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ある銃術師の建国記  作者: 実茂 譲
1.銃術師
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神官

 城壁に開いた門へ三つの道が合流していた。日干し煉瓦の城壁はところどころ煉瓦が抜けていて、銃眼が崩れて、巡回兵の安全を脅かす角度で胸壁が口を開いていた。城門には数名の兵士がたむろしていて、古いマスケット銃を膝に乗せたり、壁に立てかけたりして、サイコロをふっていた。兵隊は革の兜をかぶって覆面をしていた。銃術師と少女が馬にまたがったまま門の前へ来たとき、兵長らしい男が顔を隠していた布を引き下げて、ちらりと見上げた。

「その子は奴隷かい?」

 手綱を引いて馬を止めると、銃術師は黙って兵長を見下ろした。

「ここならエステル金貨でその奴隷を買い取ってくれるだろうよ」

 兵長の言葉も最後のほうでは戸惑うように舌から離れていった。銃術師の青い眼がどんどん大きくなって飲み込むように睨んでくるような気がしたのだ。

「まあ、売るつもりがないってんなら、別にあんたにゃ関係ないわな」

 鬚面を覆面で隠しなおすと、兵長はサイコロ賭博に戻っていった。

 この都が何という名前かは知らないが、とにかく大きな都であることは間違いなかった。門から続く大通りには商店街柱廊、大通りの頭上を横切る二階回廊、弩砲を備えた塔、頭が崩れた建物、奴隷を閉じ込めた鉄格子、青いタイルを嵌めた屋敷などが迫り出すように並んでいて、何も見ることのなかった荒野の正反対を行っていた。

 武器の市場は大通りをまっすぐ馬の歩数にして五百歩ほど行ったところを曲がった行き止まりにあった。ちょうど背の高い洞窟のように建物がえぐれた薄暗いバザールで道よりも高い縁台に武器商人たちが座り、彩色を施した盾や赤い金属を尖らせた槍、それに火打ち石式マスケット銃や管打ち式リヴォルヴァーの粗悪品を売っていた。馬を表につないで、少女を鞍に乗せたまま、武器バザールを覗いてみた。外からでは分からなかったが、バザールが雇っているらしい用心棒が二階にあたる吹きぬけに回廊をつくって、銃を手に見廻っていた。だが、そんなことをしてまでして守ろうと思えるほどいい銃は売っていなかった。売っている銃はだいたい古いか模造品であった。おそらく二階の用心棒が守っている品物は宝石をはめこんだ盾や名工の手による曲刀なのだろう。そんな市場でも椎の実型の弾丸と黒色火薬、それにブリキの雷管は売っていた。割高な気もするが、おそらく雷汞らいしょうを作る技術がこの都にはないのだろう。雷管は行商人から仕入れているに違いない。他にも大きな刀やギザギザの銃剣、長すぎて支え棒が必要な長銃を薦めてきたが、銃術師が黙って首をふると、売り手もあきらめた。

 外に出ると、背の高い痩せた男が馬の上の少女に話しかけているのを見つけた。銃術師がいるバザールの出口からは後ろ姿しか見えない。薄くなった頭のてっぺんと割りときれいな長衣、武器は持ち歩いていないようだった。

 銃術師が近づくと、まず少女が銃術師に気づいて、それで男が振り向く形となった。首から銀の印を下げたその男の顔はどこか間延びしていて、どうしてこんな間延びした男が今日の日まで、このうさんくさい町で生きてこられたのだろうと不思議に思うほどだった。

「精霊の女神の祝福を」

 そう言って、ここで流行っているらしい宗教の印を切った。ああ、神官か。宗教について銃術師は詳しくない。いろいろな教団を見てきたが、どの祈りの文句も知らないし、何をしたら神さまが怒るか喜ぶかも知らない。だが、小ぎれいな身なりの聖職者ほどうさんくさいものはないということは経験から知っている。銃術師はベルトを直すふりをして、銃を見せつけた。これでいなくなるだろうと思ったが、いなくなることはなく、ニコニコしている。

