第5話 大精霊セフィラ
高坂とのドタバタの朝を終え、教会を出た俺は聖国から少し離れた場所を歩いている。
この国に初めて訪れた筈の俺だが、何故だろうか……俺はこの国を歩くのに道に迷う事は無かった。
ある種の郷愁の様なものを感じていたのかも知れない。
ピ○コロがナメ○ク星で復活した時の様な感覚……恐らくあれが一番近い表現だな。
半日程聖国をぶらついた後、ようやく辿り着く。
「……ここか」
何も俺は、ただ不思議な懐かしさを味わいたくて、聖国の外周を歩いていた訳じゃない。
はっきりとした目的があった。
それがここ──大精霊セフィラが住まう家だ。
「ルークの話通り、レンガの家だな……」
大精霊と名の付く存在が住むにはみすぼらしい様にも見えるが、風情があると言えばまぁ……
風情。便利な言葉だな。
俺はさっさと面会するべく、木製のドアを叩いた。
「すみませーん!」
……少し、緊張が走る。
彼女からすれば200年前に死んだ筈の人間が訪ねて来たように感じるだろう。
一体どんな扱いを受けるのか、頭を過るものはいくらもあるが、俺には大精霊に聞かなきゃならん事がある。
俺が聖国へ来た理由の一つだからな。
『その声──』
「……!」
ドアの奥から勝ち気そうな女性の声が聞こえた。
程なくしてドアが開かれる。
「こいつは驚いた……あんた、一体どっちなんだい……?」
目を細めて、挨拶も無しに俺を眺める大精霊セフィラは、相当に俺を警戒している。
しかし、社会人として荒波に揉まれて来た俺は、初対面でこのような不躾な態度を取る輩には必ずこう返す事にしている。
「初めまして滝川夕と申します。名刺は切らしており……顔だけでも覚えて頂けたら幸いでございます!」
笑顔で腰からお辞儀をし、舐めた態度を取る輩に対しても低姿勢。
これが社会人です。
セフィラは面食らったようで、数秒フリーズしていたが、口角を吊り上げ一言。
「……まさか大当たりの方かい」
大当たりね。
さて、冗談はこれくらいでいいだろう。
俺はスッと目を細め、態度を一変させた。
「大精霊セフィラ、あんたに聞いておきたい事がある。事と次第によっちゃ──」
「かつての師匠になんて殺気を浴びせるんだい。良い度胸だ、入りな」
「……遠慮なく」
ルークから聞いた最早伝説上の生命体は、毛程の警戒を解く事も無く、俺を招き入れた。
※
テーブルに差し向かいに座った俺とセフィラは、早速本題へ入る事にした。
「大精霊セフィラ、俺が聞きたい事は1つだ」
「言ってご覧。まぁ想像は付くけどね」
こいつ……正直今の一言で俺の疑問は確信へと変わった。
セフィラはやはり──
「あんた、最初から英雄と聖女を殺すつもりで"聖職者達"を嗾けたな……!!」
「……何でそう思う?」
「ルークから過去の話を聞いた時に疑問に思う点がいくつかあったんだ。一つがあんたら精霊の動きだよ」
そう、ルークが自分でも疑問に思った様に、一番最初、先代聖女リースを助ける為に、単独で突撃した英雄を、ハナからリースの居る場所へ転移させてれば良かったんだ。
さらに──
「戦争にはセレントも参加していた筈だ。なのにあいつが活躍した所をルークからは聞かなかった。セレントは相当に戦力になる筈なのにな」
セレントはセフィラに何かを吹き込まれたのではないだろうか。
ルーク達に手を貸せない何かを。
セレントがルーク達を想う気持ちは本物だったからな……自然とセフィラを疑った。
「理由としは弱くないかい?あの子がただ逃げてだけかも知れないだろう」
「あいつはそんな玉じゃねぇよ。命懸けでルーク達を守ってくれる」
「……」
セフィラは何も答えなかった。
俺の推測は当たっていると見て間違いないだろう。
──なら、これで終わりにしてやる。
「今のこの世界の現状……お前ら精霊のとって都合が良すぎるんだよ……!」
「……と言うと?」
ようやく口を開いたセフィラは俺に説明を求めた。
俺を試しているつもりか……?まぁいい──
「先代聖女は力を覚醒させ、英雄マーネは覚醒した聖女の力を使いこなせる程に成長した。そして2人の成長は"聖職者達"という敵がいたからこそ実現した……」
ぐっとセフィラを睨み付け、自然と魔力が溢れ出る。
「そして現代、200年の時を越え再び聖女が生まれ、偶然にも同じタイミングで英雄の力は世界最強の魔族とその力を合わせた……!"聖職者達"という異質な連中を踏み台にしてな!」
「つまり、何が言いたいんだい?」
未だ強気な態度を崩さないセフィラ。
溢れ出た魔力は荒ぶる風を生んでいた。
「"聖職者達"は最早壊滅寸前だ……力を付けた俺達にはもう必要が無いとばかりに。大精霊セフィラ……あんたが"聖職者達"を唆し、この状況を誘導したんじゃないのか!?」
荒ぶる風は家具を薙ぎ倒し、窓ガラスを打ち破る。
「理由は簡単だ……!聖女の力をより強く、より完璧な形で覚醒させる為に!!!」
そこまで言い終えた時点で、セフィラはゆっくりと立ち上がり、俺に拍手をした。
「さすがマーネ──いや今は滝川夕、だったかい?」
「……お前……!!」
俺は思わず乱暴にテーブルを叩いて立ち上がった。
「でもねぇさすがにあの2人が死ぬのは予想外だったんだよ?試練のつもりが……先代の皇帝は思った以上にやり手だったよ」
「お前のせいで……一体ルークがどれだけ苦しんだと……!?」
「私のせい?おやおやそれはとんだ早とちりだよ」
「この期に及んで何を──」
「あの子を苦しめたのはあんただろう。マーネ」
ドクンッと、心臓の鼓動が大きくなった。
俺自身に前世の記憶は無い筈なのに……!
