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異世界吸血鬼は余命1ヶ月の吸血姫を諦めない。  作者: 棘 瑞貴
第一部 異世界吸血鬼は余命1ヶ月の吸血姫を諦めない。
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第1話 吸血姫


 12月31日、日付いや年も変わろうとするおよそ30分前。


「嫌だ、こんな仕事帰りの暗い路地で新年なんか迎えたくない……」


 ブラック企業に呪いを込めつつ、残業を終えた俺は家路へと急ぐ。

せめて新年の訪れは自宅でほのぼのと迎えられるようにと願った。

 あの角を曲がれば我が家へ着くと安堵した俺は、小走りで少し息を乱していた為、角を曲がった瞬間目の前に人が現れたのに気付かなかった。


「す、すみません!!あの、怪我はしていませんか?」


 ぶつかるスレスレではあったが確認の為声を掛ける。

恐らく体型や、髪型からして女性だと思う、別に胸を凝視したわけじゃないぞ?

すると──


──ようやく見付けた。


「え?」


 急に飛び付いてきたと思ったら、首筋に熱を感じる。

今、俺の首筋には彼女の歯が深く沈み大量の血を流している。


「ちょ、お……お前、なにやってん……だ……」


 熱い……身体に何かを無理矢理ぶちこまれているかもようだ、全身から力が抜けていく……。

深く牙のような歯を突き立てている彼女の顔面を押しながら、なんとか抵抗を試みるが最早手遅れだった。


 自分が、今とはまるで違う生命になるかのような不思議な得体の知れない感覚に襲われながら、俺は意識を手放した。


 

「ようこそ、僕の学園へ。で、悪いんだけど自己紹介してくれる?君との面接は入って無かったと思うんだけど」


 俺が意識を取り戻すと、目の前には驚く程美形で銀髪の男が、隣に秘書的な人を従えて俺に問いかける。めちゃめちゃ綺麗で胸がでかい秘書だな羨ま、じゃなかった。


「えと、滝川夕と申します。不躾で申し訳無いんですが、ここどこでしょうか……?」


 こう見えても社会人だ。初対面の人に対する礼儀は弁えている。酷く混乱しながらも丁寧に尋ねる。


「え?ははーんさては君あっちの世界から来たんでしょ!でも珍しいね、転生じゃなくて直接あっちからこっちへ来たんだね」


 なんだこいつ、やたらテンション上げやがって。質問に答えろよ。


「ここがどこで、君の身に何が起こったのか説明してあげたい所だけど後ろ、見てみなよ」


 ニヤニヤしながら俺に後ろを確認させるように言ったので、少しイラっとしたものの振り返るとそこには、前髪を右目が若干隠れるように斜めに切り揃えた胸の大きいグレーの髪の美少女が尻餅をつきスカートの中を覗かせていた。


「あ、黒のレース」

「なぁっ……!?」


 しまった。

 思ったことをすぐ口にしてしまうのが悪い癖だとよく婆ちゃんに叱られたなぁ。

 しかし、そんな反省をしてももう遅い。


 顔を真っ赤にした彼女は、両手を頭の後ろの床に着き、まるで特撮のヒーローの如く飛び起き空中で一回転。

 おぉ、跳ね起きって言うんだっけこれ、と短い時間の間にそんな感想を抱いていると、そのまま俺の頭に踵を落として来やがった。


「んがぁ!!??」


 そのまま顎から床に叩き付けられた俺はまたしても意識を失ってしまうのだった。


「……どへんたいさん」


 それが俺が最後に聞こえてきた声だった。



「お~ィ、そろそろ起きてくんない?僕にも予定ってのがあるんだよねぇ。人気者は辛いよね全く」

「うぅ……」


 目を覚ますと先程の軽薄そうな男が相変わらずにやついた顔で、大の字で寝転がっている俺を覗き込んでいた。

 傍らには仏頂面の秘書??も並んでいやがる。


「いやー災難だったね!でもあれは君も悪いと思うよ僕は。まぁそれはさておき……」

「さておくなよ。俺には何がなんだか……」

「いきなり態度が砕けたね!いいね、君は本当に面白い」


 さっきから腹が立つのでこいつ相手に丁寧な態度など不要だろう。ケラケラと笑ながらも会話を続けてくる。


「夕。君ももう分かっているだろう?ここは君のいた世界とは別の場所だ。ちなみに現在地はエスタード王国のアデラート学園、円形グランド場のど真ん中だよ」


 創作の中にしかない場所だと思っていた。

 まさかそんな所に俺が来てしまうなんて……


「いいかい、君がこの後取れる選択肢は3つだ。1つ、このまま外へ出て、右も左も分からない危険な世界を1人で生きていく。2つ、この学園へ入学しこの世界で必要な知識、技術を学び生きていく。この場合、僕の両親の養子になり、君には貴族として生きてもらうことになる。つまり、僕の弟だね」


 え、養子?弟?

 驚く程淡々と俺に説明を始めたので、黙りこくって相槌を打っていたが、最後の選択肢を提示する瞬間、奴の醸し出す空気が変わった。


「そして3つ、いきなりこの世界に現れた謂わば異分子たる君を今ここで僕が殺す。この3つだ」


 ──殺気。


 今までそんなもの感じたことは一度たりとも無い。

 だが、全身に鳥肌が立ち身動きが取れなくなるこの感覚を他に表現できなかった。


 否が応でも確信してしまう。あぁここは異世界なのだと、平和なあの世界では無いのだと。


「……出会ったばかりの俺を殺すのか?選択肢をくれるのなら2を選ぶよ」

「そうだよね、あの3択なら僕でも2を選ぶよ。でもね、君には確かめたいことがある。だからごめんね、一度殺すよ」


 奴は右手を後ろに回し拳銃を取り出した。


「おいおい、勘弁してくれ……!」


 だだっ広いグランドに発砲音が鳴り響く──



 ぎゅっと瞑ってしまっていた目を少しずつ開けるとそこには女の子が1人、弾丸を人差し指で空中に押し留めている。A○フィールドか!?


