第16話 慈愛という名の湖
ユウは、5分もかからずに王宮に着いた。
そしてエキナにはこの王宮内に避難しておくように伝えておき、避難しているメリアの両親を探し出した後、彼女の遺体を引き渡した。
「メリア……メリア……あぁぁあああ!!!」
「どうしてこんなことに……!!」
メリアの両親は寝かせた彼女の遺体を抱きしめ、悲鳴を上げている。
ユウはそんな2人の前に座り、床に頭を付けて謝罪の言葉を口にした。
「本当にすみませんでした。先輩は俺が殺したも同然です」
ユウは王宮に向かいながら魔力で無地の白いTシャツを作っていた。
そのシャツの胸ぐらをメリアの父親であるライネルが掴みかかった。
「君は……君は世界最強の男なんだろう……!?どうしてメリアを守ってやれなかったんだ……!?」
「俺は最強でも英雄でも、何でも無いんです。たった一人の女の子も守れない、ちっぽけな男です……」
「違う!!少なくとも君はメリアにとっての英雄だった!!出会ったばかりの君をあの子がどれだけ……!!」
「すみません……」
「私は……!君にならメリアをやってもいいと思っていたんだ……それなのに……!」
ユウから手を離したライネルは、そのまま床に手を付いてうなだれた。
「……メリアは最期に何か言っていたかい……?」
ユウは目を閉じて、一つ余さず伝えた。
「ライネルさんに謝っておいて欲しいと言われました。そして今までありがとうと。お母さんにはパパと仲良くしてね、と」
「メリア……!ぐっ……ぁぁあ……!!」
「嫌よ、メリアァァ……!!」
メリアの両親はその声が枯れるまで、ずっと泣き叫び続けた。
メリアの名前を、愛した娘が永遠の眠りから覚めるように──
※
ユウは、ライネル達が泣き叫ぶ体力も無くなったタイミングで戦争へ赴こうとした。
「ライネルさん、俺は行きます」
「……駄目だ。メリアは君が戦いに参加する事を望んでいない」
「……どうしてそう思うんですか……?」
ライネルは分かっていた。
今のユウの瞳が、殺意に満ちた輝きを放っている事に。
「この子が……愛した男に自分の復讐を望むような子に見えるのか?」
「……復讐じゃありませんよ。これは俺の責任なんです」
「同じ事だ。人の道を外れるような事をメリアの前でさせる訳にはいかない」
「……っ!俺は……!」
ユウは両手を血が滲む程に握りしめ、顔を歪ませて笑った。
「もう既に一人殺しました……!最高に気分が良かったですよ!!あいつが事切れる瞬間をずっと見たかった!!"聖職者達"には先輩がどれだけ苦しんだのか教えてやる……!!」
「……メリアの顔を見てもう一度言えるかい?」
「……っ……!」
「自分でも分かっているんだろう。この子が望むのは君の幸せだよ」
「それでもっ……!!」
ユウの膨れ上がった怒りは、無自覚に魔力を荒ぶらせる。
その余波で足元の床にヒビが入った。
「俺はあいつらを許せない……!必ず殺してやる……!」
「もう何を言っても無駄か……?」
「……はい」
「……そうか」
ユウはライネルの顔を見た後背を向けた。
「……殴らないんですか」
「私は君の気が楽になるような事はしてやらない。メリアに怒られるからね。君にはメリアの事を死ぬまで覚えていて貰う」
「……忘れたりなんかしませんよ、絶対に」
ユウが王宮から出ようとした時、ライネルは「最後にいいかい?」とユウに訊ねる。
「約束してくれ、必ず帰ってくるんだ。もう一度メリアに会いに来なさい」
「……必ず来ます」
そしてユウは王宮から出る。
すると外にはエキナが待っていた。
「エキナ……王宮で待ってろって言ったのに……」
「嫌ですよ。ルークはもうずっと前から戦ってるんです。私だけ待ってるなんて出来ません」
「……眠らせても起きたらまた戦場に来るつもりか?」
「当たり前じゃないですか」
「……俺はもうお前を守ってやるとは言えない。頼むからここに残ってくれないか」
ユウの心からの言葉に、エキナは少し怯んだが、それでも意思は変わらない。
「……ユウ君、私は死にませんよ」
「分からないじゃないか。俺に出来るのは壊す事だけだった。守ってなんてやれない……」
