第33話 私達の英雄
「……いくぞ、二人共──」
ルークとエキナは目蓋を閉じて俺に体重を預けた。
二人の柔らかい四肢が密着し、激しく俺の理性を揺さぶっている。
真っ赤に染まった視界の中で、俺は──
「お願い!皆こっちを見ないで!?」
──いや、ムリムリ!!!
こんな衆人環視の中で出来るか!?
「ユウ!早くしてヨ!!」
「そうですよ!」
「そ、そう言われても……!」
ひよってしまった俺を見兼ねたのか、兄貴の奴が俺達の目の前にやって来た。
「夕、10分だ。僕の予知ではそれがタイムリミット──10分経ったら呼び戻すから、後は頼むよ」
「え?おい、どういう──」
俺は意味を問い質そうとしたが、兄貴が指を鳴らした瞬間、俺達3人を対象に転移の魔法が発動した。
特有の浮遊感の後、気付くと見覚えのある教室に居る事に気付く。
「ここは……」
俺が高校時代を過ごした教室……
少し机や黒板などの備品は変わっているが、思い出に残るあの場所に違い無かった。
「ユウ、アデラートが気を利かせてくれたんだし、早く!!」
「わ、わかった……!」
俺がずっとくっついているルークとエキナの目を見つめた時だった。
教室の奥、窓際の席から椅子を引く音が聞こえる。
「っ……ここは……!」
「……高坂……!?」
兄貴、高坂も転移させていたのか!?
高坂も俺に気付いたのか、慌ててこちらへ向かってきた。
「滝川っ!一体どうなったの……!?」
走りながら叫ぶ高坂を俺に近付けないようにする為か、ルークとエキナが俺の前に出た。
「そこで止まって下さい。貴女がユウ君に触れる事は私達が許しません」
「前も言ったでしょ。あんたは危険すぎる」
鋭い眼光で高坂を睨む2人に、高坂も冷ややかな視線を向ける。
「貴女達、私達の制服を真似しながら何を粋がってるの?」
「ま、真似って……この世界に来たら勝手に変わってたんですっ!」
「ほんと!こっちはいい迷惑なんだから!」
「? 転移した時近くに居たから影響されたのかしら。つくづく鬱陶しい……」
「なんですって!?」
ルークがグルル……と犬の様に唸っている。
エキナはエキナで眉を寄せて身震いするような怖いオーラを醸し出してるし。
こいつら時間ないこと分かってるのか?
「3人共落ち着けって、マジで時間がヤバいって」
「そうよ一体何があったのか聞かせて頂戴」
俺は高坂に一瞬視線を向けた後、背を向けた。
「……高坂、悪いが今は説明してる暇は無い。ルーク、エキナ早く済ませよう」
俺の言葉にルークとエキナが強く相槌を打った。
「うん!さ、エキナ早く服を脱ごっ」
「は、はい!でも少し恥ずかしいですね……」
「あーあの女が居なければいいのにネー」
2人が高坂を横目に俺の方へと翻した時だった──
「また私を見殺しにしてもいいの?滝川」
「……高坂、なんのつもりだ」
「なんのって、見たままよ」
「……っ……」
俺が再び高坂に振り返ると、彼女は自らの喉元に魔力で造ったであろう刃を突き立てていた。
拳を握り込んで立ち止まっていると、ルークが俺の両頬をぺちんっ、と挟んだ。
「ユウ!あの女が死にたいなら勝手にさせなさい!それに、どうせ聖女の力で生き返らせる事が出来るでしょ!」
「……だよな。物事には優先順位ってもんがあるよな……」
「分かったなら早く血を吸って!ほんとにもう時間が──」
ルークが必死な顔で訴えて来ているのを遮るように、俺は彼女の両腕を掴んで降ろさせた。
「……ねぇ、何度あたしの言うことを無視すれば気が済むの……?」
まだ何も言っていないのに、ルークは俺の動作だけで何をするつもりか分かったらしい。
……ごめんなルーク。エキナも。
「悪い2人共。これは最優先事項だ」
俺は2人の間を割って高坂の方に一歩踏み出した。
それを見て、エキナがいつもより数段低い声で俺の名前を呼ぶ。
「ユウ君、自分が何を言ってるのか分かってますか?」
「……ちゃんと分かってるよ」
「……だったら──」
俺がエキナを見やると、彼女は両の手のひらを重ねて高坂の方へと向けていた。
「──ユウ君に恨まれても構いません。私が今ここで高坂さんを殺します」
「……!」
冷たい声色の彼女の手のひらの先には聖者の弾丸が浮かんでいた。
聖国との戦争の際、エキナに渡していた代物だ。
エキナ……そこまでの覚悟なんだな。
「……いつも勝手をして悪いと思ってる。だけどな、高坂は俺にとって2人と同じくらい大事な人なんだ。だからお願いだ──」
俺はたぶん生きてきた中で一番真摯に頭を下げた。
2人に土下座はふざけてると思われかねないし。
「頼む、高坂と話す時間が欲しい」
ルークとエキナは俺の姿に困惑の色を浮かべている。
「ユウ君……」
「……ったく……」
頭をぽりぽりと掻きながらルークが俺に疑問を呈す。
