第12話 新たな未来を
「──目覚めろ、ルーク・エリザヴェート」
俺は自分の右腕を思いっきり噛み、流れ出た血を媒体にしてルークを喚び出した。
血はやがて赤黒い霧となり、実体を帯び始めた。
薄紫で長い髪、控え目な胸元と柔らかそうな四肢を、フリルの付いた可愛いワンピースで包んだ美少女へと──
「おはよ~ゆう~。ってあれ、せふぃらまだいきてたの!?」
「お、おいルーク……だよな……?」
「はい?ゆうのるーくさんだよ?」
「お前、その姿は──」
いつもよりも甲高い声。
さらに舌ったらずで甘えたな言葉遣い。
俺の腰元までしか無い身長……
う、嘘だろ……何で……何で──
「何で子供になってるんだ!?」
「おやおやまぁまぁ……こりゃ可愛いらしいことだねぇ」
セフィラまで呆れてるじゃないか……
ルークは俺の言葉を聞いて、ようやく自分の状況を理解し始めたようだ。
自分の体を、短い首を精一杯伸ばして見つめている。
「あちゃぁ……やっぱりだいしょうがあったかぁ」
「代償?お前、俺が意識を失ってる間に何か無茶をしたな!?」
「ひひ、まぁいきてたんだしいいじゃん!」
「良くねぇよ!」
……お互い様だからこれ以上は責めないけどさ。
小さな体の──ロリルークはセフィラに向けて、短い指をピンと伸ばして何かを主張し始めた。
「せふぃら!もうこれいじょうあたしたちにてをださないで!」
「……あぁ、この後どうするかは滝川夕が決める事だしね」
「ん!?どういうこと!」
俺はルークに説明した。
賭けの内容と、セフィラからこの世界の真なる歴史を聞いた事を。
そして訊ねた。
ルークはいずれ世界を滅ぼすのか?と。
ルークはじっと、黙って俺の説明を聞いた後、俯きながら口を開いた。
「……あたしは、せかいをほろぼしたくなんかない。でも、ずっとあたしのやくめはなんとなくわかってた」
……真剣に話しているところ悪いが、余りに舌ったらずで、何を言ってるのか解りづらい。
なので、ここからは俺が聞き取れた内容を、俺の方から伝えさせて貰うぞ。
要はルークは、セフィラと同じ様に自らの使命を理解していた。
ただルークは自我が芽生えた時に思ったらしい。
この世界が美しい、と。
ルークはこの世界を好きな人と一緒に過ごしたいと、聖女の様な慈愛の心を持ったようだ。
何もおかしいことは無い。
だってルークは聖女から生まれたのだから──
彼女にあった本能は一つじゃなかったんだ。
ルークには破壊本能だけじゃなく、保護本能も持っていた。
「だから、あたしはせかいをこわしたりしないよ」
相反する2つの本能の中で、きっと保護本能が勝ったのだろう。
──それが、聖女の願いだったのかもしれないな。
ま、分かって事だけどルークは大丈夫って事だ。
ならばこそ、結論は出た。
「セフィラ、俺はルークを選ぶ」
「……そうかい。なら私もそれでいいさ」
「……お前は──」
──本当にそれでいいのか。
思わず口に出しそうになった言葉はぐっと飲み込んだ。
同情……しているのかも知れない。
精霊として悠久の時を生き、やがて世界に失望し再生を望んだ。
俺も何百年も生きれば、そんな風に思う時が来るのかも知れない。
でも今、こいつを放っておけば俺の大切な人が殺されてしまう。
俺は、覚悟を決めた。
「セフィラ……ここに聖者の弾丸が2つある。お前に1つくれてやる。自分で命を断つか、俺が殺すか……好きな方を選べ」
「精霊は自殺出来ないからね。あんたが殺してくれ」
「……分かった」
「ただ一つお願いだ。最期は私の家で迎えたい」
「……あぁ」
セフィラは俺とルーク、寝ている高坂を囲うように転移の魔法を発動させた。
転移が終わると、セフィラの家の前に立っていた。
そう言えばアデラート──兄貴の姿はもう無かった。
帰れるくらいには元気になったようだ。
「……滝川夕、家に入りな。ルークもね」
「高坂は……悪いけど寝ていて貰うか」
「うん。そのおんなはそれでいいよ」
「子供が拗ねてるみたいだねぇ」
「うっさいせふぃら!」
高坂を置いて、先程までセフィラと対談していたテーブルに着く。
ルークの足が地面に着かず、パタパタさせているのが妙に可愛い……ロリコンじゃねぇからな。
「……そうだ。ルーク、あんたにこれを預けておくよ」
「なに?」
セフィラがその大きな胸元から取り出したのは、何かの卵のような物だった。
半透明で、中で生命の鼓動を感じるが……
「せふぃら、これは?」
「精霊の卵さ。私はこうやって精霊を増やしてきた……中にはセレントの魂が眠ってる。エキナに渡してやりな」
「あんた……!」
なんだ?セレントの魂が何だって……?
