第7話 契約
警備兵に連れられ、王宮の客間に到着した。
目の前の扉の向こうに王妃様とやらがいるみたいだ。
「この先に王妃様がおられる。決して粗相の無い様に!」
「……へいへい」
適当に返事をするときつく睨まれたが、俺の気持ちだって分かって欲しい。
何の説明も無しに、丸1日投獄されてたんだぞ。
ビシッと文句を言ってやるからな、ビシッと!
警備兵がコンコンと扉をノックする。
「王妃様、連れて参りました」
「入って頂戴」
扉の向こうから聞こえた声はやわらかく思っていたより若そうなイメージを受けた。
「失礼しやーす」
チンピラの如く入室すると──
「貴方がユー君ね!!キャーカワイイーー!!!」
「ごふぅっ!」
──いきなりなにかが飛び付いてきた。
何か、と言うより抱きついてきたこの人が王妃様か……?
「貴方、よく見るとやっぱりアデ君に似てるわね!ちょーっと目付きが悪いけどうん。カワイイ~!!」
抱きつかれ、撫でくり回され、ぼろぼろになった俺は、文句を言ってやると考えていたことなど最早頭から消し飛んでいた。
何て大きくて柔らかいおっぱいなんだ……
やはり乳はいい。おっぱい万歳。
「先生、その辺で勘弁してやって下さい……」
「ア、アデラート!何でここに!?」
「や、元気そうだね夕」
未だ弄ばれている俺だが、予想外の人物の登場で正気に戻った。
先生と呼ばれた王妃様は俺に抱き付いたままアデラートに返事をする。
「やーだぁー。それとアデ君、先生じゃなくてレイちゃんと呼びなさい。何回言わせるの?」
「それを言うならアデ君は止めてくださいって……」
「ふふーん。カワイイでしょ?」
なんだこの人、アデラートを手懐けてるぞ!
しかし、この状況はまずい……
俺が他の女とイチャついてるこの場面、医務室での出来事がフラッシュバックする──
「ユウ?覚悟はできてるよネ?」
顔だけ後ろに回すと、背後には腕を組み、こめかみをピクピクさせたルークが立っていた。
だからなんでお前勝手に出てこれるんだよ……
「待て、これは誤解だ」
「何が万歳だって?」
「……すみませんでした」
しまった口に出していたのか。
俺達が口論していると、アデラートが驚愕の表情でルークを見て俺に叫んでくる。
「ちょ、おい夕!なんで彼女が目覚めてるんだ!?」
「はぁ?なんでお前に一々説明しなきゃいけないんだよ」
「あら、アデ君の予知でも分からないなんてさすがね」
おっぱいに顔をうずめていると王妃様が頭の上でクスクスと笑っている。
そしてルークに顔を向ける。
「貴女が英雄の契約者、伝説の吸血姫ルークちゃんね。お会い出来て光栄よ」
「……いいからさっさとユウから離れなよ!」
ルークは王妃様から俺を奪い取ると、王妃様と同じ様に俺の顔を自分の胸に押し当ててきた。
「ほら、ユウ!言いなさい万歳って!」
「ば、ばんざーい」
「気持ちが入ってない!!」
だって、王妃様と比べると雲泥の差が……
俺達がじゃれ合っていると、王妃様とアデラートが話し合っていた。
「あらあらまぁまぁ……ねぇ、アデ君ルークちゃんカワイすぎない?」
「先生、それよりもいい加減本題に入りませんか……?」
「それもそうねぇ、ユー君も取られちゃったことだし」
パチンと大きな胸の前で手を叩いた王妃様は、俺達に話し掛けてくる。
「二人ともそこまでよ。そろそろユー君をここに呼んだ理由を説明するわ」
王妃様は急に雰囲気が変わった。
やるべき事はきちっとするタイプの様だ。
この状況を作り出したのは貴女ですけどね。
※
「改めまして、私がこの国の王妃レイン・セル・エスタード。レイちゃんって呼んでね!」
ウフフっと笑っている王妃様──レインさんは、この国では珍しく俺と同じ黒髪で、あまり飾り気の無いシンプルな白いドレスを身に纏っている。しかしシンプルが故に際立ったあの胸元は、マジ眼ぷ──
「……ユウ?」
左隣の吸血姫にめっちゃ睨まれてる。
真顔でスっと視線を少し上げることでどうにか追及は避けた。
