第5話 優しい女の子だと思っていた。
「──以上が、私が精霊と契約した経緯です。長くなってすみません」
「いや、ありがとう。ただ……」
「どうしたんですか?」
──エキナの話に出てきた冒険者って……
いや、これを言うのは無粋だな。
俺はエキナに「なんでもない」と告げ、話を続けた。
「それで、お前は自由に精霊の力を使えるのか?」
「いいえ……ですが、呼び出すことなら出来ますよ」
「え、そうなのか!?」
「はい。おいでセレントちゃん」
エキナが精霊の名前を口にすると、ずっと右腕にくっついていた胸元の紋章が強く光る──
「いぇーい!やほやほ~あちしがセレントちゃんだよー!!」
エキナの胸からぽんっと飛び出て来たのは、全長30cmくらいの、小さな精霊と言うよりかは、妖精と言った方が正しく伝わりそうな女の子だった。
彼女はブンブンと俺の顔の周りを飛び回り、「ん~~……ゲッ!?」と顔を青くした。
「あ、あんたはマーネ!?生きてたの!?」
「その名前は……!」
「確か、英雄の……!」
こいつ、太古の英雄を知っているのか!?
どういう事なのかを尋ねようとすると、
「マーネ!あんたルークちゃんはどうしたの!?」
「は、はぁ!?」
「はぁ!?じゃないでしょう!!一回ぶっ飛ばされないと分からないみたいね──」
「ま、待て……人違いだ!」
「その声、その顔!魔力の波長まで間違いない!言い訳するような男、このあたしがルークちゃんに代わって──ん~成敗!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁあああ!!!!」
俺は、浴びせられた電撃のせいで意識を失った──
※
「誠に申し訳ございませんでした……」
「こいつ一回殴っていいか?」
「ま、まぁまぁユウ君……」
精霊セレントは、エキナの肩の上で俺に土下座の形を取っている。
「セレントちゃん?次からは気を付けて下さいね?」
「は、はい」
こいつら一体どういう力関係なの……?
まぁいい。太古の英雄じゃないとエキナがきちんと説明してくれた。
「あー確かにあいつより目付き悪いわ!」と言ったこと、忘れないからな。
誤解が解けた所で事情を聞こうか。
「……お前、どうして太古の英雄を知っているんだ」
「そりゃ、"聖職者達"との最後の闘いの時に一緒居たからよ」
「!」
「あちし達は先代の聖女を取り返す為に闘った。マーネはルークちゃんとの約束を破って、勝手に死んだみたいだけどね」
「約束……今はいいか。なぁ聖女って一体なんなんだ……!?」
「私も気になります……!」
セレントはふざけた態度を一変、真剣な顔になって──
「この世界の奇跡の結晶だよ。聖女には死者を蘇生させる力がある」
「……!」
「え、私にはそんなこと出来ませんよ!?」
「今はまだ眠っているからね。聖女の力を引き出し、導くのがあたし達精霊の役目なのよ」
だから、精霊の契約者が聖女と呼ばれるのか。
エスタード王国はこの事を知っているのか?
