第8話 追憶⑧
「セレント、あとどんくらいで着きそう?」
「ひぃいい!も、もう1時間もすれば……!!」
「おっけ、ならもっと飛ばすよ!」
「いぃぃ~やぁああ~~!!」
あたしは今、聖国にいるマーネの元まで全力疾走中だ。
セレントはあたしの髪を懸命に掴んで、このスピードに耐えてくれている。
ちょっと痛いケド……
本来、聖国まで行こうと思ったら馬車で2日はかかる。
便利な乗り物とかは無いからネ。
でもあたしの脚力なら3時間も全力を出せば走破出来る!
そうだ、今の内にセレントに何でマーネがすぐに"聖職者達"の所に突入しないのか聞いておかないと。
「ねぇセレント、マーネはどうしてすぐにリースを取り返しに行かないの?」
「ひいぃぃ……!え、なんて?」
「いや、だから今マーネは何してるの?」
「あぁ……今は修行してるわよ」
あ、あいつ何やってるの……?
いやまぁ無事で良かったんだケド……
「聖国に着いてすぐ乗り込んだら、物凄い返り討ちに遭ったらしいわよ」
「え!?そうなの!?」
やっぱりすぐ行ったんだ……
生きてるみたいだけど大丈夫なのかな?
あたしの疑問を、セレントは聞く前に答えてくれる。
「怪我が酷かったみたいだけど、昔マーネを鍛えてくれたお師匠さんの所で英気を養ってるみたいよ」
「へぇ、じゃあマーネって聖国で育ったんだ?」
「生まれも育ちも聖国よ。お師匠さんってのも、まぁ見たら分かるよ……」
し、知らなかった。
聖国に居たのに魔族に優しいって不思議カモ。
そのお師匠さんとやらのおかげカナ?
ホントマーネって全っ然自分の事話してくれないから……
「ま、後は自分で聞きなさいよ。ルークちゃんもマーネの言葉で聞きたい事、いっぱいあるでしょ?」
「うん……そうする!」
まぁ聞く前にあたしを置いていった罰を与えるつもりだけどネ!
そして、ひた走る事一時間。
あたしは聖国の領内から少し外れた位置にあった、マーネの師匠とやらの家に着いた。
※
「すみませーん!」
レンガで出来た、風情あるやや小さめの家のドアを叩く。
すると、奥から聞こえてきたのは勝ち気そうな女性の声だった。
『はーいちょっと待ってな!』
お、女の声がするとは!?
浮気か!?いわゆる浮気という奴なのでは!?
心配をする間も無く、ドアはすぐに開かれた。
「おや……あんた達は……?」
出て来たのは、背中から羽が生えたセレントと似た雰囲気を持つ、あたしとあまり背丈が変わらない女性だった。
そしてデカイ。とにかくデカイ。
あの胸、リースよりも……嘘でしょ……
セレントはすぐにあたしの頭から降り、ペコリと空中でお辞儀をする。
「お久しぶりです。大精霊様!!」
「大精霊!?」
「セレント、久しぶりだね。そっちのあんたは真祖じゃないかい」
気さくに話し掛けてきた相手をあたしは知っている。
名前を知っているだけだけど……
確か──
「世界中に存在する精霊の生みの親、大精霊──セフィラ」
「へぇ……よく知っているじゃないか。吸血姫ルーク・エリザヴェート」
別に敵じゃないのに緊張してしまう……
長い時間を生きてきたあたしよりも、つまり魔族が生まれる前からこの世界に存在している生物だからネ……
彼女は不敵な笑みを浮かべたと思ったら、あたしの肩をパンパンと叩いた。
……無駄にデカイ乳を揺らしながら……
「どうせマーネを追ってここまで来たんだろ!入りな、今呼んできてやる!」
「え……あ、ありがと…」
いきなりマーネと会えるとなって、何だか微妙な反応をしてしまった。
リビングに案内されたあたし達は、テーブルの椅子に座りマーネを待った。
そしてすぐにマーネは姿を見せる。
2階から気だるそうに降りてきたマーネは、あたしの顔を見て酷く驚いた。
「師匠……何だよ用があるって──え?ルーク……?」
「……」
言いたい事が沢山あったのに、上手く言葉に出来そうにないや……
そうだ、まずはやることやっとかないとネ。
「……マーネ」
「ま、待て……まずは俺の話を──」
あたしの目の前で手をぶんぶん振り回すマーネ。
先にあたしの話を聞かなかったのはマーネだからネ──
「──断っ罪!!!」
「ぶごぉっ!!!」
家の壁を破壊しない程度に叩き付けてやった。
フゥ、すっきりしたっ!
