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ある銃術師の建国記  作者: 実茂 譲
4.学生を集める
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初めての勧誘

 三十分もしないうちに二人は獲物街とペテン師横町の辻にある宿屋〈骨かじり亭〉のテーブル席にて、銃術師はりんごのブランデーを、ウィリアムはシロップを水で割ったものを飲み、食事にありつこうとしていた。厨房と居酒屋のあいだに壁がなかったので――料理人が床に落としたゴミまみれの食材を放り込んだり、嫌な客の料理に唾を吐きかけるのを防ぐためだった――二人が注文した料理がきちんと作られるのを安心して眺めていられた。赤毛の料理人は鍋にバターを落として、骨から削ぎ落とした鶏肉を炒め、別の鍋で作ったブイヨンを注ぎ込み、それから叩き潰したニンニクとニンジン、玉ねぎ、みじん切りにしたハーブ、胡椒と卵入りの黄色いヌードルをたっぷり入れて煮た。竃では山羊のチーズ入りビスケットが焼きあがっていた。この都の住人のほとんどはカビまみれのふすまパンと正体不明の腐った肉のシチューで暮らしていた。盛り方はまずパンをテーブルに放り、次に手から下げた鍋にさじを突っ込んで、腐った肉片をべちゃりとテーブルにじかにぶちまける。そして、それを手づかみで食べるのだ。だが、銃術師は自分に課したルールとして、食べ物はきちんと食器で食べると決めていた。清らかな流れのそばで串を打って焼いた鱒でも食べるのでない限り、手づかみはなしとされていた。ケルベロス・デーンのような神に見放され悪魔に魅入られた都でも、金があれば、まともな食事にありつける。エステル金貨三十枚の賞金を約束されたものにふさわしい食事が得られるのだ。

 いま、早速給仕娘がお盆にヌードル入りチキン・スープの鉢を持ってきている。ヌードルがちょうど切れたところで最後の一鉢ということだった。皿には橙色に焦げた山羊のチーズを練りこんだビスケットがついてくる。監獄川の北で得られる最上の食事だ。

 銃術師は一定の時間を他の人間よりも長々と見つめることができる。だから、突然、少女のような可憐な顔をしたわけありらしい少年が店の入口から裏口へと風のように駆け去り、そして、灰色の服を着て、ガラスゴーグル付きの灰色頭巾をかぶり、その上に三角帽をかぶった一団がやはり風のように駆け去ろうとしたのだが、その途上にいた給仕娘を乱暴に突いてどかしたため、チキン・スープの鉢が熱々の中身をばら撒きながら、銃術師のほうへと落ちていくのもゆっくりと見つめることができたし、夕飯が駄目になったことを自分に納得させることもできた。

 灰色の集団が去った後、ひそひそと声がして、どうやら暗殺者ギルドが脱走者の始末に手こずっているようだと噂し合っていた。別に脱走した人間を追っかけるのは結構だし、脱走を許していては暗殺を司るギルドとして成り立たないことも理解はできる。だからといって、銃術師のチキン・スープを駄目にして、謝罪の一言もなく、通り過ぎていいという理由にはならない。銃術師は立ち上がり、帽子のつばから垂れていた黄色いヌードルを指でつまんで捨て、ダスターコートのポケットに突っ込んだバーミンガム・リヴォルヴァーを抜くと、撃鉄を半分起こして、きちんと弾倉がまわることを確認してから裏口へ突進した。迷路のようになった広い中庭には小さな職人の店や銅貨一枚から食べさせる料理屋が看板も出さずに営業していた。泥の道をのしのし進むと、灰色頭巾の暗殺者を見つけた。どうやら脱走者の返り討ちを食らったらしく喉を切り裂かれ、もうじきお迎えが来るらしかった。銃術師はその暗殺者の顔を力いっぱい踏みつけた。そして、さらに道を奥へ進むと腹を滅多刺しにされた灰色覆面がよろよろと横道から姿を見せた。その手には暗殺者用に作られた片手剣と短剣を握っていたが、もう剃刀一枚だって振り上げる力は残っていなかった。顔は隠れて見えないが、この男か女か知れないやつが医者を呼んで欲しがっているのが何となく分かった。そこで留め金付き三角帽のてっぺんに銃の台尻を叩きつけて、四つん這いにした後、踵がめり込むほどの強さで首の付け根を踏みつけた。口髭にからみついたヌードルを取りながら、中庭の迷路を歩き回った。激しい太鼓のリズムがどこかからきこえてきて、銃術師の怒りを煽った。太鼓のリズムと銃術師の怒りが最高潮に達したとき、袋小路へと辿り着いた。先に走った少年が四人の暗殺者に囲まれていた。銃術師は引き金を引きっぱなしにして、左手で撃鉄を素早く起こして、左から右へ一発ずつくれてやった。三人の頭が吹き飛び、一人が背中を撃たれて、膝をついた。銃術師はその暗殺者を蹴って、地面に倒し、頭を撃った。

 太鼓のリズムが消えて、酔っ払いの笑い声と酌婦の猫なで声が遠くから聞こえてきた。チキン・スープに対する正当な復讐がなされた。正義感は湧かなかった。六人を地獄送りにしたが、それでもヌードル入りチキン・スープは戻ってこない。

 銃の弾倉には一発弾が残っている。最初に逃げた少年を撃つべきかどうか考えてみた。

 ひどく華奢な体でこれで人が殺せるのかと思ったが、ここに来る途中、返り討ちにあった二人を思い出し、なるほど華奢な外見が油断を誘うのかと一人納得した。暗殺者たちと同様、武器は片手剣と短剣だった。革の胴衣は足の付け根まで覆っていて、足のあいだ、股の下を通って後ろとつながっているらしかった。どうしてそんな変な胴衣をつけるのだろうと思ったが、取っ組み合いの最中に股を蹴り上げられることを思うと、なるほどこの小僧は接近戦を重視しているらしい。

 さて、少年のほうは事態が飲み込めていないようだった。確かにチキン・スープを駄目にされてここまで苛烈な復讐を為すものは少ない。銃術師はまだ怒りがときどき燻ったので、既に死んだ暗殺者たちを蹴飛ばしたりしていた。銃術師は何もかも面倒くさくなり、少年を見据えてたずねた。

「正直なところ」銃術師は喉の古傷がうずくのを感じながら言葉を継いだ。「お前さんを撃ち殺したもんかどうか考えている」

 それをきいた少年が武器を構えなおした。

 芯の強さがある。

 銃術士はそう思い、言った。

「お前、魔法を覚える気はないか?」

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