第7話 本当に、何も
「ル、ルーク……!もうちょっとゆっくり──」
「ひゃっほーー!!」
「ひぃぃいーー!!」
私とルークは今、ユウ君がいる聖国へと向かっています。
必要な荷物は全てカバンに詰め込み、私が背負っています。
そしてさらにその私をルークが背負っているのですが……
「ルーク~~速すぎますぅぅ~~!!」
「えーでも早くユウに会いたいじゃん?」
「あ、会う前に死んじゃいますぅ!!」
ルークの全力疾走は半端なかったのです。
車なんかよりもよっぽど早く走っちゃうので、息をするので精一杯です……
セレントちゃん、これに耐えてたんですね……
「じゃあちょっとだけスピード落とすヨ……」
「あ、ありがとうございます……」
カクン、とスピードが落ちた感覚。
助かりました……
聖国へ向かう道中の雑木林は薄暗く、私達の不安な気持ちを少し膨らませます。
「それにしても、どうしてあたし達に黙ってたのカナ……」
「ユウ君の事ですから、自分だけ危険な事に首を突っ込んでいそうですが……」
「そうだネ……──エキナ!!」
「は、はい!?」
ルークが何かに気付いたのか、急に足を止めました。
一体何事でしょうか……?
「エキナ……!」
「ど、どうしたんですか?」
ルークは俯いて何やらしょんぼりしています。
本当にどうしたんでしょうか……?
口をすぼめて、私の方をチラッと見たルークは恥ずかしそうに訊ねます。
「ね、ねぇ……エキナの胸……さっきから凄い圧力なんだけど……どうしたらそんなに……」
「へ……?」
「や、やっぱ何でもない!」
「か、可愛い……!!」
何でしょう、ルークってすっごく可愛いんです!
最初はユウ君を取られたくないからツンツンしてたのに、私の事を認めてくれるようになってからは、意外な一面を沢山見せてくれるんです!!
これを愛でずに居られるでしょうか。いや──
「無理ですぅ!!」
「わぁ!いきなりぎゅってしないでヨ!めっちゃ胸が当たって悲しくなるー!!」
ふふっ、ユウ君が居なかったらひょっとすると、私はルークに恋をしていたかも知れませんね。
──ユウ君、私達をほったらかしにばっかりしてたら、ユウ君の居場所は失くなっちゃいますからね!
私の大好きな人の事を考えていると、再び走り出していたルークが今度こそ何かに気付き止まりました。
「あ、あんたは……!」
「ルーク?どうしました?」
ルークに背負われたまま前方を見ると、雑木林の少し開いた場所に、見覚えの無い人物が立っていました。
セレントちゃんと同じ様な羽があり、神々しいくらいに綺麗な方です。
「……知り合いなんですか?」
「うん……でも、何か変……!」
ルークは私を降ろし、前方に居る不思議な雰囲気の方に話し掛けました。
「……200年振りだネ、セフィラ……一つ聞きたいんだケド……」
セフィラって、この前のルークの話に出てきた大精霊じゃ……!?
言いながらルークはセフィラと呼んだ女性の元へ、飛び掛かりました。
ルークは拳を引き絞りながら彼女の顔面目掛けて掌底を放ちます。
「……どうしてあんたからユウの匂いがするの……!!」
「いきなりご挨拶だねぇルーク」
ルークの一撃を、セフィラさんは手を使う事も無く、恐らくは魔力で出来た防御フィールドで防ぎました。
セフィラさんの魔力と衝突した直後、ルークは後方へ翻ります。
「文句があるなら、まずはその殺気を抑えなヨ……!」
「あらやだ、つい気持ちが早っちまった」
「いいからユウと接触してた理由を答えて!!」
ルークの問い掛けにセフィラさんは、口角を吊り上げながら答えます。
「……これ、何か分かるかい?」
セフィラさんが取り出したのは、あろうことかユウ君の首から下が無い、頭でした。
「セフィラ……あんた……!!」
「嘘……ユウ君……!?」
「ん?そっちにいるのは今代の聖女かい?うっすらとルークやマーネの生まれ変わりと同じ気配がするが──」
彼女は地面にペタんと座り込んだ私を見て、意外そうな顔をしています。
「まぁいい。そこにセレントがいるね?出ておいで」
「え、紋章が……!?」
私の意思とは関係無く、勝手に光り出した紋章からセレントちゃんが飛び出しました。
「……大精霊様、お久しぶりです」
「セ、セレントちゃん!?」
いつものセレントちゃんとは違い、怯えきった暗い表情のセレントちゃん。
セフィラさんは、セレントちゃんを呼び出して一体何を……?