「これ、聖者の弾丸だね?あたし達吸血鬼でも殺せる……躾がなってないね、キミ殺しちゃうよ?」

「安心しなよ、聖者の弾丸はこの世界にたった6発しか実在しないんだから」


 弾丸を食い止めた、色素の抜けた薄紫の髪の毛を持つ彼女には見覚えがある……


「お前、さっき俺を噛んだ奴か!?」

「……」


 俺を横目で一瞥し、すぐに視線を目の前、俺に発砲してきたバカに向ける。ちらっと見えた彼女の表情はとても悲しそうに見えた。


「答えてあげないのー?ほらァ、言っちゃいなよ~自分が君をこの世界に喚んで、吸血鬼にしちゃいましたってさ!」

「あんた、どこまで……!」


 キッと睨み付けると同時に、止めていた弾丸を握り潰し、握り込んだ拳でそのまま銀髪に殴り掛かる。


「え?」


 俺が瞬きをした瞬間、俺をこの世界に招いたらしい彼女が、俺の真横を吹き飛ぶように蹴り飛ばされていた。


「あっれれ~おっかしいぞ?君、弱すぎない?仮にも真祖でしょうに」


 彼女は円形のグランドの壁にめり込むように打ち付けられていた。

 彼女の周りには信じられない量の血液がぶちまけられている。

 あんな量の血を流して生きているのか……?


「おい!あんた一体どういうつもりだ!」

「ん~?あぁ、別に心配いらないさ。あれくらいじゃすぐには死なない、死ねないんだよ」

「はぁ?死ねないってどういうことだ?」

「彼女は吸血姫、ルーク・エリザヴェート。魔族の頂点。ま、元みたいだけどね」


 ここまで聞いて、ようやく俺は段々寒気がしてくる。


「君、吸血鬼にされたんだよ。それも飛びっきりのね。さっき顎から床に叩き付けられただろう?あれは、完全に顎が砕けていた。だけど君にはもう傷一つ残っちゃいない。わかるだろう?人間はそんな重症、簡単には治らない」


 そうか……俺はもう人間じゃないんだな。


「吸血鬼は基本的には不死身だ。その真祖ともなれば、完全に死という因果から解き放たれている。君はもう……死にたくても死ねないよ」


少し憐れむように俺を見て、そこまで言い終えると、彼女──ルークがふらふらと立ち上がった。


「人間、そこまでだよ……。あたしは……」

「わかっているさ。この子のことを面倒見ろと言うんだろう?君に言われなくてもそのつもりだから安心しなよ」

「嘘だったら殺すから……」


 そのままバタリとうつ伏せに倒れ込んだ彼女を俺は抱き抱えると、にやけ面の銀髪は用は済んだとばかりに後ろに振り返り、顔だけこちらを向ける。


「夕、混乱しているだろうけど迷うな。君の隣には最強の吸血姫がいる。そしてこの僕もね」

「その最強を一撃で沈めたあんたは何者なんだよ……」

「あぁ、まだ自己紹介していなかったね!」


 一呼吸置き、にやけ面を消し、優しい笑みを向ける。


「アデラート・ジル・リレミト。ここの学園長だよ。それよりも、彼女を介抱してあげなよ」

「あ、あぁ……」


 言いたいことは言ったと言わんばかりに、パチンと指を鳴らすとアデラートと秘書の足元に陣が浮かび瞬きの間に消えていった。おい、あの秘書自己紹介どころか一言も喋らなかったぞ。


「うぅ……」

「おい、気が付いたのか!」


 うっすらと目蓋を持ち上げたルークは涙を浮かべている。


「ごめんね……。こんな出会い方にするつもりは無かったんだ……」

「お前には聞きたいことが色々あるけど、とりあえず落ち着ける所に行こう。俺を喚んだんだ、この国の地理くらいわかるだろ?案内してくれ」

「やっぱり優しいね……でもその前に挨拶だけはしていい?」


 血は止まっていそうだし……

 自己紹介くらいなら大丈夫だろう。

 「いいよ」と言ってやった。


「ありがとう。あたしの名前はルーク・エリザヴェート。ルークって呼んでね」

「滝川夕。好きに呼んでくれて構わない。ほら、行くぞ」


 急かすように立ち上がり、肩を貸してやる。お姫様抱っことかする男気は持ち合わせていないからな。


「ユウ……うん、よろしくね!」


 俺に満面の笑みを向ける彼女は、太陽に照らされる月のように綺麗に見えた。


「全く、あの銀髪のせいでキミとの出会いがとんだ幕開けになっちゃったよ」


 ぷりぷりと頬を膨らませるルークに、俺はそう言えばまだこれを言っていなかったと思い出した。


「そんなことないさ。あのさ、ルーク」

「どったの?」

「あけましておめでとう」

「なにそれ、全然めでたくないよ。あたしボロボロなんですケド……」


 ジト目で俺を見て来やがる。

 ……こいつ、本当は元気だろ。


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