エキナの暴露のせいで俺の視線に敏感になっているんじゃないのかこれ……
……さて、現在レインさんは俺とルークを並んで座らせ、テーブルを挟み向かい合っている。
ちなみにアデラートは扉にもたれ掛かって、不敵な笑みを浮かべながら俺達を見ている。
「ディーちゃんにもちゃんとお礼を言っておくのよ?」
「えぇ、改めてしておきますよ」
ディーちゃんとは恐らくディセートのことだろう。
早速本題に入ろうと、俺から口を開く。
「──レインさん、それで何故俺をここに?」
「んもぅ!レイちゃんって言ってるでしょ~?」
「レインさん早く」
「頑固なとこもそっくりね。ね?アデ君」
イライラし出した俺を躱すようにアデラートに話を振るがこちらも無視であった。
「誰も相手してくれないなら牢屋に戻しちゃおうかしら?」
「レイちゃんでよろしいでしょうか」
「フフフいい子よユー君」
くそぉ、この年増が……
さっさと本題に入れ。
「それで、本題なんだけどねぇ?」
「はい」
「ユー君、貴方殺されるわよ」
「へ?」
今何て言った?
俺が聞き直そうとすると、激昂したルークがレインさんに声を荒げる。
「あんた、いい加減にしないと殺すよ!?」
「いい目ねぇ。でも残念、嘘でも冗談でもないわ。二人とも"聖職者達"って知ってる?」
「っ!?」
ルークは知っているのか?
驚いた表情をしているが、俺は全く知らんぞ。 何でそんな奴らに命を狙われてるんだ。
「あの、俺は知らないんで説明してくれませんか?」
「えぇ、"聖職者達"とは読んで字の如く聖女を崇める聖職者の集まりよ。ただし、その活動が過激すぎて要注意団体とされている連中よ」
俺は初耳だが有名なのだろうか?
先程からルークの様子がおかしいのでルークにも話を聞いてみようか。
「ルーク、お前は何か知っているか?」
「……一応ね」
「ユー君、貴方アデ君から何も聞いていないの?」
「あいつがそんなマメな男に見えますか?」
壁にもたれて話を聞いていたアデラートを睨むとテヘペロと返してきた。殺意が沸くからやめろ。
アデラートのそんな様子を見て、レインさんが呆れている。
「全く……いいわ私の口から言うわ。"聖職者達"は太古の英雄を殺したのよ」
レインさんの言葉にルークがびくっと肩を揺らした。
一瞬、レインさんはルークを心配するような視線を向けたが話を続けた。
「……そして今もなお、ルークちゃんを殺そうとしているわ。奴らは英雄が作った魔族と共存できるこの世界を壊そうとしているのよ。人間至上主義を掲げてね」
「ルークを殺したからって今さら何も変わらないでしょう?」
「そうね。でもルークちゃんはある意味この世界の象徴だから、奴らは草の根を分けても迫ってくるわよ」
ここでふと疑問が浮かぶ。
「ルークはずっと追われながら生きてきたのか?」
ルークは答えなかったが、レインさんが代わりに答えた。
「……いいえ、"聖職者達"はルークちゃんが歴史から姿を消した今からおよそ200年前に崩壊しているわ。連中がまた活発になったのはここ半年程の話よ」
「俺がこの世界に来る直前じゃないですか。もしかして俺が狙われているとすると、そいつらは俺の──真祖の魔力を感知できるんですか?」
「……恐らくね」
俺達が押し黙ってしまっていると、今まで沈黙していたアデラートが口を開いた。
「ちなみに連中は学園にも潜んでいるよ。僕が発見次第叩きのめしてるけど、まるでゴキブリだよ」
「俺が絡まれてたのはそのせいか……」
つまり、アデラートへの恨みの1割くらいは逆恨みだったようだ。良かったなアデラート。
「まぁどうせ俺は死ねないんで、狙われていようが今は考えてもしょうがないです」
「あのねぇ……始めに殺されるって言ったわよね?」
「あぁ、そう言えば。まぁその何たらの弾丸ってのを喰らわなければ大丈夫でしょう?」
「……」
レインさんが急に黙ってしまった。
なに?まだ死ねる要因があるの?