 ひょっとすると、神官の物干し竿から服を盗んで着ている狂人かもしれない。素っ裸の神官が、わたしの服はどこだ?と慌てる姿がふと脳裏によぎった。

「この子はかつては奴隷でしたね?」

 銃術師は何も言わずに相手を見返した。銃術師はかなり背が高いほうだったが、相手はもっと高かった。

「でも、もう奴隷じゃない」

 神官は一人で続けた。

「ですが、あなたは困っていらっしゃる。助けた少女が安心して暮らすことのできる場所など、どこにもないのだから」

 神官はまるで劇の台詞を読んでいるような感じでぺらぺらとよくしゃべった。

「しかし、あなたの旅に連れて行くこともできない。もし、よろしければ、わたしの住居で話しませんか? 礼拝堂の隣にあります。きっと、あなたにもこの子にも素晴らしい選択肢をご提供できると思うのです」

 普段ならこんな男の言うことは無視してさっさと先を急ぐが、今は事情が違った。確かに、少女を一人持て余している。そして、この神官は自分は最良の解決法を知っていると自信たっぷりに言うのだ。とりあえず、話だけでも聞いてみようと思い、ついていった。

 神官の案内で大通りを横切り、穀物屋や倉庫が並ぶ街を進んで、丸屋根の礼拝堂の隣にある小さな屋敷へ馬を入れた。召使いらしい老人が手綱を預かって、厩へ馬を引っぱっていくあいだ、神官は銃術師と少女を自分の住む家へと案内した。家の戸をくぐると、いきなり大きなテーブルがあり、その向こうに簡単な厨があった。日干し煉瓦を重ねて作った台の上に燃え尽きた薪が小さな山をつくり、自在鉤が深く丸い鍋を吊るしていた。

 どうぞ、と薦められた銃術師と少女は大きなテーブルのそばの腰掛に座った。神官はたったまま、何かを話そうとしたが、奥の部屋の扉が少し開いているのに気づくと、失礼と言って、扉を閉めた。

「この街は悪徳の都です」神官はそう話を始めた。「しかし、善良な人たちもまたいるのです」

 わたしは、そんな善良な人々を知っています、と神官は言った。さも、自分もその善良な人々の一人なのだと言いたげだったが、そこまで馬鹿ではないようだ。

 神官は続けた。「彼らは裕福で、寛容で、幸福な暮らしを営んでいます。しかし、ただ一つ、子どもがいないのです」

 それから神官は自分は不幸な子どもとそうした家庭を結びつける役割を持っていると言った。銃術師はその説明を聞きながら、仲介の苦労をいくらでねぎらってもらっているのだろう?と意地悪く考えた。

 それから神官はたっぷり三十分、銃術師にとってどうでもいい話をした。少女のほうをちらりと見ると、少女のほうもどうでもいいと思っているらしい。

「いま、どうしても子どもが欲しい。自分たちの築き上げたもの全てを受け継いでくれる子どもが欲しいと言っている、非常に裕福な人がいます。あなたの旅はきっと過酷でしょう。少女がその途中で命を落とすことだってありえます。しかし、街に放り出せば、すぐにまた奴隷市場行きです。自惚れるわけではありませんが、今、この子にとって一番素晴らしい将来を用意してあげられるのは、この広い都のなかでわたし一人だけです。わたしを信じて、この子をまかせてはいただけませんか?」

 少女は銃術師の服にしがみついた。銃術師はそれを除けようとしなかったが、そのままずっとしがみついていられるように手をかけてもやらなかった。

 神官は沈黙を肯定と受け取る人物だったらしく、甘ったるい蜜のような声で少女を銃術師から引き外した。

 銃術師が神官の家を出るとき、少女が捨てられた犬みたいな目を向けてくるのは参ったが、これが一番なんだと思って、さっさとその場を後にした。

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