「……話すって言うけどあの月の攻撃とか、隕石とかはどうするの?」
「それは──」
俺はエキナの方へと歩き、彼女の体を抱き締めた。
「あ、こらユウ!」
「ユ、ユウ君!?」
そのまま吸血鬼の牙を剥き出しにして俺の考えを伝える。
「エキナに聖女の力を全て託す。お前ならこの力を使いこなせる筈……!!」
「そ、それは……」
「それとルーク。お前にも俺に残ってる力を全て渡すからエキナを守ってやってくれ」
「……」
ルークは何も言わず、今にもエキナの首筋に噛み付こうとしている俺を見つめている。
「それじゃエキナ──いくぞ」
「……っ!!」
俺は全身を輝かせ聖女としての力を全て引き出した。
そしてそれをエキナに注ぐようにして彼女の体内の流し込む。
「……熱いっ……ユウ、君っ……!!」
やがて俺の体の光は薄れ、拒絶反応を起こす事なくエキナへとその輝きを移していった。
エキナは強大な力をいきなり流し込まれた為か、俺の服にシワが出来る程強く掴んでいる。
その頬は赤く染まり、涙目で俺を見ている。
「……ユウ君……私っ……暖かくて、段々気持ち良く──」
エキナの体に全ての力を渡した瞬間、強烈な聖女の輝きがこの教室を包み込んだ。
そして同時にフッ、とエキナの意識が途切れた──
「お、おい!?」
「……ユ……ウ、く……ん……」
※
「──エキナ」
「……え?」
あれ、私……ユウ君に聖女の力を貰っていたんじゃ……
ここは……??
私は今、見渡す限り真っ白な空間の中に居ます。
……そして目の前には──
「……私の前の聖女……さん……?」
「その通りです。最後の聖女エキナ」
「最後……?」
お名前は確か、リースさん。
私に少し似たお顔立ちの彼女は、私の目の前で穏やかに微笑んでいます。
ですが、今は彼女とのんびりお話している場合じゃありません!
「お願いです!私に何かしたなら早く戻して下さい!もう時間が──」
「心配要りませんよ。ここは貴女の中……聖女の力によって造られた空間とでも思えばいいです。現実の世界ではほんの僅かな時間しか流れませんでしょう」
「……は、はぁ……」
饒舌に語り出したリースさんは、未だ困惑している私に優しく話を続けます。
「エキナ。いずれ貴女が聖女の力を覚醒させた時、話を出来るように精霊さんが力を残してくれたんです。今の私は奇跡の力の残涬のようなもの……」
こっちの世界に来る前、マーネさんが見せてくれた過去の出来事でも、確かに精霊さんとのやり取りがありましたね。
──あれはやっぱり現実だったんですね。
……でも、それなら1つだけ許せない事があります。
「どうして、あの時ルークを……マーネさんを助け無かったんですか……!?残ったこの力を精霊さんに頼めば、ルークは200年も苦しまずに……!!」
「……」
今さら言っても遅い事は分かってます。
それにあの出来事があったからこそ、今があるって。
それでもこう言わずには居られない──
「貴女の勝手なワガママのせいでルークが苦しんだんじゃないんですか!?」
「……」
リースさんの願いは分かってます。
再びルークと、そしてマーネさんと廻り会う事。
──聖女の力を失った状態で。
「何とか言って下さい……!!」
ずっと何も答えないリースさんに思わず怒鳴ってしまいます。
ルークが過ごした辛い200年を想うと、思わず涙が溢れてきてしまいます。
そんな私を見て、ようやくリースさんが口を開きました。
「……ワガママ……ですよね。分かってます……だけど私にもワガママを言う権利はある筈です」
「ルークを200年も苦しめてまでですか!?」
「だって──」
リースさんは笑顔のまま一筋の涙を流しました。
「私も……マーネ兄さんと恋をしたかった……!!」
「……!」
……その笑顔はあまりにも悲痛で慈愛に満ちています。
「そして次代の聖女にこんな重荷を背負わせたくなかった……だから私は精霊さんにこの聖女という存在に封をしたんです」
「リースさん……」
リースさんは涙を拭い、私の頬に手を伸ばしました。
「エキナ……貴女はマーネ兄さんが転生した存在──ユウに影響されてその力に目覚めてしまった。……ふふっ、やっぱり私の力なんてあの人には敵わないものですね」
どこか嬉しそうに語るリースさんは、私の頬に触れながら涙を拭ってくれます。
「私は貴女が羨ましいです。ずっと見てたんですよ?貴女は私が欲しかったものを全部手に入れてくれた。ただ……」
「……?」
「貴女はユウから覚醒した聖女の力まで受け取ってしまった。せっかく精霊さんがお願いを叶えてくれたのに……これはよろしくありません」
「っ!」
急に冷たい声色になった彼女から思わず距離を取ります。
今、リースさんは──
「……聖女の力を奪おうとしましたね……!?」
「貴女の為です。この力はいずれ世界に利用されます。聖国にも狙われたのですから分かるでしょう?」
