第6話 追憶⑥
「……リース……!!」
マーネは伸ばしていた手を地面に叩き付けた。
リースを消した男は、気味の悪い笑みを浮かべる。
「聖女様は私の魔法で我が聖堂国家ミュステリウムへ移動して頂きましたので心配ありませんよ」
「……お前……リースをどうするつもりだ!?」
「聖女様としての役割を果たして貰うだけですよ?」
「……役割!?」
あたしは今までの聖女がどういう扱いをされてきたのか知っている。
マーネには伝えていなかったが、本当に酷いものだ。
あらゆる力を利用されるだけ利用され、空いた時間は後継者を作る為に毎年子供を産まされる。
とてもじゃないけどマーネに言える内容じゃないヨ……
男も詳しく教えるつもりは無いのか、この場を離れようとする。
「さて、本来は貴方達も抹殺するように言われていたのですが──」
「マー兄!?何があったの!?」
「ルーク姉……足が!?」
タイミング悪く、孤児院の子供達が出てきてしまった。
「やれやれ……邪魔な子供達ですね」
子供達の方へ、あいつの異質な魔力が集まっていく。
「やめろぉぉおお!!」
まずい!
殺されちゃう……!!
あたしが戻りなさいって言おうとする前に、マーネが喉から血を吐きながら叫ぶ。
「お前ら早く戻れ!!死にてーのか!!!」
「えっ!?ご、ごめんなさい……!」
あまりのマーネの形相に怯えて、子供達は大穴の空いた部屋から出ていく。
集まっていた魔力もすぐに消え、本気で攻撃するつもりは無かったように思えた。
でもこいつは本当に何をしでかすか分かったもんじゃないからネ……
「おぉ、聞き分けのいい事で。それではそろそろ私は失礼させて頂きますよ」
「……待てっ……!!」
「あまり無理に動かない方が長生きできますよ。また下半身と泣き別れしたいなら別ですが」
あいつ、また両手を広げて今度はマーネに魔力を集中してる……!
「ダメッ!マーネ今は大人しくしてて!」
「……だけど……!」
「その方がいいですよ。それでは私はこれで──」
──パンッ
空を切り裂くように乾いた音が響いた後、一瞬でアロハシャツを着ていた男は消えていった。
「……くそっ……!」
「マーネ……」
あまりにも血を失い過ぎたあたし達は、そのまま意識を失ってしまった。
※
「……んん……」
目が覚めると、いつもの見慣れた孤児院の天井。
時刻はあれから6時間後くらい。
そうだ、あたし……リースを守れ無かったんだ……
悔しさに涙が滲みそうになった時、寝ているあたしの隣から、聞き覚えの無い声が聞こえた。
「あ、目が覚めたみたいねルークちゃん」
「だ、誰……?」
あたしの視界に入ったのは、妖精のような小さな生物。
妖精さんは饒舌に自己紹を始めた。
「あちしはセレント!このバカマーネが倒れたって聞いて駆け付けたの!」
「駆け付けたって……?」
セレントと名乗った女の子は、自分の体よりも大きい、水で冷やしたタオルを振りかぶる。
ぴちゃ、っと小気味いい音を立たせたのはマーネの額だった。
「つめたっ!?」
「こらっ!じっとしてなさい!」
「へいへい……おう、ルーク目が覚めたか」
あたしと同じ様に寝ているマーネ。
良かった。無事だったんだネ……
よく見ると、マーネの周りにはセレントに似た小さな妖精さんが3人もいる。
マーネはせっせとお世話をする妖精さん達をよそに、あたしに顔を向ける。
「お前、足大丈夫か?」
「あ、そう言えば……」
布団を捲り、恐る恐る確認してみる。
さすがにくっついてるとは思うケド……
「大丈夫みたい。さすがあたし!」
「良かったよ。……よしルーク、俺は聖国に行くぞ」
「……!」
マーネがそう言ってベッドから起き上がる。
すると、彼の周りにいた妖精さん達が、髪を引っ張って無理矢理ベッドへ戻そうとしている。
「痛い痛い!」
「ダメなのー!」
「いけないのー!」
「殺しちゃうの?」
おぉ、一人物騒な子がいるネ……
ってか聖国へ向かう前に、そろそろ事情を説明して欲しい所ダヨ。
あたし達が倒れた後どうなったのかとか、この子達が一体何者なのかとか……
そう思った時だった。
あたし達の部屋に孤児院の子供達が雪崩れ込んできた。
「マー兄、ルー姉起きたのか!」
「2人共大丈夫なの!?」
もしかして、あたし達をここまで運んでくれたのはこの子達?