まぁいいか、ルークには分かっているみたいだし。
セフィラはすくっと立ち上がり、用は済んだとばかりに両手を広げた。
「……さぁ、滝川夕おやり。私達精霊は遺体は残らない。埋葬の心配も要らないよ」
「……セフィラ……」
俺は、聖者の弾丸を一発、右の手のひらに乗せ、魔力で宙に浮かせた。
すると、ルークが待ったを掛けた。
「……せふぃら、ほかにみちはなかったの……?」
「あぁ……私はもうこの世界にはうんざりだ」
「……あたしは……!!」
ルークは次第に声を震わせ始めた。
「……ずっとあんたにかんしゃしてた!なかまだとおもってた……なのに!!」
「私はそうじゃ無かった。ただそれだけさ」
「そんなのうそだよ……せふぃらはあたしをころそうとしたけど、どこか……とめてほしそうだった」
「……そんなことは──」
「ならなんでないてるの!!!」
「え……?」
セフィラの瞳からは、ルークよりも大粒の涙が流れていた。
本人はずっと気付いて無かったみたいだが……
「はは……こりゃ参った。最期の最期で未練があったとはね……」
「未練……?」
俺が訊ねると、セフィラはじっと俺の瞳を見つめ答えた。
「弟子の子供を見れなかったこと」
「……何で……今になって……!!」
「何だかんだ言って、私もマーネが好きだったってことさ……自分の子供の様な存在だった……」
セフィラは200年前を懐かしむ様に、家の天井を見上げた。
そして、涙の跡を残したまま俺に止めを差すように言った。
「さぁ、早くおやり。愛弟子に殺されるなら未練も無いさ」
「……言い残す事はもう無いか……?」
「結構喋ったけどねぇ。なら最期に一言ずつ──」
セフィラは最初に、ルークの方を見た。
「みっともない姿だけど……ルーク、今度こそ愛した人を失うんじゃないよ」
「うんっ……!!!」
ルークは涙を腕で隠し、こくりと大きく頷いた。
そして、ルークにニコっと笑った後、次に俺の方を見た。
「マーネ──いや、ユウ。私はずっと見てるよ、だからね、迷うな。例えルークやエキナを敵に回してもね」
「あ、あんたどこまで……!?」
「……それと悪いね、二言目だ。女皇には気を付けな……あの子は何か……変だ……」
「え?どうい──」
「そうだ。最期くらい許しなよルーク──」
「あーーーー!!!」
セフィラは宙を舞い、テーブルを乗り越えてそのまま俺の唇へ飛んできた。
「……んっ……!?」
そしてそのまま優しく抱き締めてきた。
彼女の体は柔らかく、世界を包み込むようなおおらかさを感じた。
自然と俺も彼女の背中に手を回し、安心させるかのように抱き締め返した。
「……あぁ……これが人の温もりか……ルークがずっと求めていた気持ちが今になって分かるよ……」
「……せふぃらのばか……」
言いながらもルークは俺達を引き離す事は無かった。
セフィラが優しく俺を抱き締めたまま、顔を覗き込み、やがて瞳を閉じた。
「……セフィラ……」
「あぁ、さっさとおやり……」
「……分かってる」
触れあったままだが、セフィラと少しだけ距離を空け、俺は宙に浮かせたままだった聖者の弾丸を、セフィラの胸元に引き寄せた。
そして、お互いに肩を抱いたまま、別れの言葉を交わす。
何故だろう……その瞬間、俺は妙に懐かしい呼び方をした。
セフィラも、そんな俺に200年前の光景を重ねて答えた。
「……さよならだ、師匠──」
「あぁ……頑張りなマーネ──」
──俺は、聖者の弾丸をセフィラの心臓に向かって射出した。
セフィラの体は淡く輝き出し、光の粒子となっていく。
消え行くセフィラは、小さな声で呟いた。
──私の死でも覚醒の条件になる……マーネも私を愛してくれてたからね……さぁ新たな未来を見せておくれ、私の英雄……
……ちゃんと、聞こえたよ。ありがとう師匠──
部屋中に散り散りになっていく光達は、セフィラの意識を乗せて消えて行った。
──今も昔も……可愛いものだね……人間ってやつは……
そして、部屋には俺とルークだけが残った。
大精霊セフィラの美しい輝きを、俺達の中にも灯しながら──
お読み下さりありがとうございます!
しばらくの間、ルークの言葉が見えにくいかもですが、出来るだけ何を言ってるかは分かるようにしますので、もうしばしロリルークにお付き合い下さい笑




