第1話 これだけは譲れない
時刻は深夜3時半。
場所は俺【滝川夕──この世界ではユウ・ジル・リレミト】の寮の自室。
世界最強の吸血姫、太古の英雄と契約を交わし、死の運命から解き放たれた【ルーク・エリザヴェート】は過去、その全てを語り終えた。
長い──本当に長くて濃い話だった。
全てを聞き終えた俺は、一つどうしても聞いておきたい事があった。
「──ルーク」
「……どうしたの?」
神妙な面持ちの俺に、話ながら涙を滲ませた為、鼻をすすりながらも俺の言葉を待っている。
「太古の英雄──前世の俺……と言うべきか。まぁいい、マーネは──」
英雄の呼び方に一瞬詰まったが、これだけは聞かなきゃならない!
「──童貞のまま死んだのか!?」
「え、うそでしょ?あんなに長い話の最初の感想がそれ??」
隣にいる、前髪を右目が若干隠れるように斜めに切り揃え、ボブっぽいグレーの髪で胸の大きい美少女──【エキナ】にハイトーンが消えた瞳で睨まれる。
「ユウ君?少し静かにしましょうね?」
「ひぃ!?い、いやダメだ!」
今日の俺はしつこかった。
「俺がいた世界には一度ある事は二度ある。さらに三度目まで起こり得るという言葉があるんだ!これが不安にならずに居られるか!?」
ルークの話だと輪廻転生とやらが成功してるんだぞ!
俺がまた童貞のまま死ぬ事なんて十分あり得る!!
ルークは呆れたように「ハァ……」とため息をつきながらも、俺の至って真剣な疑問に答えてくれた。
「あたしと出会う前は知らないケド……少なくともあたしとはしてないヨ。それにユウと同じでヘタレだしたぶんそゆことした事ないんじゃない?」
「な、なんだ……と……!」
歴史は繰り返すものだ。
俺はこのまま童貞を貫き死ぬかも知れない……
嫌だ!!
せめて一回くらい燻っている俺の息子を使ってやりたい!!
ショックを受けていると、横からむにゅっとした感覚に気付く。
エキナがガックリと項垂れた俺の腕を掴でいる。
「そんなに心配なら今私と……初めて同士ですが……ユウ君……」
「……!!」
潤んだ瞳で俺を見つめるエキナ。
や、ヤバいその豊満な胸を押し当てないでくれ!
マジで今日が卒業式になっちゃ──
「エ、エキナ!!初めてはあたしだって言ってるでしょ!!」
「た、確かにあの話を聞いた後ではちょっと尻込みしちゃいますね……」
「……酷いでしょ……約3年もほったらかしにされたのあたし……」
2人が俺をジト目で見ている。
待て、俺は悪くない。前世の俺が悪い。
ん?じゃあ俺が悪いのか?
「ま、まぁほら時間はいくらでもあるんだ、焦らずいこうや!」
「……あいつも似たような事言ってた……」
「ユウ君ルークが可哀想ですよ!?」
「俺に言わないでくれ~~~!!」
結局ヘタレる俺を見て、いつの間にかルークとエキナは笑っていた。
そんな2人を見て、俺も気が付けば笑顔になっていた。
きっと、ルークが欲しかったものは今ここにあるんだろう。
かつて英雄マーネと先代聖女リース、そして孤児院の子供達と育んできた、掛け替えのない思い出を彼女は持っている。
話に出てきた孤児院も今現在残っているか分からない。
少なくとも当時の子供達はもう居ない。
だからこそ俺は、今度こそきちんとルークに問う。
不思議な事に──いや俺達の絆が成せた必然か。
エキナも全く同じタイミングで、全く同じ問いをした。
俺は話に聞いた英雄と同じ様に快活な笑顔で──
今代の聖女エキナも、慈愛に満ちた先代聖女を彷彿とさせるであろう微笑みで──
『今、ルークは幸せか(ですか)?』
ルークは、一瞬驚いたような顔をした。
もしかしたら今は亡き2人の姿を俺達に見ているのかもな。
俺達の問い掛けにルークは──
「ヒヒ、めちゃめちゃ幸せ!!」
生涯、俺はこの笑顔を忘れる事は無いだろう──
※
