第16話 貴方を助けられるなら何だって
「高坂、早く帰ろうぜ」
高校1年生の12月、俺は中学の頃から仲の良かった女の子、高坂遥を誘って家に帰ろうとしていた。
彼女とは家も近く、よく登下校を共にしていたんだ。
俺達は特に部活も入っていない。
だから放課後は特にする事も無く、大して仲の良い奴も居ないから、いつも唯一絡みのある高坂を誘うのだが──
「貴方、いい加減私以外にも友達作りなさいよ」
今日の高坂は機嫌が悪かった。
とあるブタ野郎ならここで「生理か?」と聞くのだろうが、俺にそんな度胸は無い。
だって殺されちゃう!
「もー手遅れだよ。ほら見ろ、クラスで一番の美人に話し掛ける俺に向けられる視線を」
妬み嫉み恨み……まぁ挙げればキリが無い。
「気付いているならもうあまり私に話し掛けない事ね」
「……何だよ、今日はいつにも増して機嫌が悪いな……」
「そんな事無いわ。いつも思っている事よ」
「……」
……何かあったのだろうか。それか俺が何かした?
でもなぁ、高坂ってさっきも言った通り、クラス……いや学校でも一番の美人で、頭も良く、運動だって出来るスーパーウーマンなのだ。
そんな奴の考えなんて俺には分からん。
俺に出来るのは、こいつの機嫌を直す事だけだ。
「……いいから、ほら行こうぜ?ジュースくらいなら奢ってやるからさ!」
「……貴方の為に言ってるのに……はぁ、もういいわ。帰りましょうか」
「おう!!」
「ジュース、どれにしようかしら」
「あ、それはちゃんと請求してくるんですね」
俺達はガラガラガラと、ドアを開けて教室を出た。
──この時の俺は、何も気付いちゃいなかった。高坂への陰湿なイジメは、もう始まっていたのだ。
※
今日も私は滝川と一緒に登校し、クラスに着くと滝川には冷ややかな視線が送られていた。
私はこの視線が大嫌いだ。
私の好きな人にしていい態度じゃないでしょ。
とても許せるものじゃなかった。
だから、滝川の居ないタイミングを見計らって、クラス全員に一度注意した事があった。
滝川への態度を改めろ、と。
滝川は目付きの悪さを除けば存外顔も良く、結構社交的な方だと思うんだけど、少々性格が悪いせいで友達が居ない。
あいつに余計なちょっかいを出して、倍返しに遭った人も少なくない。自業自得な面があるのも否めないけども……
とにかく、そんな人間を庇うような事を、きつい言い方で伝えてしまったものだから、私も最近はクラスで浮き始めていた。
SNSって怖いよね。
彼ら彼女らの中で私は、滝川とヤりまくってて、援交で稼いだお金で滝川を支援してる、超が付く地雷女なんですって。
そんな風に思われるのは別に構わない。
だけど、それで滝川に迷惑を掛けたくない……
中学の頃に出会って、こんなきつい性格のせいで一人だった私と仲良くしてくれる、優しい男の子。
──私は滝川が大好きだ。
いつかこの想いを伝えたい。
だけど今は駄目だ。
こんな風にちょっかい出してくる奴らが居るから──
「遥ぁ、今日もちょーっとお願いあるんだけどぉいいよね?」
私に声を掛けたのは、髪を茶髪に染めた女を中心にした女5人のグループ。
お昼休みに、トイレから教室に戻る際に、近くの踊場へと連れ出されてしまった。
最近、こうやって絡まれる事が増えたのよね。
「……いい加減にして頂戴。お金ならこの前渡したでしょ……」
2日前の事だ。
こいつらに上履きを隠され、トイレで見付けたと思ったら、囲まれてお金を要求された。
返して欲しいなら5千円寄越せと。
高校生からしたら結構な額だ。
素直に渡したくなんかは無かった。
だけど、人間5人に囲まれて抵抗出来る程、私は強く無い。
これ以上余計なトラブルに巻き込まれるのも嫌だったから、その場では財布に入っていた5千円を渡したのだが……
「またまたぁ~あんた結構稼いでるんでしょ?男に使うくらいなら、友達に恵んだ方がいいじゃない!」
誰が友達よ……!
以前ほとんど抵抗無くお金を渡したのは失敗だったか……
もういい、今日は別に何かを隠されたりしていないし、このまま無視させて貰──
「あんた、何シカトこいてんのよ!」
「痛っ……!」
いきなり髪の毛を鷲掴みにされ、壁へと押し込まれてしまった。
私の姿を隠す様に、残った4人が周りを取り囲む。
「……あーあ、今日は私も気分が悪くなってきたから、3万くらい頂いちゃおっかなぁ~」
「お、いいじゃん愛莉~!これで遊び放題じゃん!」
取り巻きの女の一人がはしゃぎながら同調している。
愛莉とは、私の髪を掴んでいるリーダー格の女のことだ。
私はムカつくから茶髪と呼んでる。
「そんな額、無理に決まってるでしょ……!もう私に関わらないで……!!」
私の家はかなり貧しい方だ……
それでも厳しい中、母親が一人で私を育ててくれた。
私がアルバイトをすると言っても「お金を稼ぐのは親の役目よ。貴女はいいから勉学に励みなさい、そして出来れば恋でもしてみなさい」と、そんな風に言ってくれる優しい母親だ。
だから、本来こんな奴らに渡せるお金は一銭も無い。
この前はお母さんに黙って始めた内職の分だったから良いけど……
私のこの反抗は、茶髪にとって心底受け入れ難いものだったらしい。
「はぁ?」
私がこうも反抗するのは予想外だったのだろう。不快そうに顔を歪めてるわ。
ふんっ、いい気味──
「ねぇ、これなーんだ?」
「!?」
茶髪が私の髪を掴んだまま、スマホの画面を見せてきた。
「な、なんでこれを……!」
「あんたの男がさぁ、私の彼氏ボコボコにしてるところを、私の連れが撮ってたの。これ見られたら、あの滝川だっけ?あんたの男も退学だね!!」
「……っ……!」
ニヤニヤと……!