どれだけの金や土地を積まれたって死者蘇生には釣り合わないだろう。
俺はセレントに尋ねる。
「死者蘇生……俺が読んだ歴史書には一つも書かれていなかったぞ?」
「そりゃそうだよ。聖女に関する記述はルークちゃんがほとんど灰にしたからね」
「次の聖女の為に……だな」
「お、ちょっとはルークちゃんの事解ってるみたいだね」
「おかげさんでな」
さて、ここまで聞いてしまっては尚更"聖職者達"が治める聖国なんて所にエキナは預けられない。
俺はエキナに最後の確認をする。
「エキナ、聖国には行かせない。もし戦争になっても俺達が守ってやる。いいな?」
俺がそう言った時、セレントから待ったが入った。
「待って、そうはいかないよ」
「は、はぁ!?お前、エキナが酷い目に合ってもいいのか!?」
「合って欲しくはないけど、聖女が力に目覚めさせるには試練が必要なの」
「……!」
エキナが試練という単語に聞き覚えがあるのか、驚いた顔をしていた。
「試練の内容は全て聖堂国家ミュステリウムが保有しているの。だから、聖女は必ず聖国に行かなければいけない」
「だ、だからってみすみす"聖職者達"にエキナを渡すのか!?」
「──英雄の生まれ変わり君?」
小さな体から感じる威圧力はアデラートのそれを越えていた。
「ユウと言ったね?聖女の試練の邪魔は何人足りとも許さない。精霊は聖女の成長の為に存在する、そう言ったよね?」
「セレントちゃん止めて!!」
セレントを止めると、エキナは俺の顔をじっと見てきた。
彼女は悲しい顔をしていた。
「ユウ君、私行きます」
「なっ……バカ言ってんじゃねぇぞ……!?」
「私、強くなって戻ってくるつもりですから」
「駄目だ。お前だってさっき泣いてたろ!?」
「もし、その"聖職者達"という人達が私を道具として利用しても構いません。何も無かった私が皆を助ける事が出来るんですから……」
「どうして……!」
俺の問い掛けにエキナは笑って答えた。
「ユウ君が大好きだから……!!」
「っ!」
「ユウ君……さっき言いましたよね。私が行かないと戦争になるって」
「俺が守ると言ったんだ!!」
「……私はっ……!」
エキナは俺の右腕の袖を強く掴みながら、涙をベッドの上落とした。
「守られているだけじゃ嫌なんです!!」
──優しい女の子だと思っていた。
「私はルークみたいにユウ君を守りたい!!」
──芯の強さはあるけど俺が守らないと、って。
「ここに居るだけじゃ私は強くなれないから、だから……」
──エキナを一番バカにしていたのは俺だった。
「お別れです。ユウ君、最後のお願いです。私の体にユウ君を刻んでくれませんか?初めては大好きな人がいいですっ……!」
エキナは解っていたのだろう。
戻ってくることなど出来ない。
奇跡を利用され、子供を産む道具にされると。
俺は……
泣いている彼女を優しく抱き締めて、耳元で囁く。
「俺はそれでもお前を諦めない。明日、必ずお前を奪いに行く」
耳まで赤くしたエキナは俺の胸に顔埋める。
「……どうしてっ……例えユウ君が来ても私はその手を取りませんよ……!?」
エキナの問いには答えない。
エキナを体から離し、部屋を出る。
「最後のお願いなんて絶対に聞いてやらない。またこの場所で聞かせてくれよ。お前の告白──大事な話をさ」
俺は「じゃあな」と言い部屋を出た。
精霊セレントはべっと舌を出して威嚇していた。
どうやらエキナを泣かせて嫌われたようだ。
──関係ない。
ルークの時と同じだ。
守ると決めたんだ。
──例え、エキナに拒絶されるとしても。
自室に帰ると俺のベッドの枕をクンクンしてるルークを見て軽く引いた後、ルークに「今日は帰ってこないって思ってたのに」と言われた。
帰るさ。ちょっと後悔してるけどな。ちょっとだけ。
その日は少し悲しい夢を見た。
※
次の日。
「全員よく集まってくれた。これより先は僕の指示に従って動いてくれ」
学園長室に集まったのは、俺、ルーク、オリウス、レオン、メリア先輩の5人。
アデラートはその全員の顔を見てこれから先の動きを確認する。
「聖女エキナ君は今から1時間後、王宮に来ている聖国の使者に引き渡しが行われる。どの護送船に送られるかは僕の予知でもう分かっている」
