやつの機嫌を取ったり。
言うことを聞いたり、
心を殺して。
でも、ある日それも出来なくなった。
部屋から出られなくなったんだ。
石井花菜は、小3~同じクラスになった
おっちょこちょいな女の子だ。
思い出したぞ。
オレは石井に助けて貰ったのか。
世界って狭いな。
はーー。
とにかく、少し落ち着こう。
オレは坂本護だよ。
んで?
オレは死んだはずなのにさ。
なんで、こいつはここに居るんだ?
生きてるじゃん。オレ。
どう言うことだよ。
オレの体が、まだこいつを警戒してる。
石井となんか喋ってるこの男は、オレじゃない!
「しゃーーーーしゃーーーー」
オレの威嚇で石井がオレを見た。
「やだぁ、おはぎ?なんで怒ってるの?」
オレをなだめようとしゃがみこむ石井。
そんな石井の後ろからオレを見て不適に笑う男は、
人間の聴覚では、絶対に聞き取れない声で喋った。
「…… ………… 」
こいつ!
オレはあいつから目が離せなかった。
「じゃあ、石井。またな」
「あ!もっと話したかったな。
また、会えるかな?」
「どうかな?
また、会えると良いな!それじゃ」
「うん。バイバイ」
オレの隣を通りすぎるとき、
あいつは、フッと笑っていきやがった。
「まさか、坂本君に逢えるなんて!
おはぎ!お散歩にきて良かったね!」
石井の良い笑顔。
オレは、オレの体を使ってる
アイツの事で頭の中がいっぱいだった。
くそ!
あいつは、どこに行ったんだ?
追いかけようと、オレは
あいつが行った方に走り出した。走り出して
直後。引き戻される感覚があり首から
ぐるりと体ごと引きずり戻された。
「あ!おはぎ大丈夫?急に走るから!」
あいてててて。
首苦しっ
石井が心配そうにオレの首を撫でてくれた。
くそ!あいつ。何者なんだよ。
それから、どうやって家まで帰ったか覚えていない。
オレは、あいつの言葉をずっと考えていた。
「その体、あと少ししか持たねーな。
フッ オレの代わりに死んでくれ」