第9話 追憶⑨
「……邪魔って……?」
「言葉の通りさ。私達精霊は人間や魔族がどうなろうと興味は無い。聖女の力を覚醒させる、それが全てなんだよ」
一体どうしてそこまで……!
事と次第によってはセフィラは敵になる、か……
あたしがそう考えた時、「でもね」と続けた。
「あんた達には手を貸してやるよ。今代の聖女はあんたらの家族なんだろ?」
「セフィラ……!」
「覚醒が多少遅れようが、聖女の幸せが一番なのはあんたらと一緒さ。聖国のやり方は私も気に入っては無かったからね」
セフィラはそう言った後、あたしに手招きをする。
「ルーク、ちょっとおいで」
「ん?うん」
「右手を出しな」
言われた通り右手を差し出すと、セフィラは何やら呪文を唱え始めた。
「これで良し。もし聖者の弾丸を撃たれそうになったら人差し指に魔力を込めな」
「もしかして防げるの?」
「そうさ、ただしこれは自動では発動しない。あくまでお守りくらいに考えときな」
「ありがと!!」
セフィラは次にマーネの方を向いた。
「マーネあんたには精霊魔法の奥義を教えてやる。覚悟はいいね?」
「……はい!!」
そう言った後、2人は外へ出た。
そう時間はかからないと言ってたケド、今日はここに泊まるんだ。
キッチンを借りて料理を作る事にした。
その日の晩ご飯は、孤児院とは違う賑やかさがあって楽しかった。
小さな精霊達が沢山居て、凄く可愛いかったしネ!
でもやっぱり、あたしはあそこに居るみんなとがいいや。
あそこがあたしの居るべき場所だから。
そして眠る前──
「マーネ、今日くらい一緒に寝てやりな。防音魔法をちゃんと掛けてあるから安心しなよ」
「なぁっ!?余計なお世話だ……」
という訳で、あたしとマーネは同じ部屋で寝る事となった。
うそ!?は、初めてダヨ……
いつも一緒に寝ようとすると追い出されてばかりだったからネ。
し、心臓が破裂しそう……
「よ、よろしくお願い致します……」
先にベッドに入ったマーネに続き、あたしも変に挨拶をしてベッドへ突入する。
「……なぁ何で背中合わせなんだ……?」
「は、恥ずかしいから……!!」
「いやまぁ俺もだけどさ……」
後ろからマーネはあたしの名前を呼ぶ。
「なぁルーク」
「……ナニ」
「少し真面目な話をしていいか?」
「……あたしをほったらかしにした癖に真面目な話、ネ?」
あたしはまだ怒ってるんだからネ。
「……悪かったって。もうあんな事はしないから、少しだけ聞いてくれよ」
「……ドーゾ」
あたし達は、お互い顔も見ないで話しているが、だからだろうか。
なんとなく、何でも話せてしまうような心地良さがある。
「俺さ、お前に出会えて良かったよ。きっと俺はこの先何があったって、今日までの日々を惜しむ事はない」
──まるで別れ話みたいだネ。
ぐっと堪えた言葉は、あたしの胸を締め付ける。
何となく、本当に何となくもうこんな瞬間が来ないような気がして。
あーヤメヤメ、きっと緊張しておかしくなってるんだ。
「こんな可愛い女の子に好かれて、本当に嬉しかったんだ。だからこそ1つ心残りがある」
「……心残り?」
何だろう。
あたしに手を出さなかった事?
いやそれは今からでも出来るし……分かんないな。
マーネは急に体勢を変え、あたしの背中に抱き付き、耳元で囁いた。
「──ウエディングドレスを着せてやれなかった事」
「……ひゃうっ!?」
び、びっくりしたっ!
ダ……ダメでしょ今の!
あたしを殺す気なの!?
「結婚しようって言ったのに全然式を挙げる時間が無くて悪かった」
「……も、もう分かったから、耳元で……止め……!」
「だからさ!」
マーネは無理矢理あたしの体を自分の方に向け、続きを口にしようとした。
「帰ったら結婚式を──」
「……ダメ」
あたしは優しく人差し指をマーネの口に当てる。
「……それ、何かヤな感じだから……」
「そうか?やる気出てこないか?」
「出るけど不吉過ぎる言葉に思っちゃって……」
昔からあーゆーセリフを言った奴は死んでいったからネ……
年長者の勘って奴だ。その先は言わせない。
「まぁいいか……」
「うん。……それで?この後でどうするの……?」
「こ、この後って……!?」
このヘタレは……普通それを女子に言わせる?