「……駄目です。少なくともメリアさんを生き返らせるまでは……!!」
それがユウ君の願いでもあるのですから。
それでもリースさんは考えを曲げませんでした。
「なりません。例えあの人の望みでもそれだけは聞けません」
「……本当に、私に似て頑固な人ですね」
「お互い様でしょう。第一、その力を持て余すのは分かるでしょ?良いように利用される前に早く──」
「ユウ君が守ってくれます!!!」
「……!」
再び私に手を伸ばそうとしていた彼女の手を払いのけ、リースさんを強く睨みます。
「私にはユウ君が居ます。そしてルークだって。エスタード王国も私を守ると決めてくれたんですよ!?」
「……マーネ兄さんは私の事を守り切れませんでした。今代の英雄だって──」
「私の英雄を馬鹿にしないで下さい!!」
「エキナ……」
「私はユウ君を、皆を信じてます。それに私は貴女と大きく違う所があります」
「何が……!」
私は大きく息を吸い込み、胸を張ります。
「私はユウ君のお嫁さんになる女です!」
「……?」
「お嫁さんにとって一番必要なものって何か分かりますか?」
「え、えぇと……夜のテクニックとか……?」
「……貴女相手だとツッコミにくいんですが……ま、まぁそれも必要かもですが違います」
「なら、何が必要なんですか……?」
ユウ君の事を想いながら、私は答えます。
「旦那さんの重荷を一緒に背負ってあげる事ですよ」
両の手のひらを胸の前で組んで、目を閉じます。
「私はユウ君と一緒にメリアさんの命を背負っています。ユウ君が今まで奪った命も。だからユウ君が倒れそうな時は私が支えます、壊れそうな時は私が治します」
「なら、またあの人が死んでしまったなら……!?」
私は何1つ躊躇う言葉なく答えます。
「一緒に死にます。でも、そんな時は来ないですよ」
「どうしてそう言いきれるんですか……?」
「簡単ですよ」
そう、とても簡単な事。
ふふっ、200年も経ってこんな事も忘れてしまうなんて……
いえ……それだけリースさんにとってユウ君が──マーネさんが大事だったんですね。
「リースさん、ユウ君の隣に誰が居るのか忘れたんですか?」
「!」
「そうです。ユウ君の隣には魔族の頂点、吸血姫が居るんです。そして私、今代の聖女が。私達が居てユウ君が死ぬなんて事はあり得ませんよ。絶対、死なせませんから」
「私達の時だって……!」
「200年前とは違います。今のユウ君は世界最強なんです。聖女の力は私が貰っちゃいましたけどね」
「……」
リースさんは俯いて少しの間逡巡していたように見えます。
けれど次に顔を上げた時、その瞳には決意の光が宿っているようでした。
「エキナ、約束して下さい」
「はい」
「もう絶対あの人を死なせないで、そしてもう二度とルーク姉さんを悲しませないで下さい」
「……!」
……なんだ、やっぱりルークの事も大好きだったんじゃないですか。
素直じゃないんですから──
「今まさにルークを悲しませようとしている人が居ますが、それはどうしましょうか?」
「ふふっ、決まってるでしょう?」
「そうですね──」
やがて、私の体は光に包まれて意識が薄れていきました。
本当に優しい光です……
私は最後にリースさんを見つめます。
「リースさん、貴女が紡いでくれた未来を必ず無駄にはしません。だから……」
「……はい。ありがとうございますエキナ。今も昔も変わらず貴女には、そして私には英雄が居る……そうですよね?」
「……はい!!」
「やっぱり、あの時ワガママを言って良かった……ルーク姉さんには悪い事をしましたが、幸せな未来に続いているようですから……」
「……リースさん、最後に聞かせて下さい」
「? はい」
薄れゆく意識の中で私は問います。
「……私を最後の聖女と言った意味を教えて下さい……」
「……言葉の通りですよ。この世界にもう聖女は生ませない。少なくとも、貴女の血縁以外では」
「……そ、それって……」
「貴女とユウの子孫がその力を継いでしまうのは止めようがありませんから。貴女達の血縁が終わればもう聖女は生ませませんからね」
「……私の先代が優しい人で良かったです……」
「そんなこと無いですよ。さ、時間を取らせましたね。行きなさいエキナ、私達の英雄が待ってます──」
私は目を閉じて覚醒の時を待ちます。
黄金の輝きをこの身に感じながら。
リースさん、安心して見てて下さい。
私はユウ君もルークも、もう誰も悲しませんから……!!
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燃え尽き症候群に掛かっておりましたm(_ _)m
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