それに英雄はもう──
「俺は滝川夕だ!!太古の英雄は既に死んだ!その魂まで散り散りになって!!」
そうだ、ルークと契約をした際に英雄の魂が俺の身代わりとなって消えて行った。
だが、セフィラは眉一つ動かさず、俺の言葉を遮った。
「マーネの魂は生きてるさ。私が渡した剣のなかでね」
「……っ……!?」
「本当はルークとマーネが子供を作ってくれたら手っ取り早かったんだけどねぇ……あのバカはどこまで勘付いていたのか、一切ルークに手を出さなかった。ただのヘタレだったのだとは思うけど、おかげで200年も待つことになったよ……」
正直、俺の話なんて全て否定して欲しかった。
憶測の域を出ない内容だし、証拠なんて何もない。強いて一つ挙げるとしたら俺という存在だけだ。
なぜなら──
「セフィラ、あんたはこれを見て何を思う……!」
意識を心の内に集中すると、全身は淡く光りこの一言を持って解き放たれる。
「──目覚めろ、奇跡は俺の中にある」
ルークから過去の話を聞いた後、高坂と会う直前に奇跡の力を解き放つ文言を呟いた。
すると、俺の中にはエキナと同じ、奇跡の力が眠っていた。
これでエキナに真祖の力を注いでも、覚醒しなかった理由が分かった。
俺の中に負のエネルギーなんか存在しない。
やはりルークがやるしかなかったんだ。
俺はこの時点で、今までぼんやりと不思議に感じていた全てが繋がった。
精霊の力、そして聖女の力をも手にした英雄マーネ。
輪廻転生を果たし、その力は俺の中に受け継がれた。
そして、俺は世界最強の真祖の力さえも取り込んだ。
不死身の肉体、溢れ出る魔力……更に究極の奇跡の力。
精霊達が求める力が、何の因果か俺に収束している。
──これら全ては、聖女の力をより完璧なものへと昇華させるだろう。
結果、俺は聖女の力をあまりに強く求める精霊という存在を、訝しむ事となった。
セフィラを睨む俺を他所に、彼女は目を見開いて喜びに打ち震えていた。
「とうとう……触媒も無しにここまで……!!」
「なんで……!なんでそこまでして聖女の力に拘る……!!」
「……滝川夕……あんたこれまでの人生で何度絶望を味わった……?」
「な、なにを突然……!?」
セフィラは俺の質問には答えず、意味の分からない問いをしてきた。
俺が真に絶望した瞬間……一度目は前の世界で高坂が自殺してしまった時、そしてこの世界でメリア先輩を喪ってしまった時──
「いいから答えな」
「……2回だ」
セフィラは抑えきれない喜びを、ニヤリと笑う事で表情に表した。
「あと1回じゃないか……!そうと決まればもうルークに用は無いね──」
「お、おい!!ルークに一体何を──」
セフィラはゆっくりとドアの方へと歩き、指をパチンと鳴らした。
猛烈な魔力の奔流が家の中に吹き荒れ、転移の魔法陣が完成していく。
「最後の絶望を与えよう新たな英雄。やっと……私の悲願が成就する!!」
「待てっ……!!!」
伸ばした手は空を切り、セフィラはその場から消え失せた。
「……くそっ……!!」
俺は慌てて家を飛び出ようと、ドアを開けたが目の前には一人の背の高い男が立っていた。
「……お前は……!?」
「やぁ、こんな所で何をしているんだい……」
立ち塞がる様に俺を見下ろしたのは──
「アデラート……!」
「少し、話をしようか……夕」
アデラートは初めて出会った時と同じ、全身が総毛立つ恐ろしい殺気を放っていた──
お読み下さりありがとうございます!
どんどんお話が動いていきます……!
ぜひ最後までよろしくお願いします!!
 