意外と安心出来んな吸血鬼の体。
下を向いて考え込んだレインさんはようやく俺の方を見て、真面目な顔で告げる。
「人間が吸血鬼になったのは歴史上貴方が初めてよ。必ずしもルークちゃんと同じ不死性を持っているか分からないわ」
「そうなのか?ルーク」
少し怖くなってしまった俺は左隣で未だ青い顔をしているルークに確認をする。
「大丈夫ダヨ。ユウには文字通りあたしの全てを渡してるからネ」
「ルークちゃんの全て……なるほど、卑猥ね」
「ちょ、ちょっとなに想像したの!?」
「先生、真面目な時間が長くなって飽きてきてるでしょう……」
顔を真っ赤にして慌てているルークは少し可愛い。
それにしても本当ふざけた王妃様だよ。あのアデラートがツッコミに回るとは……
「あの、飽きてきた所悪いんですけど、一ついいですか?」
「ぐぇ~また真面目なお話~?……どうしたの?」
レインさんはぐでーっと机に突っ伏してしまった。
この国のトップが絶対しちゃ駄目な反応だろそれ……
レインさんには悪いが──いや、あまり悪いと思わないが……これは伝えておかなきゃいけないだろう。
「ルークですが、殺されるまでもなく、こいつの寿命はあと1ヶ月を切っています」
「ほ、本当なの!?」
「本人曰く、ですけどね」
レインさんは机をバンっと叩いて立ち上がり驚いていたが、アデラートは表情崩さない。
あいつまさか気付いて──予知していたのか?
ルークの表情は俯いていてよく分からない。
レインさんがルークに確認を取る。
「ルークちゃん。嘘じゃないのね……?」
「ホント」
「……」
レインさんはルークの顔をじっと見つめている。
「……本当、なのね……」
「うん。だから残った時間は全部ユウの為に使うの」
「そう……」
レインさんは優しい笑顔でルークを見やる。
──しんみりしてる所悪いが話を割らせてもらう。
「レインさん、あとアデラート。二人なら不死身の吸血鬼が死ぬ原因が分かるんじゃないのか?」
「!!」
俺の言葉を聞いた瞬間ルークが慌てて俺の方を見てきた。
……下手な事を言うとぶん殴られそうだな。
最初に口を開いたのはレインさんだった。
「……そもそも不死身の存在が死ぬということが矛盾しているわ。その矛盾を無視できる方法があるとすれば、聖者の弾丸ね」
「アデラートが出会い頭にぶっぱなしてきたあれなぁ?」
「ハハハ」
アデラートの奴、笑ってやがる……
「アデ君……まぁその話は後で聞くとして、後は……不死の源、つまり吸血鬼としての力を全て失うって所かしら?」
──予想通りだ。
「つまり、その力を取り戻せば死なないんですよね?」
「……ユウ、それ以上喋らないで」
俺が何をしようとしているのか気付いたのか、ルークの恐ろしく冷たい魔力が空間を満たし始めた。
しかし、俺は無視する。
「真祖とは言え、真祖たる力を失えばそりゃ死んでしまうわけだ。簡単な話で良かったよ」
「ねぇ、あたしを怒らせないで……?」
濃密な魔力に気付いた外の兵達が扉を開けようとしているのか表が騒がしい。
アデラートが塞いでいるがな。あいつ、この状況を予知してずっとあそこに居やがったな。
「俺が真祖としての魔力をルークに戻せば、ルークは助か──」
「ユウ!!黙りなさいって言ってるの!!!」
ずっと俯いたままのルークの叫びに呼応して客間の床や扉にヒビが入り、飾ってある高そうな壺は床に落ちて割れ、絵画には大きなシワが入った。