「……200年前、私が言った事を覚えているかい?」
「……はい……この世界の監視者として生き、次の代の聖女と契約せよと」
「ほう……きちんと覚えているのにこの体たらくかい」
「すみません……」
彼女達の話は正直よく分かりません。
ルークも2人の様子を見守っています。
本当は今すぐユウ君の事を問い質したい筈なのに。
「もういい。あんたは私達精霊の恥さらしだよ。人間や魔族に肩入れし、あまつさえ聖女に不純物を混ぜるなんて……失望したよ」
「……」
セレントちゃんはきゅっと口を引き絞り、今にも泣きそうな顔をしています。
もう……黙っていられません……!!
「さっきから何なんですか貴女……!セレントちゃんが今までどれだけ私達を助けて──」
「それがいけないんだよ。私達精霊は世界の調和が使命なんだ。イレギュラーはあってはならない。──ルークのようなね」
「どういう──」
どういう意味か、そう口にしようとした瞬間、私の言葉はセフィラさんの驚くべき行動によって遮られました。
「セレント、あんたはもう用済みだ。消えな──」
「はい……」
え……?待って下さい何を……!?
セフィラさんがセレントちゃんに手のひらを向け、冷たい魔力を集め始めました。
だ、駄目です!そんな魔力をあんな小さな体のセレントちゃんに集中させたら──
セフィラさんがやろうとしている事に、私とルークは同時に気付き、全く同じタイミングで駆け出しました。
「やめなさいセフィラ!!」
「お願いですセフィラさん!!」
私達が伸ばした手は届かず、セレントちゃんは私とルークそれぞれの顔を見た後、一筋の涙を笑顔と共に溢しました。
「──エキナ、ルーク。ユウと仲良くしなさいよ」
初めて、セレントちゃんがユウ君の名前をきちんと──
「セフィラダメーー!!!」
「セレントちゃん!!」
セフィラさんが開いていた手のひらを、ぎゅっと閉じきると、セレントちゃんの小さな体は内側から膨れ上がり、木っ端微塵となりました。
「……セレント……ちゃん……」
「セフィラ!!!あんたネ……!!!」
セレントちゃんが破裂された跡には、何も残ってません……
同時に、私の胸元に刻まれていた紋章もその形を忘れていきました。
本当に、何も残っていません……
「さて、次はあんただよルーク」
「……あたしは許さないヨ。セフィラ……!!」
「2人目の英雄まで殺しちゃったからねぇ、そりゃ怒るか!」
両目から涙を流すルークを煽るかの様に、先程のユウ君の頭を、髪の毛を掴みながら乱暴に振り回しています。
……私も、絶対許しません……!!
でも、あのユウ君は──
「──ユウは死んでないヨ。ずっと魔力を感じてるからネ……」
やっぱり……!
あのユウ君の頭、目付きがあんまり悪く無いから……
たぶん、マーネさんの方が印象が強くてそっちに似せた物を作ったんでしょう。
「……あぁそうだった、あんたは魔力探知が出来るんだったね。これは失敗か──」
セフィラさんは振り回していたユウ君の頭を地面へ転がし、そのまま踏みつけました。
中から溢れ出た血液の様な物が土を濡らします。
「……あんた、つくづくあたしがイラつくポイントを抑えてくるネ……!」
「仮にも世界最強を殺すんだ、念には念を入れて心も揺さぶってみるのも手だろう?」
ユウ君そっくりの頭を踏みつけた後、さらにグリグリと押し込んでいます。
さすがの私も段々とムカついて来ました……!!
ルークは欠ける程奥歯を食い縛り、魔力を昂らせていきます──
「……殺れるもんなら殺ってみなヨ!!」
「──あぁ、もう殺ったよ」
「……!?」
刹那の瞬間です。
ドス黒い閃光が、セフィラさんの手元から放たれました。
──あれは天の矛!どうして!?
避ける間も無く、ルークの心臓へと向かう閃光は、容赦無くルークを貫──
「やるじゃん兄貴、ドンピシャだぜ。──そらよ!!」
突如、転移魔法の魔方陣が現れ、中から私達の大好きなあの声が響きました。
魔方陣から現れた彼は、ルークに迫る天の矛の閃光を、下から上に叩き上げ、遥か上空へと打ち上げました。
「……滝川夕……!」
「よう、セフィラ。殺してやるから覚悟しろよ」
私達の英雄は、背から羽根を生やし、神々しい程の輝きを放っていました──
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