「みんなあたし達が寝ちゃった後どうなったのか教えてくれる?」
優しく聞いてみると、いつもあたしに懐いてくれてる女の子が口を開いた。
「2人をここまで運んだらね、マーネ兄の剣が光り出して精霊さん達が現れたの!」
丸坊主の男の子が続く。
「そしたら慌てて2人の治療を始めて、途中から増えた4人目の精霊が一旦出てなさいって」
「ルークちゃんの足をくっつけるシーンは流石に子供には……ね」
あー……それは中々にぐろい場面だネ……
それに、子供達に気を遣ってくれた事が凄く嬉しかった。
「そうだネ。ありがとうセレントさん」
「やーね!セレントでいいよ!あんたのおかげで聖女と繋がれるようになったんだもの。これくらいはさせなさいよ」
たぶん、契約の儀の事カナ?
ってか妖精じゃなくて精霊だったの。
「私達はマーネの事を気に入った精霊なのー!」
「いつもは剣の中で眠ってるのー!」
「マーネの敵はみんなぶっ殺すのー!」
だから最後の子、怖いヨ……
まぁ何でもいっか。
マーネの味方なのは間違いないだろうし。
「ヒヒ、ありがとネセレント、それにそっちの子達も!」
「どーいたしまして!」
マーネの周りを飛んでいる3人の精霊達も笑顔で頷く。
部屋を見回すと、雪崩れ込んできた子供達の中で一人うかない顔をしている子を発見すした。
どうしたのか訊ねるとおずおずと答える。
「……リースが……リースが居ないの……」
「……リースは……」
リースと仲の良かった内気な子だ。
彼女の不安な言葉に、他の子供達も元気が無くなっていく、
みんな何があったのか気になって仕方無いんだろう……
あたしはマーネと顔を見合わせて、こくんと頷いた。
「みんな……よく聞いてネ。リースは─」
一通り事情を伝えると、子供達は下を向いてしまった。
中には涙を流す子も。
当然ダヨ……あたし達は家族だもん。
みんな捨てられて一人だったのをマーネが拾ったんだ。
あたしも拾われた一人だ。リースを見捨てることは出来ない。
マーネがあたし達全員を見回して話し始めた。
「なぁ皆、リースを取り返す為に一つお願いがあるんだ」
マーネの言葉をこの場にいる全員が真剣に聞く。
「しばらくここには戻って来れないかも知れない。みんな留守を頼めるか?」
「ヤだよ!俺達も行くよ!!」
「そうだよ、わたし達は家族でしょ!?離れ離れは嫌だよ……!!」
子供達の言葉を聞いたマーネは「大丈夫だ」と言う。
「俺の代わりにルークを置いていくから。みんなこいつの面倒を見てやってくれよ!」
「はぁ!?ちょっと待ちなさいマーネ──」
「セレント、やれ」
「ったく……バカマーネ……ごめんねルークちゃん」
セレントが何かの呪文を唱え始めた前後であたしの記憶は途絶えた。
次にあたしが目を覚ましたのは2ヶ月後だった。
お読み下さりありがとうございます!
過去編も10話前後くらいで区切りが着くと思いますのでもうしばらくお付き合い下さいませ!