それがマーネらしいケドさ──
「せめてキスくらいはしなさいよ……あっ」
口にするつもりが無かった言葉がつい出てしまった。
顔を真っ赤にしたマーネを見て、あたしも熱くなる。
「う、嘘……今のやっぱ無し!わ、忘れて……?」
「あ、あぁそうだな……まだ式もあげてねぇもん。俺達には早いよ!」
「……う、うん……」
うんとは言ったケド……やっぱりかなり残念ダヨ……
たぶん、今のあたしは拗ねた顔をしていたと思う。
そんなあたしを見て、マーネは──
「──だから、今はこれが俺の精一杯だ」
「えっ?」
あたしのおでこの髪を横に流し、マーネの唇をちょんと付けた。
「……いま……」
「……い、嫌だったか……?ってルーク!?」
気が付くと涙が枕を濡らしていた。
幸せが溢れて泣いちゃうなんて……
「ご、ごめん……嬉しすぎて……マーネはあたしの事あんまり興味無いかと思ってたから……」
「んな訳あるか!!」
恥ずかしそうにそっぽを向いたマーネ。
「大好きだから、愛しているから……汚したくなくて……」
「ヒヒ、このヘタレ……!」
「うるせっ、ほら明日に備えて今日は寝るぞ」
「えぇぇ……やっぱちょっとヘタレ過ぎ……」
やがて、あたしとマーネは、眠りに落ちていく。
マーネは本当にそれ以上何もして来なかった。
あたしの事、どんだけ大事にしてんだか。嬉しいケド。
ったく……しょうがないから次は、キスはあたしからしてあげる事にしよう。
その代わり、今はぎゅーってして寝る事で我慢する。
マーネは、眠っているのに優しく抱き返してくれた。
現実と夢の狭間で、耳元で聞こえてきた寝言。
──必ず……皆で帰るぞ、ルーク……
返事をする必要は無かった。
※
「皆よく集まってくれた。ありがとう!」
時刻は夜20時頃。
セフィラの家の前に集まったのは、およそ1000人にもなる魔族達と、あたしとマーネ、そしてセレントとセフィラだ。
あたし達は全員魔力を抑え、今から攻め込む聖国の大聖堂を見据える。
聖国は、大聖堂を中心に円形に広がっている。
かなりの広さで、民間人は大聖堂の敷地からかなり離れた場所に住んでおり、今回の突撃ではまず迷惑を掛ける事はない。
マーネから聞いた話だと、大聖堂の敷地内はだだっ広く何も無い。
聖国の信者が何人集まっても良いようにとの事らしい。
そして、大聖堂の中でも高く聳え立つ教会の中にリースがいる。
あたし達が目指すのはそこだ。
大聖堂に突入し、やる事は2つ。
リースの奪還と"聖職者達"の討伐だ。
"聖職者達"……あいつらはホントヤバい。
聖者の弾丸ってのもどうやら人の命を使って作ってるみたいだしネ……
マーネは、人の命をなんとも思ってない連中だって言ってた。
そんな奴らにリースは預けておけない、絶対返して貰う。
みんなを1つにまとめる為、マーネが演説を始めた。
「俺達が今から起こすのは戦争だ。それも歴史には残らない、残しちゃいけない戦いだ」
この場にいる全員がマーネに視線を注ぐ。
「"聖職者達"……あいつらはやべぇ。実は俺の両親もあいつらに殺されたんだ。もう好きにはさせない……!」
知らなかった……
だからマーネは、あいつらをあんなに警戒してたんだ……
「復讐がしたい訳じゃない。ただ、今あいつらを止めなきゃ不幸な人が増える。だから──」
マーネは愛用の剣を掲げる。
「皆、俺に力を貸してくれ!」
誰も歓声は上げない。
夜に大きな音を出して警戒されても困るからネ。
ただこの場にいる全員がマーネを見つめて深く頷く。
そして、いよいよ大聖堂に乗り込もうかという時、マーネの隣に居るあたしの後ろから気配を感じた。
「姫様」
「あ、爺や!」
声を掛けて来たのは3年前、孤児院に乗り込んできた現在の魔族の長だ。