朝日が昇ろうとし、空が白み始めた頃。
俺は、エスタード王国内の潮風が当たる墓地、メリア先輩が眠る場所に来ていた。
ルークとエキナは話し疲れて今は眠っている。
そのタイミングを見計らって寮を出た。
この場所に用があったからだ。
「やっと来たのね。遅いわよ滝川」
先にこの場所に来ていたのは、高坂 遥。
俺の前の世界での知り合い……いや、初恋相手。
俺と同じ黒髪で、すらっと伸びた細い手足は俺の目線まで来る身長も相まって、モデル顔負けだ。
少々勝ち気な性格だが、欠点にはならない程の美人。
そんな奴と俺が待ち合わせをする理由。
色々あるかも知れないが、あるといいなぁ……
冗談はさておき、理由は一つだ。
「悪かった。それで、昨日の返事だが──」
ルークの過去話を聞く前、俺はこの女の驚くべき現在の素性を聞いた。
ルークが滅ぼした筈の組織"聖職者達"、あろうことかそのトップに君臨しているのが高坂なのだ。
現在の"聖職者達"は幹部が壊滅し、その存続も危うくなっているのだと言う。
俺も幹部の一人を殺した。
その時の事を今は語らないが、少なくとも俺はこの女に対して払うべき責任があるのもまた事実だった。
昨日、俺は高坂に"聖職者達"の本拠地、聖堂国家ミュステリウムへ来るように誘いを受けた。
ちょっと遊びに行くとかじゃない。
聖国の住人としてしばらく腰を据えて欲しいとの事だった。
目的は知らない。
訊ねても答えなかった。
ただ、ぼそっと呟いたのは「それが私が女皇になった理由だから……」との事だ。
意味は分からんが、俺は昨日話を聞いた時点で答えを決め始めていた。
そしてルークの話を聞いて決意は固まった。
俺の答えは──
「──行くよ。聖国には俺も用がある」
「ほ、本当なの?正直断られると思っていたのに……」
「安心しろよ。ただな、"聖職者達"の一員にはならんからな。聖国の住人としてしばらく滞在してやるだけだ」
「えぇ、構わないわ。それなら早速行きましょうか。お別れは済ませて来たのでしょう?」
お別れ、か……
ルークもエキナも怒るだろうな……
歴史は繰り返す。
結局、俺は前世の自分とやらと同じ行動を取っている。
2人を置いてけぼりにして、勝手に動いて。
それでもこれだけは譲れない。
例え、2人を敵に回してでも──
※
「ハァ……もう忙しいったらありゃしないわ……」
深くため息をついたのは、エスタード王国王妃【レイン・セル・エスタード】
この国では珍しく黒髪で、あまり飾り気の無いシンプルな白いドレスを気に入ってよく着用している。シンプルが故に際立った胸元は見た者を魅力する。
彼女は現在、聖国との戦後処理に忙殺されていた。
今より少し前、聖女がエスタード王国で発見され、聖国に引き渡すように交渉が行われた。
交渉は上手くいっていた。
しかし王国は途中で交渉を決裂。
当然、聖国と王国とで聖女の奪い合いになった。
戦争では勝利を収めたものの、聖国は強引ではあったが、どちらかと言うと王国に否があった為戦後処理は難航を期していた。
「本当参ったわ……もうこれ以上面倒事はごめんだ──」
一枚の報告書がレインの目に入った。
そこには──
「ユウ・ジル・リレミトがアデラート学園を休学……聖国へ移住……ですって……!?」
普段であればこんな一学生の事などどうでもいい。
しかし、ユウは現在聖女を奪還し、戦争を勝利へ導いた英雄だ。
そんな人物が、いきなり戦争相手の国へ移住したと言うのだ。驚くのも無理は無い。
「ユー君……何を考えているの……?もう面倒事は起こさないでよ……」
レインは王宮内の執務室で大量の書類の中、頭を抱えるのであった。
お読み下さりありがとうございます!
いよいよ最終章の幕開けです!
明日章分けを行います。タイトルはその時にご確認下さい!笑




