第6話 兄弟
「何の用だ……アデラート……!!」
「ほう……僕と同じだけの殺気を放てるようになるとは……成長したね夕」
セフィラの家の前で立ち塞がる様に、俺を見下ろすアデラート。
今、こいつの相手をしている暇はない──
「雑談しにきただけならどけ、今は忙しい……!」
「そうはいかない。君がセフィラと接触した時点で未来は大きく動き出した……僕にも全く予想出来ない未来にね」
普段の余裕のあるアデラートとは違い、冷や汗を流している。
……何なんだ。お前には一体何が視えているんだ──
「夕、セフィラを追い掛けるのは止すんだ。ルーク君の事は諦めろ」
「……お前……何を言ってるんだ……?」
諦めろ?ルークの命をか?
ふざけた事言ってんじゃねぇぞ……!
「アデラート……以前お前に言った言葉だが、今度は本気だ──」
アデラートは目を細め、溢れ出る俺の魔力の奔流に耐えている。
「もう一度言ってみろ。殺すぞ?」
「ぐっ……変わったね、夕……」
アデラートをも圧倒する俺の魔力を、最早止められるのはルークや大精霊セフィラくらいだろう。
世界最強が、高々人類最強に負ける訳がない。
「俺を止めたいなら力尽くで掛かってこい」
「一体どうやってこれだけの力を制御出来るように……!」
「メリア先輩が俺に託してくれたんだよ……!!」
先輩はその血を俺に全て捧げてくれた。
魅了の力は今も尚、俺自身の吸血鬼の荒ぶる力をコントロールし続けてくれている。
──ずっと、先輩は俺の中に居る。
アデラートは俺を止めようと、腕を掴み魔力を放出しながら少し意外な言葉を口にした。
「……君が"聖職者達"のトップ、女皇と接触しているのも知っている……せめて彼女を引き渡せ……!」
「高坂を……?どうするつもりだ?」
「……君には関係の無い事だ」
「! まさか、殺すつもりか……!?」
アデラートは何も答えなかった。
それ自体が肯定だと判断出来るがな。
なら余計にこいつは今ここで──
「アデラート……お前には世話になったが、俺の邪魔をするなら話は別だ。本気で殺してやる……!」
「夕……!!」
「行くぞアデラート……!!」
俺は右手の紋章を緑色に輝かせ、真祖の魔力を解放する──
「インパクトッ!!」
「……ッ……!!」
完全にルークの魔法を使いこなせるようになった俺は、アデラートと距離を取る為に多段式に衝撃を与える魔法を行使した。
これだけじゃないぞ──
「ディープフリーズ!」
続いて、紋章を黒く輝かせる。
吹き飛んでいくアデラートに、無数の衝撃を確実与える為、その全身を石と変えてやる。
しかしディープフリーズは、瞬間姿を消したアデラートを外れ、奥にあった樹木へとぶつかった。
「……セイッ!!」
背後にいきなり現れたアデラートは、初めて出会った頃、ルークを半殺しにした蹴りを喰らわせてきた。
──お得意の転移魔法か。
「……無駄なんだよ!」
「やるね……」
俺はそれを片手で受け止め、魔力で剣を作り出した。それも6本、宙に浮かべながら。
「……死ねよ」
言葉と同時に、剣が背後にいるアデラートへと向かう──
「僕の魔力操作はこの世界でもピカ一だよ……!」
アデラートは数歩後ろへ下がりつつ、刺し迫る剣に左手を向け、自らの魔力で剣を押し留めている。
俺達は一瞬の膠着状態へと入った。
「夕……どうして必殺の魔法を使わない……?」
「……知っているのか……!?」
「当然だ。コアブレイク、だったかい?あれなら一瞬で僕を殺せる筈だ……何故使わない、本気で殺すんじゃないのかい?」
「……ならお望み通りやってやる……!!」
剣を空中で留めているアデラートの心臓付近に、魔力を集中させる。
そして、魔力で型どった手をイメージし、アデラートの心臓を握り潰──
「お、お前!心臓が無い── 」
「集中、乱れてるよ」
「なっ!?」
──パチン、とアデラートは指を鳴らした。
俺の左腕が淡く光った。
さっき蹴りを受けた際に転移の魔術式を俺の腕に!?
一瞬で俺はアデラートの眼前へと転移すると、押し留めていた剣が俺のすぐ後ろにあった。
「てめぇ……!?」
「真祖の魔法は研究済みだよ、対策だって打っているさ」
アデラートは魔力操作を止め、刺し向かう6本の剣は俺の背中に突き刺さる。
それらは俺の体を貫き、大量の血が流れ出る。
「この世界での戦闘における年季の差だね。これで終わり──」
──しかし、俺はその程度の痛みじゃ止まらない。
「今さら、こんな傷で痛がる訳ないだろう……」
先輩はもっと痛かった……!!
