第10話 聖職者達
時刻は午後17時頃、異世界遊園地エスタードパークで一頻り楽しんだ俺達は、そろそろ帰ろうとしていた。
「いやぁ~思いの外楽しかったな!」
「ねぇユウ、最後にも一回だけジェットコースター乗らない……?」
「二度と乗るか!」
ルークには悪いが、あの乗り物にはもう近付かないと決めた。
左隣にいるエキナも苦笑いしてるだろうが。
「ルークさん、また今度私と2人で乗りましょうよ」
「あ、あんたと?……まぁいいケド」
「どんだけ乗りたいんだよ」
エキナとルークは、今日1日一緒に過ごした事で少し仲良くなった気がする。
しかしエキナ……もう一度あれにチャレンジするとは正気か?また変な呪文唱えない?
俺達はそうやって楽しく、行きしなに通ったゲートの前まで来た。
エキナが、ゲートの前にある休憩スペースの様な広場に視線を向け、俺とルークに尋ねる。
「ユウ君、ルークさん。最後にあそこで写真を撮りませんか?」
エキナの視線を辿ると、カメラを持ったパークのスタッフがいた。
俺達とルークはエキナの意見に合意し、スタッフに声を掛けた。
「すみません!写真いいですか?」
「えぇ、勿論!お代は3枚で3000eで!」
「お、おぉ意外と高ぇな」
スタッフは快諾し、俺達に妖精や精霊のデザインが施された壁際まで誘導してくれた。
ちなみに、この国の通貨は日本とほとんど同じだ。2400eのeは日本で言う所の円、1円=1eなので本当に日本と変わらない感覚で過ごせる。
お札と硬貨で支払いを済ませた。
代金は俺が支払ったからね?エキナは返すとしつこかったが、これくら格好つけさせてくれ。
さて、いよいよ撮影に移る。
「はーい皆さん表情が固いですよ~笑って笑ってー!もっとくっついてー!!」
ジェットコースターの時と同じで、俺を真ん中に2人が恥ずかしそうに体を近付けてくる。
分かる分かる。写真を撮る時って近付くのちょっと恥ずかしいよな。
「それじゃ撮りますよ~!」
特に撮る時の変わった合図なども無く、シャッターが切られた。
現代のカメラのようにパシャッとは鳴らず、代わりに魔力の圧……の様なものを感じた。
魔法で撮影するのか。これでこそ異世界!
スタッフから一瞬で現像された写真を俺達は受け取った。
「結構いい感じに撮れたな」
照れた顔をした3人。
出会って間もない俺達の、最初の1ページの様な、大事にするべき瞬間がそこには描かれていた。
「私……大切にします」
「ま、まぁ無くさない様に気を付けるよ」
エキナは本当に大事そうに写真を胸に抱く。
ルークはまだ恥ずかしがっているが、それでも写真から目を離すことは無かった。
──来て良かったな。心からそう思う。
この瞬間を油断と呼ぶのはあまりにも残酷で、しかしただ確実に、俺は俺に向けられた殺意の塊が見えていなかった。
「ユウ!!!!」
ルークに突然突き飛ばされた俺は、何が起こったのか分からず、尻餅を付いた後ルークに文句を言う。
「いてて……何すんだよルー……ク……?」
俺がルークの方を見ると、腹部の辺りを何かで撃ち抜かれたルークが倒れていた。
パークのゲート前はいきなり人が撃たれ、パニックとなっている。
「ルーク……?ルーク!!!」
「ルークさん!?」
俺達がルークの元に駆け寄ると同時に、彼女から信じられない量の血液が溢れだした。
「何で……お前、一体何が……!」
ルークの頭を抱え、意識があるかを確認する。
俺の問い掛けに、口から血を吐きながらルークは声を絞り出した。
「ごぼっ……ユ……ウ……怪我、し……して、な…い……?」
「俺は大丈夫だ……!一体何が!?」
「あ……あいつら……だ……」
あいつら!?
俺がもう一度聞こうとすると──
「おや、外れてしまったと思っていましたが……これはこれは、大物に出会いましたねぇ」
そいつはコツコツと靴の踵を鳴らしながら、俺達の方にゆっくりと歩いてきた。
黒のシックな線の細いスーツを見事に着こなした、こちらも黒色のハットを被り、口髭を生やした白髪の紳士といった風貌の男。
こいつがルークを撃ったのか……!?
「おい爺さん、一度だけ聞いてやる……ルークを撃ったのはお前か……!?」
「ほっほっほ、そうですとも私が撃たせて頂きましたぞ。我々が持つ最後の弾丸だったので、外したくはありませんでしたがねぇ」
「そうか……殺してやる!!!」
ルークをゆっくりと下ろし、俺は地面を思い切り蹴り、ダンジョンで出会った大型モンスターの時とは違い、全力で殴りかかった。
「やはり、血気盛んな若者はいいですなぁ」
「!?」
奴が白い手袋を着けた両手でパンと叩くと、俺の体は殴りかかろうと引いていた右腕が──肘の先から落とされた。
「ガアアアアァァァッ……!!」
「痛がりすぎではありませんか?直ぐに治るでしょうに」
んなこと言われたってなぁ……痛すぎるだろう……!!