「ハァ……ハァ……」
「あ~あ……派手に散らかしやがって。只でさえ短い寿命がさらに縮むぞ」
軽い調子で話し掛けるとルークは俺に掴みかかってきた。
「あたしは助けて欲しいなんて言ってない!!」
「知るか。さっきも言ったろ?俺はもうお前を助けるって決めてる」
「っ……あ、あたしがどんな想いでユウを探し出したと……!」
「だから知らないって、俺はいきなりこの世界に連れて来られて気がつけば吸血鬼だぞ?何もかも俺が望んだことじゃない」
「あたしからのプレゼントだよ、受け取っておきなよ!!」
「重いわ!!何で見ず知らずの奴から命懸けのプレゼントを受け取らなきゃいけないんだ!」
「あ、あたしは……!!」
言葉に詰まったルークは涙を流し始めた。
「もう……喪いたくないの……あいつは死ぬ時は一緒だって言ったのに……もうあんな思いはしたくないの!」
「なら文句は英雄に言ってこい。俺は英雄のことなんか知らん!」
「ユ、ユウは……あいつと同じ魔力を持ってる。きっとあいつの生まれ変わりなの……」
「あのなぁ、俺がいた世界には魔力なんて存在しないの」
「それは違うよ、夕」
俺がルークの話を否定すると、ずっと扉を塞いでいるアデラートが口を挟んできた。
「どちらの世界にも魔力は存在する。みんな気付いていないだけさ」
「し、知ったようなことを……」
「……さぁね」
アデラートは肩をすくめてまた扉の封鎖に集中しだした。まぁそっちのことはいい。
今はルークのことが大事だ。
「ルーク、お前は今ほんの僅かな魔力を体内に残し、魔法を使う時のみ俺から取り出している。間違いないな?」
「そ、それがなに」
「残り1ヶ月と言ったのは只でさえ少ない魔力をアデラートに消し飛ばされたせいだな?」
「うん……」
本当に余計なことをしてくれたなアデラートめ。睨むのに使う視力すら勿体無い。
「よし……」
「……言っておくけどあたしはもう生きていくつもりはないからね」
俺が考えをまとめるとそれを全て否定するかのように未だ涙を流しながらルークは遮ってきた。
「あたしはもう嫌なの……もう最愛の人が死ぬ所を見たくない、もう疲れたの……」
「どっかの誰かさんのせいで死ねないんだよ。安心しろ」
「あいつも、俺は死なないって言ったのに死んだ……!!」
ルークは大粒の涙溢しながら俺の胸に力のない拳を振り下ろし、そのまま床にペタんと崩れ落ちる。
英雄の話をされても困るが……
そもそも俺とは別人だ。
世界には3人くらい同じ顔の人間がいるらしいくらいだ、魔力の波長が同じ奴がいたって不思議じゃない。
「あいつは人間だったから死んだ。だからユウにはあたしの全てを渡した……ずっと生きて欲しいから!」
「それが余計なお世話だっての!お前は俺にお前と同じ気持ちを味わわせるつもりか!?」
「そ、それは……!」
「……安心しろよ今度こそお前と一緒に死んでやるよ」
「……ダメ、それ以上言わないで」
「同じ時間を生きて、同じ時に死ぬ。吸血鬼が2人ならできるだろう?」
「……お願い。もう期待させないで……」
「ルーク」
泣き崩れたルークに膝を着き手を差し伸べる。
「契約しよう。お前の真名を教えてくれ」
ルークは俺の顔を見上げぼろぼろになった顔をくしゃっと綻ばせて──
「──はい」