俺がこんなもんで痛がる訳にはいかないんだよ!
一瞬気を緩めたアデラートの顔面へ、右ストレートをぶち込んだ。
「グッッッ!!」
アデラートはセフィラの家へと吹っ飛んでいく。
「まだやるってんなら、さらに──」
やった事は無いが、精霊化までやってやろうと思った時だった。
「……もういい。兄弟で殺し合いなんてお袋や親父が知ったら悲しむ」
「なっ……!?」
アデラートは手のひらをこちらへ向け、項垂れたまま座り込んでいる。
「……夕、俺だよ……まだ気付かないのか?」
「え……!?」
柔和な物腰、さらに兄弟で……だと?
戸籍上の兄ではあるが……兄貴……
脳裏に蘇るのは前の世界、交通事故で死んだ筈のあいつの顔──
「まさか……兄貴か……!?」
ふっと笑うと、アデラートは自信に満ち溢れたいつもの態度ではなく、俺の記憶にある優しかった兄貴の顔を見せた。
「お前が初めてここに来た時は本当に驚いたよ……」
「俺の世話を焼いたのは兄貴だったからか……」
殺意を覚えるくらいうざく、まぁ俺を見捨てる事はない。
……思い返せば思い返す程兄貴の行動パターンだ……
「ずっと気付かないから俺の事を忘れたんじゃないかと思ってたよ……」
「気付かないってそりゃ……」
その頭、声、顔……何一つ俺の知ってる兄貴とは一致しないぞ!?
「一体どういう事だ……!?」
「俺の事はいいだろ。それより今はルーク君の事だ……」
俺の一撃が相当に効いたのか、アデラート──いや、兄貴はぐったりと座り込んだまま会話を続けた。
「大精霊セフィラはルーク君を殺し、それを見た絶望で夕を完全に覚醒させるつもりだ……」
「分かってるよ。だから止めなきゃなら──」
今さらそんな事を言われなくても、セフィラが何をやらかすかくらいは分かる。
しかし、兄貴はさらにその先の未来を語り始めた。
「その後だ。覚醒したお前はセフィラに殺される。結局お前に宿っているのは聖女の力だ……力を抜き取られた後、完全に使いこなせるエキナ君に移植される……」
俺は……セフィラには勝てないと言うのか……?
いや、でも殺されたとしても──
「エキナ君に生き返らせて貰うのは無理だぞ。精霊に殺された者は魂ごと消え失せるからな……」
「なら一体どうすれば……!?」
はっきり言って状況は詰んでいる……
兄貴は胸元のポケットに手を入れ、何かを握り込んだまま俺に差し出した。
「俺がお前を止めに来たのは俺がこいつを使う為だったんだよ……」
「これは……!」
聖者の弾丸……!!
それも3発も!?
「……如何なる生物をも殺す聖者の弾丸。これなら大精霊セフィラさえ殺せる……出来ればお前をセフィラに近付けたくは無いが……仕方無い、お前がやるんだ」
弾丸を受け取りはしたが、俺には一つ疑問が浮かんでくる。
「……何でもっと早くセフィラを殺しておかなかった」
「無理だよ。あれは俺達人間には手が届かない怪物だ。怪物同士がぶつかっている所を仕留めるしか無い……」
「ルークを殺して油断した瞬間を狙うつもりだったのか──」
兄貴は笑って肯定した。
それを責めるつもりは無いが、その作戦を実行させる訳にはいかない。
セフィラの事は止める。
ただ気がかりなのは、セフィラの目的が分からない事だ。
「兄貴……結局あいつは何がしたいんだ?」
「さぁな……ただ俺が視た未来ではこの世界に大した異変は起こっていない……言ったろ?俺にも予想出来ない未来へと続いてるって……」
「そうか……」
兄貴に聞ける事は全て聞けたかな。
そろそろ行くか──
「悪いが放っておくぞ。時間が無いからな」
「あぁ……気を付けろよ夕。それと……」
「なんだよ?」
指を鳴らした後、左腕に刻まれたままだった転移魔法が発動した。
「僕からのプレゼントだ。ルーク君の死の未来……変わるといいね……」
「変えてみせるさ。俺は何度だってあいつを救ってやる!」
そして、俺を包む様に転移の魔法が発動した。
無事で居てくれよ、ルーク──
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