「爺やもマーネを手伝ってくれるんだネ。ありがと!」
「彼には借りがありますからの。それに相手は我ら魔族の憎き敵でございます、戦いに馳せ参じるのは当然でしょう」
「まぁ……魔族はそうだよネ」
魔族と強調ムードが流れる現在、唯一反発しているのが聖国だもん。
今まで多くの魔族を殺してきたのもネ……
あたしと爺やが喋っていると、今度は赤色と青色のツノを生やした双子の姉妹が近付いて来た。
赤い方のヴァンが口を開く。
「マーネ、ルーク姫、絶対負けないでね」
続いて青ヅノのヴァズ。
「マーネ、終わったらまた一緒に修行してね?」
無感情な2人の言葉は、1つは嬉しかった。
しかしヴァズの方に引っ掛かりを覚えた。
「ねぇ……一緒に修行ってナニ……?」
マーネを少し睨んでみると、顔を逸らしたのでヴァズの方を睨む。
すると、すらすらマーネの不貞行為が露呈した。
「ルーク姫、マーネは私達2人をとても気に入ってくれたの。それはもう昼夜問わず激しくぶつかりあったの」
へぇ……
今度はヴァンが教えてくれる。
「マーネったらとても強引で、あんなにされたら目覚めちゃいそうだったわ」
ここでようやくマーネが大量の汗を流しながら弁明を始める。
「ルーク、いいかこいつらは言葉が足りないバカ共なんだ。俺達の仲だ、言いたい事は分かるよな?」
「マーネ」
「……はい」
うっすら笑みを浮かべてマーネの顔を見てあげる。
本当にうっすらと。
「あたし、浮気は許せないの。あたし達の仲だもん、言いたい事分かるよネ?」
「……はい……」
段々と縮こまっていくマーネ。
まぁ別に本当に浮気をした訳じゃないんでしょーネ。
双子がクスクスと笑ってるし。
でもこーゆーイジられ方をされるくらいには仲良くなったって事だ。
あたしを2ヵ月も眠らせてる間に……!!
だからこう言ってやる事にした。
今度は満面の笑みで!
「2万回は殺してあげるネ!!」
「せめて1万回で許して下さい」
目の前で土下座してるよ。
ったく、バカなんだから。
「おいおい、あんたらいつまで遊んでるつもりだい。せっかく魔族が力を出せる夜に集まったんだろ?明けちまったら意味が無くなるよ」
言いながら近付いて来たのは大精霊セフィラだ。
大きな胸の前で腕を組んでいる。
「ほら、マーネにルーク。あんたらが行かないと進まないよ!」
「う、うす!」
「うん!」
彼女には色々世話になったからネ、うちの旦那も。お礼を言っておこう。
だ、旦那って言っちゃった……へへぇ……
「セフィラ、色々ありがとう!」
マーネがあたしに続く。
「師匠、ちゃんと正しいタイミングで奥義を使わせて貰うよ」
「……出来れば使うんじゃないよ。まぁあんたなら大丈夫だと思うけど」
「帰って来たら聖女に会わせてやるから楽しみにしとけよ!」
「期待しないで待ってるさ。セレント、あんたも助けておやり」
セフィラの谷間から出てきたセレントは、またあたしの頭に乗った。
「大精霊様が言うんじゃしょうがないからね。あんた達感謝しなよ~?」
「ヒヒ、ありがとセレント!」
マーネは全員を見回した後、最後にあたしを見て、ニッと笑う。
「よし、役者は揃ったな。そんじゃリースを連れ帰って、"聖職者達"を潰すぞ!そして早く孤児院に帰る為にも──」
言いながら、マーネはあたしの手を繋いで来た。
凄く安心する。ドキドキする。本当に大好きで愛しい人。
だから、続く彼の言葉にあたしはこう返す。
「さっさと終わらせるぞ、ルーク」
「了解、あたしの英雄」
お読み下さりありがとうございます!
少し文量多めでのお届けでしたが、楽しんで頂けていたら嬉しいです!
また明日もよろしくお願い致します!