「おやおや、もうおっ始めたのかい?」
セフィラがリビングの奥から紅茶を持って出て来た。
せっかくだし頂くことにしよう。
床で倒れているマーネを引っ張って、席へ着かせる。
「とりあえず今はこれで勘弁しといてあげるヨ。感謝しなよ、バカマーネ」
「……あ、ありがふぉうございまふ……」
腫れた頬っぺたのせいで上手く喋れないようだ。
後で冷やす物くらいは用意してあげるか。優しい~あたし。
「さて、まずはあんた達の用件を聞こうか」
テーブルの上手に座るのはセフィラ。
そして向かい合うようにあたしとマーネ。
セレントはあたしの頭の上に乗っている。
あたしの頭の上を気に入ったのかカナ。
セフィラの言葉を皮切りにあたしはマーネを睨む。
「……嘘つき」
「……悪かったよ。さすがに今回はヤバいって思ったんだ……」
「一人で死ぬつもりだったんだ。あたしや孤児院のみんなを置いて……!!」
言ってる内に段々と涙が込み上げてくる。
あれ、あたしってこんな面倒な女だったんだ……
「死ぬつもりはねぇよ。ただ死を覚悟したからお前を置いていった」
「同じ事じゃん!死ぬ時は一緒だって言ったよネ!?」
「俺は……」
マーネは一瞬下を向いた後、あたしの瞳を真っ直ぐ見つめてきた。
「やっぱり好きな女が死ぬとこは見たくねぇんだ。例え不死身だとしてもあいつらはお前を殺せる装備を持っていたしな……」
「!」
そんな顔して死なせたく無いなんて言わないでヨ……
それに、やっぱりこのあたしでさえ殺せる何かがあるんだネ。
「分かってくれとは言わない。でも頼む、帰ってくれ。大丈夫、ちゃんとリースを連れて帰ってくるって!」
快活に笑ったマーネ。
彼の口から出た大丈夫に、これ程不安を抱いたのは初めてだ。
今度はあたしが下を向いて、気付くとテーブルの上に涙の粒が溜まっていた。
それを見たセレントが、あたしの頭の上で立ち上がる。
「あんたっ!!いい加減にしなさいよ!!」
「セ、セレント?」
セレントのあまりの迫力に気圧されるマーネ。
「ルークちゃんがどんな想いでここまで来たと思ってるの!?あんたが心配だから、あんたが大好きだから来たのに、帰れなんて……!!」
「そ、それは仕方ねぇだ──」
「守ってやるくらい言ってみなさいよ!あんた英雄なんでしょうが!!」
「……」
マーネは何も返さない。
少し間を空けた後、「それでも駄目だ……」と言った。
「どうしてそこまで!?」
「あいつらは聖者の弾丸っていう、どんな生物をも殺せる武器を持っていやがった。あれはマジでやべぇ……」
「……聖者の弾丸……?」
聞き覚えが無い武器だ。
それがマーネがあたしを連れて行かない理由なんだネ。
でも少し疑問がある。
「……マーネはそれがあるって知ってたの……?」
「俺は聖国出身だからな。開発がされてたのは知ってた。完成してるとは思わなかったけど……」
暗いマーネの表情から、それ程に危険な物なんだと理解した。
マーネは立ち上がり、上半身の服を脱ぎ始めた。
「2ヶ月前、聖国に着いてすぐに突撃したんだけどさ、この通りだったよハハ……」
マーネの体には無数の切り傷と銃痕が残っていた。
はっきり言って、よく生きていたなと思うレベルだ。
「ひどい……」
「だろ?生半可な攻めじゃあいつらは崩せない。だから俺は師匠の所で修行してたんだ。仲間を集めながら」
「仲間……?」
あたしをほっといて、よくもまぁ仲間何て言えたもんだネ……
そうも思ったケド、まぁ今は大人しく話を聞いておこう。
「敵は人間至上主義を掲げる連中だ、そいつらを憎む奴らと言えば──」
「まさか、魔族!?」
「せーっかい!」
「すげぇだろ」と続けたマーネは、にひひと笑う。
「その数なんと1000人!こんだけいりゃ何とかなるさ」
「よく集められたネ……」
「俺には恩があるからって立ち上がってくれたんだ。リースも待ってるからな、明日には攻めるつもりだ」
そうだ、リースは今どんな状況なんだろ……
あんまりいい予感はしないケド……
「リ、リースは今……?」
「……侵入した時に聞いたのは、聖女の力を覚醒させる為に試練を受けている。それと子供を作る為に……」
「……もう言わなくていいヨ……」
怒りで気がおかしくなりそうだった。
もうマーネに止められても知らない。
あたしにそう決心させるには十分な話だったから。
「マーネ、あたしも行くからネ。もう魔法で止めようったってそうはいかないヨ」
全身に魔力を通わせ、例えセレントの強力な魔法でも効かないようにする。
「……ったく……絶対俺から離れるなよ……」
「ヒヒ、言われなくても離れるつもりはないヨ!」
あたしはテーブルを飛び越えて、愛しい彼に抱き付いた。
セレントが「おっと」と言って空中で一回転。
「ちょ、ルーク……!?」
「……怖かったんだから……もうマーネに会えないカモって……」
「……悪かった」
バランスを崩して床に倒れ込むあたし達。
あたしはマーネの胸に顔を埋める。
「バカ……マーネ……!うぅっ……!!」
「泣くなよ。愛してる、ルーク」
「あた……しも、愛してる、マーネ……!マーネ……!!」
マーネは倒れたままあたしを抱き締めて頭をぽんぽんとしてくれた。
一件落着と見たのか、ずっと穏やかな視線で見守ってくれていたセフィラが立ち上がる。
「ほら、いやらしい展開に入る前に一旦座りな。私からも伝えたい事があるんだ」
「いやらしい展開に何て入りませんけどね……」
「あんた、女にここまで言われて何もしないとか正気かい?」
ホントだよ!もっと言ってやってよ!!
ちょこちょこ血は吸わせてくれるケド、え……えっちな事は全然しないのこの男!!
「まぁいいけどさ。さて、私からは1つだよ」
マーネの隣の席に座り直し、セフィラの話を聞く。
居直ったあたし達は、セフィラの放つ穏やかな雰囲気が変わった事に気付く。
「あんた達、間違っても聖女の邪魔はするんじゃないよ。──私と敵対したくはないだろう?」
凍り付くような魔力の奔流があたしとマーネを襲う。
あたしは深く実感する。
精霊のトップ、大精霊セフィラは決して怒らせてはいけない存在だと──
お読み下さりありがとうございます!
恐らく過去編10話余裕で越えます。すみません……m(_ _)m




