第8話 おめでとう
「やるわねぇユー君。年甲斐も無く火照っちゃったわぁ」
「僕の弟ですから」
ユウ達はルークが落ち着いてすぐボロボロになった客間から帰らせ、部屋の修復に宮内のメイドが右往左往している。
そんな様子を眺めながらレインとアデラートは談笑していた。
「アデ君、これで王国崩壊の未来は無くなったかしら?」
「どうですねかね。少なくとも夕の決断はルーク君を救うことになるでしょうが」
普段の自信に溢れたアデラートを知っているレインは、曖昧な返事をしてきたアデラートに違和感を覚えた。
「アデ君にしては微妙な返事ねぇ?」
「……夕が絡む未来は僕にも正確に分からないんですよ。夕は僕の力を完全に越えた存在ですね」
「でも、アデ君はルークちゃんに勝ったんでしょう?」
「あの時点で彼女は力をほぼ全て夕に渡していたようですし、勝ちとはとても……」
「……末恐ろしい事だわ。人類の頂点がここまで言うとはね」
「僕は嬉しいですよ」
客間の窓から外を見たアデラートは本当に嬉しそうな顔をしていた。
何が彼にそんな顔をさせるのか、レインには疑問で仕方無かった。
「そう言えば、アデ君って何でユー君をあれこれ世話するの?本当に面白い子だけど、あくまで他人でしょう?」
「え?あぁ、まだ言ってませんでしたっけ?」
「?」
「夕は──」
アデラートが語った内容に、レインは嬉しくもあり、また少し胸が痛んだ。
「……そうなの。それ、いつ言ってあげるの?」
「そんな泣き笑いみたいな顔しないで下さいよ。それに、ちゃんともうすぐ伝えますよ」
「ごめんなさいね……私にも責任があるから……」
そんなことはありません、と優しく否定したアデラートは、目尻に涙を溜めているレインにハンカチを差し出した。
「はい、先生」
「ありがとう。……本当、出会った頃から変わらないわね」
「……あまり思い出させないで下さい」
「フフフッ……──ねぇ、アデ君。私からのお願いよ」
「何でしょう?」
聞かなくても知ってるくせに。
レインはそう思っても口には出さず、そのまま続ける。
「ユー君達を守ってあげてね。私の頼もしいナイト様」
「──僕らで、必ず守ってみせますよ」
いつもの、自信に溢れた人類最強の男がそこに居た。
※
あたしはルーク・エリザヴェート。
今あたしとユウは王宮が出してくれた自動車で学園の寮へと帰っているところだよ。
ユウが、「車を見る度異世界感が薄れる……」とぼやいていたけど、そりゃ魔法がそこまで使えない世界じゃ科学もある程度発達するって。
ユウ以外にもあっちの世界から来てる人間だっているんだし。
さて、そんなことよりもだ。
ユウは今あたしの隣で疲れて眠っているんだけど、その……あたしの肩にもたれるの止めてくんないかなぁ。
「ユウ……ねぇってば……」
少し揺さぶってみるが全然起きない。
今くっつかれるとかヤバいんだって……
だってさっき──
「──契約しよう。お前の真名を教えてくれ」
「──はい」
はいってなによ!?
あたしのバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!!!
プロポーズされた乙女か!!
も~……顔が熱いったらありゃしないよ……
足をバタバタしてちょっと暴れちゃったから前にいる運転手さんがびくっとしちゃった。ごめんね……
ハァ……ユウってば何であいつと全く同じ台詞を……
やっぱり間違いないんだと思う。
ユウはあいつの生まれ変わった存在なんだ。
一時たりとも忘れたことはない。
あの顔、あの声、そっくりなんだよ。目付きはユウの方が悪いケド!
でも、どうしてユウはあたしを助けようとするんだろ。
ユウからしたらあたしって出会ったばっかだよネ。
ももも、もしかしてあたしの事す、好きなのかな……!
──って、そんなわけないか。
ユウはいきなりこんな世界に連れて来られて、しかも吸血鬼にされて……
ユウが今あたしの隣に居てくれるのはあたしのワガママな訳で。
たぶん、あたしを助けるのはあたしだからじゃない、以前言ってた助けられなかった初恋の人が原因だ。
もう嫌なんだろうね、人が死ぬのが。
……少し落ち着いてきたカモ。
バカみたい。一人で舞い上がって、期待して、契約だって、もしあたしが相手じゃなくったってユウはしてたよ。あいつもそういう奴だったじゃん。
あれ、なんだろ、さっきいっぱい泣いたのにまた涙が出て来ちゃった。
「……ルーク?」
お、起きたの!?
