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ある銃術師の建国記  作者: 実茂 譲
4.学生を集める
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いらつき

 魔の犬の森は北を死神川、南を監獄川で挟まれた湿地であちこちに沼があり、樹々はその泡を立てる沼から生えていることがよくあった。どこを向いても一ヶ所に留まった水の不快な臭いがした。監獄川の浅瀬を渡り、ケルベロス・デーンへ続いているらしい道を行くあいだ、二日酔いに悩まされたウィリアムはさっぱり記憶をなくし、また娼婦と寝たことを教えると、性病をうつされたかもしれないと心配し出した。ああいう場所の娼婦なのだから、それは十分に考えられたが、その手の医者はたぶんケルベロス・デーンまで行かないといないだろう。そうウィリアムに告げると、ウィリアムは途方に暮れた様子で、イーグルクロウの首の後ろに生える白い毛に顔を埋めた。

 遠雷が鳴り、雨が降り始めた。雨宿りできそうな樹の陰を探しながら東を目指した。雨脚が弱まる気配はなく、風も強く吹き始めた。樹々の幹を水が伝い落ちて、沼の水かさがどんどん上がっていた。道が水のなかに没したりして、いろいろと回り道をしているうちにいびつな生え方をした松林のなかに入り、蹄鉄が砂地を踏み始めた。川は見えないが、水のかなりはやく流れる音が聞こえた。

「このあたりはひょっとして水没するんじゃないですか?」

 ウィリアムが不安そうにたずねたので、銃術師はただうなずいて答えた。案の定、松の根を洗う急流を見つけた。ごく浅いが、水の流れはうかうかしていると馬の脚だってさらいかねなかった。だが、帰り道も既に水没していて、こっちはかなり深くなっていた。

 銃術師が拍車をきかせて、馬の腹を蹴り、進ませた。馬の脚に当たった水が派手に飛び散った。すぐにウィリアムのイーグルクロウがギャオと嫌な鳴き声を上げて、銃術師に続いた。流れを超えると、とにかく休めるところを、屋根のついているところを探した。松林が途切れて、旧伐採場らしいところに着いた。巨木によりかかるようにしてやや大きな旅籠があった。正面は居酒屋になっていて、少し離れた場所には厩舎と酒の蒸留釜があった。

 居酒屋の扉を開けると、濡れた獣の臭いがした。煤で汚れた窓ガラスは外の光を通さず、また屋内に吊るしたオイルランプでは店のなかを照らしきれていなかった。長いテーブルには輪郭を持たない影のような客たちがいて、物をかじる音や鞭のように響く舌打ちがした。撃鉄を上げたピストルをテーブルに置いて、手持ちの銀貨を何度も数えている老人がいた。銀貨自体は磨り減って使えず、鋳直せば半分になってしまうような代物だったが、老人はこれにちょっかいをかけるやつは誰でも撃ち殺すつもりでいた。

「このへんに性病をなおせる医者はいますか?」カウンターにいた店主にウィリアムは開口一番たずねた。おそらく性病にまつわるあらゆる噂をきかされていて、自分の残り時間はわずかなのだと信じきっている様子だった。

 店主は、そんな医者はいねえ、と答えた。「淫売とやっちまったってわけか?」

「その、よく覚えてないんです」

「とりあえず、効くのは赤トウガラシをつけた酢だな。そいつをてめえのナニに塗って、悪化する前に黴菌を皆殺しにするんだ」

 店主は小さなガラス壜を取り出した。刻んだトウガラシの入った真っ赤な酢だ。

「ジュリアン銀貨で四枚だ」

 ウィリアムはそれを支払い、壜を片手に部屋の隅にある窪んだ横穴へもぐりこんだ。そして、自分のマントを暖簾のようにかけて、外から見えないようにして、治療を行った。まもなく叫び声が響き、マントから手がバタンと倒れてきた。

「あれはリスエンブルクの銃士隊かい?」店主がたずねた。

「ああ」

「あんたは賞金稼ぎか」

「ああ」

「あんなガキ連れて歩くなんて不便な制度だよな」

「そうかもしれない」

「ところで、サパタ銀貨三十枚で女が買えるぜ。もちろん病気はなし」

 銃術師は首をふって、酒を、と言いながら銀貨でカウンターを叩いた。

 出されたトウモロコシ酒はまずくて飲めた代物ではなかったが、雨で冷えた体を温めるくらいの役には立った。厨房でがたごと音がしだして、大きな鍋を持った豚のように太った女が木のさじでテーブルの男たちの皿にべたべたしたマッシュポテトをぐちゃり、ぐちゃりとのせていた。女は銀貨を数えている老人の皿にもマッシュポテトを盛った。そのとき、テーブルに積まれた銀貨に手が触れた。老人がピストルを手に取って、女を撃ち殺すまであっという間だった。女が仰向けに倒れると、店全体がぐらぐら揺れた。

「なにやってんだ、このクソジジイ!」店主が怒鳴った。

「わしの金に手を触れたら殺す!」老人は大急ぎでピストルの銃口に弾と火薬をつめて、込め矢で押し込んでいた。「ちきしょう。込め矢が抜けねえ!」

「そいつはアタマが足りてねえだけだ」店主が言った。「ちょっと手にとって見てみようと思っただけだ。盗むつもりなんざなかった」

「わしの金に触りやがった!」

「クソジジイめ」肺を病んでいるらしい誰かが乾いた声で呻いた。

「その豚女を外に引きずり出せ」店主が老人に言った。「聞こえたか? 外に出せ。ケツからクソが漏れ出て臭い出す前にだ。さもねえと、てめえ、店からおっぽり出すぞ」

 老人は銀貨をかき集めて、懐の奥に突っ込むと、ハムのような女の両脚を持って、ひいひい言いながら引っぱった。女の大きな体に対して、老人は痩せっぽちで小柄だった。精いっぱい頑張っても一インチ進むかどうかだった。

 他の客たちが囃した。「お前の銀貨を半分やるなら、手伝ってやるよ」

 店主までがゲラゲラと沸いたなか、老人は銀貨はやらん、と繰り返し、神だの大地だのを呪いながら、女の両脚を引っぱった。

 銃術師が立ち上がると、女の腰に巻かれたベルトを握り締めて、息を止めて力を入れて、そのままずるずると引っぱった。ところどころ床板が反っくり返ったところを通るたびに女の死体がゆれた。老人の、銀貨はやらんぞ、と繰り返される声を聞きながら、銃術師は女を外に出して、大雨のなか、扉の脇に転がした。そして、店に戻ると、老人のピストルをひったくって、銃身を握ってテーブルに叩きつけた。

「もう金を数えるな。今度やったら殺す」

 真っ二つに割れた銃を捨てると、おびえた老人を残して、カウンターに戻り、銀貨をコツコツ鳴らした。

「少しマシな酒を出せ」

 店主はウィスキーを壜で出した。それは香り高い煙のような味がした。

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