「なら、私が死んだらユウ君も一緒に死んで下さい」
ユウは少し驚いた。
ルークと出会った頃、同じような事を彼女に言ったのを思い出したからだ。
一緒に死んでやると。
エキナはユウの顔に手を伸ばし、優しく微笑んだ。
「ユウ君、メリア先輩の命をユウ君一人が背負わないで下さい。私にも分けて下さい」
「……俺は……」
「きっと、ルークが居たら同じ事を言いますよ。あと殴られてかも」
「……駄目なんだよ……!俺はあいつらを殺したくて仕方ないんだよ……!」
ユウの体は激しい怒りに震えていた。
それがメリアを守れなかった自分に対する怒りだと気付いていながら。
それでもユウはこの気持ちを解き放つ術を、"聖職者達"にぶつける以外に持たなかった。
「ユウ君の怒りも私が貰います。メリア先輩は今のユウ君を望んだ訳じゃないでしょう?」
「……お前に何が分かる……」
「分かりますよ。ユウ君の事ならなんだって」
ユウはエキナの言葉にイラつきを覚えた。
そして事ここに来て初めて、自分の心境を叫ぶ。
「お前に……!先輩が死ぬその瞬間に、すやすや眠ってた俺の気持ちが分かるのか!?たった一人で血を流して苦しみ続けたんだぞ!!俺のせいで不幸な人生にしてしまった……!!」
「メリア先輩は痛かったと思います。苦しんだと思います。でも決して不幸なんかじゃなかったと思います」
「そんな訳ねぇだろう!!メリア先輩の事をちゃんと見てから言えよ!!!」
「ユウ君こそちゃんと見てあげたんですか?あんなに幸せそうな顔をしてたのに!!」
「……!」
ユウはエキナから一歩後退り、メリアの死に顔を思い出す。
彼女は綺麗な顔をしていた。
──今が人生で一番幸せな瞬間であるかのような。
「ちゃんと思い出してあげてください!じゃないとメリア先輩があまりにも報われません!!」
「……先輩は……」
「血の記憶を見たって言いましたよね!?何て言ってましたか!?」
ユウの脳にフラッシュバックするメリアの言葉──
……君が先輩って呼んでくれるの凄く嬉しかった。ドキドキした。大好きだった……
「……やめろ……」
「やめません!私の顔を見て、ちゃんとメリア先輩の言葉を教えて下さい!一言でも不幸だったなんて言ってたんですか!?」
……後輩君とキスしちゃったんだもん……今この瞬間が人生で一番幸せだったや……
「……やめてくれ!!」
「ユウ君!!メリア先輩の想いから逃げないで下さい!!」
──さよなら、私の後輩君。
「お願いだ……もう思い出させないでくれ……もうずっとあのさよならが頭から離れないんだよ……」
ユウはエキナの目の前で、立っていられなくなる程に涙を流した。
「先輩はな……幸せだって言ったんだよ……おかしいだろ?俺のせいで死んだのに……!」
「何もおかしくないです。メリア先輩がユウ君に抱いていた気持ちは分かっていましたから」
エキナの言葉はユウには一つも理解出来なかった。
ずっと同じ疑問に囚われている。
「何で……何で俺の為に死ぬ事が幸せなんだよ!!」
「分からないんですか?」
「お前になら分かるのかよ!?」
ユウは涙に濡れた瞳でエキナを強く睨んだ。
それでもエキナは愛しい人に優しく微笑む。
「ユウ君が大好きだからですよ」
「……っ!」
エキナは、崩れ落ちたユウの頭をその胸に抱き、慈愛に満ちた優しい声で諭す。
「メリア先輩が羨ましいです。こんなにユウ君に想って貰えるんですから」
「……ぁあっ……!」
「泣いて下さい。自分への怒りから来る涙じゃ無く、メリア先輩の言葉を心に刻む為に」
「先輩……先輩……!!」
「今だけは立ち止まりましょう。振り返りましょう。きっと、メリア先輩はそう望んでいますから」
ユウはしばらくの間、声を上げて涙を流し続けた。
あの地下室で枯れたと思っていたのに。
悲しみに満ちた血の記憶は、メリアとの優しい思い出に変わって行く。
同時に、ユウの鈍い輝きを放つ瞳は、その光を失って行った。
──殺意という名の雫を、慈愛という名の湖が優しく溶かしていく。
お読み下さりありがとうございます!
いよいよ次回戦争パートが始まります!
また明日もよろしくお願い致しますm(_ _)m