ヤダ。泣き顔見られたくないのに、全然涙が止まらない。
「悪い、もしかして俺と契約するのは嫌だったか……?」
「そ、そんな訳ない……!」
あたしはぶんぶんと顔を横に振る。
ユウはあたしの方を見ずに話し始める。
「あのなルーク。お前には言っとかなきゃならんことがある」
「な、なに……?」
止めてよ、怖いよそんな言い方。
やっぱり元の世界に帰りたいとか俺の体から出ていけとか言われるのかな。
……え、なにあたし?超面倒な女じゃん。サイアク。
あたしが力無く俯いているとユウは話し始めると同時にぽんぽんと頭を撫でてきた。
「っ……!」
「俺は英雄じゃあないんだよ。俺に英雄の面影を見付けようとするな。お前が愛した男はもう居ないんだよ」
ユウがあたしに聞かせたのはあたしにとってとても──本当にとても辛い言葉だった。
「でもな」とユウは続ける。
「俺はずっとここに居てやる。いい加減、嘘つき野郎のことなんか忘れちまえ」
……どうして。
どうしてあたしと一緒に居てくれるの?
どうしてあたしをそんなに大事にしてくれるの?
どうして貴方はあたしを諦めないの?
次々に溢れてくる疑問は言葉にはならず、代わりに零れてくるのは涙だった。
「なぁルーク、俺じゃ駄目か?」
「……うっ、ひっく……だ、……ダメじゃ、ない……!」
ぼろぼろに泣いちゃったあたしは不安そうにし出したユウに何とか返事をした。
「ユウが……ユウがいい……!ユウじゃなきゃ……ヤダ!」
「そうか、ならいいんだ」
「……ありがとう、ユウ……」
あたしを一人にしたあいつはもう居ない。
だけど、あいつが残してくれた奇跡の結晶が、あたしの隣にずっと居てくれると言っている。
もう、絶対に手放さない。
この世界でユウだけがあたしの希望だ。
そうだ、せっかく真名を教えるならロマンチックな雰囲気の時がいいカモ!
ちょっと恥ずかしいけど契約するなら雰囲気って大事だよ、うん!
あたしは自分にそう言い聞かせ、恥ずかしがりながらユウに問い掛ける。
「あ、あのね、ユウ……」
「なんだ?」
「明日、学園休みじゃん?」
「あ、そうだっけ?最近学園に行って無かったから忘れてたわ」
「で、デートしようよ」
「デェ!?」
顔を真っ赤にしたユウはさっきとは打って変わって情けない声を出していた。
「ヒヒ、なにその変な声」
「お前こそ鼻声だぞ」
「ム」
──それから、いじわるなあたしの英雄は、寮に着いてすぐに夢の世界へ旅立ってしまった。
寝顔が愛しすぎてキスしてしまったのはここだけの秘密ダヨ。
※
次の日。
「それじゃユウ、先に行って待ってるね!」
ルークは俺に眩しいくらいの笑顔で「じゃあね!」と言ってきた。
今日はいつもと違い薄紫の髪をハーフアップに纏め、黒色のオフショルダーにミニスカートといった、彼女より似合う者はいないだろうという気合いの入った服装をしていた。
「あんな格好してたら目線に困る……」
俺の返事も待たずにルークは出ていってしまったので、俺の呟きが虚しく寮の自室に消えていく。
今日はルークにデートへと誘われ、どうせならちゃんと待ち合わせから始めたいと言う彼女に合わせ、時間をずらして部屋から出ることとなった。
「20分くらいずらすって話だしそれまで暇だな」
潰しにこの世界の本でも読むか……
本棚に手を伸ばそうとすると、自室の扉の外から、コンコンとノックがされた。
「はーい」
誰だよ、ったく……
気だるげに返事をし、扉を開けると、
「やぁ、リレミト伯爵」
「お、お前は……!?」
目の前に立っていたのは、やや薄目で短めの金髪を爽やかに流した、ハイスペックそうな──いやアホ王子、オリウス・セル・エスタードだ。
「久しぶり……と言う程でもないかな、こんな所じゃあれだし入らせてもらうよ」
「ちょ、勝手に決めんな!」
ズカズカと俺の部屋に入ってきたアホ王子は、勝手にソファーに座り落ち着いてやがる……
「おい、言っておくがもてなさんぞ。俺にも予定があるんだ。さっさと用件を伝えて帰れ」
「いやなに、君に慰謝料の請求でもしようと思ってね」
「ぐ……」
こいつ、意外といい性格してるな。
仮にも命の恩人に向かって……
それにしても魔法ってのは凄いな。かなりの重症だと聞いていたが、ぴんぴんしてるぞこいつ。
オリウスはフフっと笑って俺の反応を楽しんでいる。
「冗談さ。そうだ、一応君の容疑は完全に晴れたよ。ディセートに感謝しなよ」
あの金髪縦ロールにはいずれきちんと礼をするとして、問題はオリウスだ。