そして、俺達全員にイヤホンのついた無線を渡してきた。
「僕特製の無線だ。動力は魔力だから、常に魔力を使う事になる。少々きついだろうが頑張ってくれ」
「俺とルークは問題ないが……」
魔力がほぼ無尽蔵にある俺達は別にして、あとの3人の心配をすると、
「なに?後輩君心配してくれてるの?さっさと連れ去ればいいだけなんだから大丈夫だって!」
「大体お前らが問題無い方がおかしいんだって」
この作戦に参加してくれる皆には俺とルークが吸血鬼だということを明かしてある。
昨日ルークから、教えた方が気を使わなくて済むから言ったと聞いた。
「リレミト伯爵……僕はますます君が欲しくなったよ」
「げっ、キモい事言うな!」
「ちょ、ユウ!男にまで浮気するの!?」
「やかましい!!」
アデラートが「……もういいかい?」と呆れた顔をしていた。
「エキナ君が護送船へ乗り次第全員を船へ送る。皆、頼んだよ!」
『おぉ!!』
※
王宮の客間にはレインとエキナが向かい合って座っていた。
「ごめんなさいね……貴女を守る事ができなくて」
「いいんです。私は強くなってユウ君を、皆を守れるようになりたいんです……!」
「貴女は十分強い女の子よ。自信を持って」
──コンコン
客間のドアがノックされ、ドアの向こうから声が聞こえる。
「聖堂国家ミュステリウムより馳せ参じました、ゼンデンと申す者です。お目通りをお願いします」
「どうぞ」
レインが短く答え、エキナに自分の隣に来るように言うと、ゼンデンと名乗った使者がドアを開けた。
ニヤついた不快な笑みを浮かべるゼンデンは、エキナとレインの前で膝をつく。
「聖女様、お初にお目にかかります。ゼンデン・エフ・ジェードンと申します。ぜひお見知り置きを」
「エ、エキナです……よろしくお願いします」
エキナはゼンデンに倣いぺこりと頭下げた。
ゼンデンは大袈裟な態度でエキナの手を取った。
「私のような者に聖女様のお言葉を頂戴できて誠に嬉しゅうございますぞ!」
「は、はぁ……」
「私には何の挨拶もないのかしら?」
困っているエキナを見てレインが助け船を出すがゼンデンの大仰な態度は直らない。
「これは失礼を。本日もお麗しゅうございますレイン殿」
「もういいわ、そこに座りなさい。この後どうするつもり?」
「ありがとうございます」
ゼンデンはレインに案内されたソファに座り、エキナとレインも並んで向かい合った。
「実は、聖女様の殿方となる方をお連れしております。艦内にはなりますが婚約の儀を執り行う予定でございます」
「なっ!?些か気が早すぎるでしょう!」
「おや?貴女方にとやかく言われる事ではないでしょう?聖女様はもう我々の国のお方です」
「っ……」
レインの苦虫を噛んだような表情を見てエキナはニコっと気遣うように笑った。
「大丈夫です。覚悟の上ですから」
「貴女は……!」
「ユウ君に伝えて貰えませんか?もう来ないで下さいって。大好きでしたって」
「……必ず伝えるわ」
「ありがとうございます」
「それでは行きましょうか」とゼンデンはエキナを連れて客間を出ていった。
──レインは胸元に入れていた無線に問い掛ける。
「ユー君、聞こえたかしら?」
『はい』
「彼女は本気で聖女になろうとしているわ。それでも邪魔をするの?」
『……これだけは解ってるんです』
「なに?」
『聖国に行けばエキナは力に目覚めるでしょう。自分の幸せを犠牲にして』
「彼女はそれを望んでいるわ」
『望まない相手と結婚して、力をあいつらに利用されて……』
「……」
『ふざけるな!!!』
レインは笑った。
この子がアデラートの弟で良かったと。
『レインさん、国のお偉方を説得して下さい。エキナはこの国に必要な人間です』
「違うでしょ?」
『え?』
「ユー君に必要な女の子でしょ?」
『……はい』
「腐った貴族連中は任せなさい。その代わり約束して」
『約束ですか?』
「例え戦争になってもあの子を守ると」
ユウは一言返事をして通信を切った。
『──必ず』
胸元に流していた魔力を切り、レインは王宮の貴族達にエキナ保護させる為に行動を開始した。