私が困っているのを楽しんで……!
滝川が喧嘩を吹っ掛けた訳じゃないんだろう……
敵の多い男だからね、こっそりと闇討ちでもしたんでしょう。
あいつ……絡まれてやり返さなかった事が無かったら、その光景が目に浮かぶけど……爪が甘いわよバカ!!
……でも、これでようやく恩返しが出来るかな。
「……さい」
「はぁ?なに?はっきり言いなさいよ?」
「私に出来る事なら何でもするから、それを誰にも見せないで下さい……」
「いーねぇ!契約成立だね!ほら、じゃあまずは3万♡」
「い、いやそんな額……!」
「あんた援交やってんでしょ?そこら辺の親父から貰って来なさいよ。それか滝川にでも借りれば?元はあんたのお金なんでしょ。そうだ……滝川から借りなさい、その方が面白いわ!」
「……分かったわ……明日には用意するから。だからお願い……その画像を今すぐ消して……」
憔悴しきった私を見て、余程嬉しいのか、彼女はすぐに私の目の前で画像を消してくれた。
「ほら、じゃあ約束ね。そうだ、せっかくだし今からにしよっか♡」
「……え、それは──」
「じゃないとあんたが滝川から借りる保証無いじゃん。返事は?」
「はい……」
私は──
※
「あれ、高坂は休みか?」
昼休みが終わり、世界史の教員が出席の確認中、高坂が居ない事に気付いた。
(あいつ、どこ行ったんだ?連絡も返ってこないし……)
こんな事は初めてだ。
優等生のあいつが授業をサボるなんて。
それに何やらクラスカースト上位の、ギャル集団達から、チラホラ高坂の名前が出ている気がする。
いつもその中心に居る茶髪の女も居ないし。
……まさかな。
そこまで考えた所で太ももに、スマホのバイブレーションの感覚が。
高坂か!?
俺は教員にバレない様に机の中でも着信を確認した。
そこには、やはり高坂から連絡が来ていた。
『いきなりごめん。授業抜けられる?いつもの公園に来て欲しいの』
考えるよりも先に体が動いていた。
「先生、すみません。めちゃめちゃ腹痛いからトイレ行ってきます!!たぶんもー戻れないかも!!」
「え?あ、あぁ……踏ん張れよ……?」
いきなり何事か、とクラスの連中が俺を奇異の目で見ていたが、んなことどうでもいい。
俺は高坂の元へと急いだ。
※
「高坂っ!!」
「……」
あぁ……やっぱり来ちゃうのね……滝川。
呼び出した私が言うのも何だけど、本当に優しい人。
私は今からこの人の信用を失う。
……それでも良い、貴方を助けられるなら何だって。
「……滝川、何も聞かずに私のお願いを聞いて欲しい」
「……お願い……?」
……体が震え始めた。怖いんだ。
──何よりも、滝川に嫌われるのが。
それでも──
私は指示された言葉を口にした。
「……滝川、お金を貸して欲しいの。体を売ってすぐに返すから、どうか今すぐお願い……」
言ってしまった。
とてもじゃないけど、滝川の方を見れない……
視界の端に、滝川からは見えない位置で、茶髪が私達を撮影している様子が見える。
──これで満足……!?
さぁ後は滝川に断られ、嫌われておしまい。
むしろそうじゃないと──
「おう、いいぞどれくらい必要なんだ?それに俺らの仲だろ、別に返すのはいつでもいいよ」
「……っ……!?」
「おーい、聞いてるか?」
……なん、っで……!!
「どうして貴方は……!理由も知らないのに……!!」
「いや、聞くなっつったのお前じゃん」
「そうだけどっ……!!」
気付けば私の目からは涙が溢れていた。
私はしゃがみこんでしまう。
すると、髪の毛で隠して付けているイヤホンから、新たな指示が飛んでくる。
『良かったじゃな~い。ほら、さっさと金を持って来させなさい。写真、消してあげたでしょ?』
正直、バックアップがあったりするんだろうとは思ってる。
いずれそれも消させるけど、その為にも今は逆らえない。
「……滝川、ごめん……3万円貸して欲しい……」
「貯めてる年玉もあるし任せろ!無かったら兄貴から奪ってくるさ!」
「ごめんなさい……っ……ごめん、なさい……!!」
「ほら、泣くなよ。俺んち行こうぜ」
「うんっ……」
──イヤホンから聞こえていた、通信中に聞こえるノイズの音が消えた。
お読み下さりありがとうございます!
2人の過去話は今回、そして次回の2本立てでございますので、重い話ではありますがお付き合い頂ければ幸いです。
 