ルークとの約束の時間まであまり余裕がない。
「分かってるよ。なんだ用はそれだけか?」
「いや、あともう1つあるんだ」
オリウスはスッと立ち上がり、俺に右手を差し出して来た。
「リレミト伯爵、王太子オリウス・セル・エスタードからの正式な要請だ。僕直轄の軍隊に入って欲しい」
「ハァ?ヤだよ」
即答である。
オリウスが俺の即答に、差し出していた右手で口元を覆い吹き出して笑っている。
「ぷはぁっ、僕からの申し出を断るなんてこの国中を探しても君くらいだよ!」
「当たり前だろ。なんでこんな国なんかに仕えなきゃならん」
「この国の貴族とは思えない発言だね……」
ハンっ、国に搾り取られて嫌な思いをするのは元の世界だけで十分だ。
にしても、正式な要請か……
「てかさ、お前何で俺を自分の組織に組み込もうとする訳?お前俺に殺されかけたんだよ?」
きょとんと俺の顔を見てくるオリウス。
なんだ、バカにしたような顔しやがって。
「君、国にとって自分がどう見られているか解ってないのかい? 」
「ハァ?俺をいきなり牢屋にぶち込むような奴らにどう思われてるかなんて、そんな悲しい事聞かんでも分かるわ!」
オリウスはやれやれ、と呆れた様子でまたソファーに座り、俺に説明を始めた。
「僕はこう見えても王子だ。それも王位継承権第一位のね。そんな人物を助ける為、自らを顧みず単独で大型モンスターを足止め、さらには撃破したんだ。どう少なく見積もっても叙勲物だよ。君への疑いはディセートが晴らしたんだし」
おっと?こいつは何を言ってるんだ?
「ま、待て……叙勲ってのはどういう事だ……」
「だから、さっきからリレミト伯爵って言ってるじゃないか」
嫌な汗が止めどなく流れてくる……
俺のおかしな様子など気にせず、オリウスはさらに続ける。
「いいかい?君には伯爵という身分が与えられることが決定している。君の家は伯爵家だけど、君は次男だし家は継がないだろう?君個人への叙勲だから将来は独立だね。貴族の位階で言うと下から4番目。異例の早さの昇進さ。おめでとう」
「おめでとうっておちょくってんのかぁ!?」
笑顔で祝ってくるオリウスの胸ぐらを涙目で掴む。
こ、こいつ俺が嫌がってると気付いて笑顔で話しやがったな!?
「僕はただ事実を告げたまでさ。それに母上も君を偉えらく気に入ってね、これだけ将来有望な人材を放っておく母上じゃないんだ。諦めなよ」
「レ……レインさん……」
オリウスの胸ぐらから手を離し、床に手を付く。
オリウスは乱れた胸元を正し、疑問を口にする、
「何がそんなに気に食わないのさ、別にデメリットはほとんど無いはずだけど?」
……確かに、この国では貴族としての階級が上がったからと言って、戦争に駆り出されたり、税金が上がったりとはなら無い。
なんなら土地や金も与えられて良いことだらけだ。
しかしだ。
俺は不死身の存在だ。歴史に俺という存在が残るのは極めてよろしくない。
生ける伝説となってしまうと俺には自由など無くなるだろうからな。
アデラートが目立つなと言ったのはこういう側面もあるはずだ。
オリウスにはとりあえず誤魔化しておくが困ったな……
「いや、あまり目立つのは好きじゃないんだよ……」
「……ふーん君はそんなタイプには見えないけど」
じっと俺の顔を見てくるんじゃない。
野郎に見つめられてもきしょいわ。
オリウスは言いたい事は言ったとばかりに「さて」とソファーから離れた。
「そろそろ帰るよ。軍隊に入る話、いつでも待ってるからね!」
「さっさと帰れ!二度と来んじゃねぇぞ!」
「フっ、僕は君を存外高く評価してるのさ。何度でもまた来るよ」
「ちっ、塩撒いておこう……」
「……さすがに酷くないかい?」
俺に文句を言われ続け、オリウスは落ち込みながら帰路に付こうと扉に手を掛けた。
……そう言えばまだこれを言って無かったな。
俺は後ろからオリウスに声を掛ける。
「……オリウス、ダンジョンでは悪かったな」
「過ぎた事だ。それに、君は僕を助けてくれたじゃないか」
「エキナが助けると言ったからな……」
「いいや。君は彼女らが居なくとも一人で来たさ。彼女達を逃がした後でね」
「……何を根拠に……」
「他人の死を恐れている人間は皆同じ眼をしてるんだよ」
「……目付きが悪いのは生まれつきだ」
「まぁそういうことにしておこうか。それじゃ、本当に帰るよ。君も用事があるんだろう?」
「あ」
ルークとの約束の時間は、もう1時間も遅れていた……