肘から先の無い右腕を押さえ、地面に崩れ落ちた。
俺の右腕は灼け付くように痛み、切断面から失われる血は止まる気配を見せない。
「やれやれ……あそこに転がっている抜け殻から力を託されたと聞いて期待していたのですが……」
「抜け殻……だと……!?」
「えぇ、以前はあれがターゲットでしたが、もうあれにターゲットたる価値はありません。我々は貴方を殺す事に決めたのですよ」
「……俺を狙っていたのにルークが俺を庇ったのか……」
……何をやってるんだ俺は。
レインさんが忠告していただろう?
助けると誓った相手に助けられて──また失うつもりか?
気が付くと、左手を血が出る程握り締めていた。
……血。
血が欲しい。
目の前が真っ赤になる程の怒りは、徐々に俺から自我を奪っていく。
ドクン……
俺は吸血鬼だ。血が欲しくなるのは当然だろう。
──やめろ……今はルークを助ける方法を考えろ。
ドクン……!
血を飲めば力が増す。あいつを殺す事が出来る!
──違…う……ルークが……死…ぬぞ……
ドクン!!
──あぁ、考えるのは面倒だ。あいつを殺そう!!!
俺は失った血を求める様によろよろと立ち上がる。
「……シャアッッ!!」
俺はスーツの男に飛び掛かり血を奪うつもりだった。
しかし──
「ユウ君!!」
後ろから、何かが俺に抱き付いた。
離せよ……俺は目の前の男を、殺……すん、だ……
「ユウ君!お願いですから落ち着いて下さい!!」
「エ……エキナ……?」
泣きながら俺を止めてくれたのはエキナだった。
俺は今……吸血衝動に呑まれていたのか……?
目の前が真っ赤になり、恐ろしいくらいにあの男から血を奪い、殺してやりたくなった。
「ルークさんは応急処置ですが今すぐ死ぬことはありません。それでももう時間が余りありません……逃げましょう。もう逃げないと言いましたが、今は逃げるのが正解です!」
「なんですと……?」
スーツの男は、驚いた様にエキナを見やる。
「そこなお嬢さん、どうやってあの抜け殻を助けたと言うのですかな?」
「あ、貴方に教える必要はありません……!」
「私は、聖者の弾丸を打ち込んだのですが……貴女まさか精霊と契約を……!?」
エキナが精霊と契約……?
どういうことだ?
「聖者の弾丸の致死性は絶対です。いかな吸血姫と言えども必ず即死させるはず……それを癒せる存在……」
ブツブツと一人言を始めたと思ったら、考えをまとめたのかエキナに向かって叫び出した。
「間違いありません!!貴女は聖女様であられますね!!」
「……ユウ君、行きましょう。ルークさんが心配です」
「……あ、あぁ」
「お待ちくださいませ聖女様!!」
「ユウ君走って下さい!!」
俺は倒れているルークを左手で抱き抱え、追って来ようとするスーツの男を無視して逃げ出そうとするが──
パン!!
「手荒な真似をしてすみません。聖女様」
拍手の音と共に、ガララ!!と、ゲートの看板が崩れ落ち、出入口を防がれてしまった。
「クソ……!」
「聖女様、私達はずっと貴女を探しておりました……!ぜひ、私と一緒に参りましょう。憎き魔族共を滅ぼし、人類の時代を我らにお導きを!!」
「ルークさんにあんな事をした貴方達に協力できる事なんて何一つありません……!!」
エキナは強く否定する。
逃げ場が無くなってしまい、いよいよこれはまずい……
せめて、エキナとルークだけでも……!
そう思った瞬間──
「総員、奴を取り囲め!!」
「周りに一般人を入れては駄目ですわよ!」
スーツの男の後ろからやってきたのはオリウスとディセートだった。
引き連れてきた兵達が、奴を囲み俺達を輪の後ろに下がらせた。
俺達の方に周り込んできたオリウス達は息を切らせていた。
「フゥ……危ない所だったね。間に合って良かったよ」
「お前ら……どうして?」
俺の問いに答えたのはディセートだった。
「貴方の兄君から連絡があったのですわ。私達に、常に貴方達の近くに居るように、と」
「アデラートから?!」
そうか、あいつこうなる未来が視えていたのか……
オリウス達のお忍びというのも"聖職者達"に気付かれないようにという事か。
その格好はどうかと思うがな。
俺達が状況を確認していると、スーツの男が口を開く。
「やれやれ、多勢に無勢ですか。せっかく聖女様を発見したと言うのに。仕方ありません──」
言うと同時に俺に手紙を投げ付けてきた。
「こ、これは……?」
「今は聖女様は貴方に預けておきましょう。明日、そこに書いてある場所まで聖女様と2人だけで来てください。来なければその抜け殻を今度こそ殺します」
「てめぇ……!!」
「それでは、明日楽しみにしております。英雄と同じ姿をした少年よ──」
またしてもパン!と手を叩くと、瞬きの間に奴の姿は消えていた。
「……逃げたみたいだね」
「全く、なんですのあれは……」
オリウス達は一息付いているが、そんな悠長にはしていられない。
ルークを地面に寝かせてやり、声を掛ける。
傷は塞がっているが、血を大量に失った為か顔色は青白い。
「ルーク!!頼む、目を覚ましてくれ……!」
「……そんな大きな声で呼ばなくても起きてるよ……」
「!! 良かった……このまま学園の医務室に連れて行くぞ。病院よりも良い設備が揃ってるからな」
「……待って、ユウ……お願いがあるの……」
「なんだ……?」
ルークのお願いはとある場所に連れて行って欲しいとの事だった。
それは、かつてルークと太古の英雄が契約を交わしたとされる場所であった。




