ウィリアム、童貞を捨てる
監獄川の岸辺には旅芸人や追放者の仮泊り集落がいくつかあった。雪解けで水かさが増すと、沈んでしまう砂岸や中洲では日が〈百の塔〉山脈の山稜に沈むと同時に、盛大に火が焚かれた。彼ら放浪の人々のなかでも料理ができるものたちは、塩と胡椒とハーブを念入りに擦り込んだ豚肉の塊を鉄の鍋に入れて、蓋が開かないようにきっちり針金で縛ると、人の背丈を軽く超えて燃える焚き火に放り込んだ。こうすることで、鍋は上下左右のあらゆる方向から熱を浴びて、まるでオーブンで焼いたようなロースト・ポークが出来上がるのだ。厚化粧の娼婦がふらふらと現われて、男たちに象牙のコインを一枚ねだった。食欲の他にも満たしたい欲があるのではないかと期待してのことで、慎み深いものたちは物陰でせっせと励んだが、そこまで人の目を気にしないものたちは焚火に真っ赤に照らされながら、大っぴらに欲望を満たした。対岸でも似たようなことになっていて、家も仕事も家族もない根無し草の流れ者たちがその日暮らしに磨り減りながら、黄燐マッチの閃きのような生を謳歌していた。
雹のような激しい太鼓のリズムがきこえてきて、ズボンだけを身につけた男が頭と両腕をめちゃくちゃにふりまわしながら、踊っていた。足元のゴキブリを踏み潰そうとするように激しく足踏みをして、踊りがいよいよ最高潮に達しようとし始めると、男は泡を吹いて倒れた。ひょっとすると、毒キノコを食べたのかもしれないと思ったが、倒れた男が引きずり出され、次の男がやはり同じような踊りを始めたので、泡を吹くまで踊るのがあのリズムの決まりらしかった。
銃術師とウィリアムはサパタ銀貨五枚でロースト・ポークの相伴にあずかった。その焚火の主は白髪交じりの年老いた賭博師で、この世の万物を賭博に組み換えるという病的な才能に恵まれていた。カードやサイコロはもちろん、闘鶏や闘犬、尻尾に結んだ布に火をつけて走らせるネズミのレースもやるし、道端に座り込んで次に通り過ぎるのが男か女か、ウサギが道のどちら側から飛び出すかといったことにも結構な額の金を賭けた。屋台にならんだオレンジの数がいくつあるかに手持ちの金全てを賭けたこともあった。イカサマの腕はよく、十三で始めてからこの歳になるまで両方の手がきちんと手首についていた。ケルベロス・デーンとその近郊では賭場も荒々しく、イカサマも横行するが、ばれると手を切り落とされるのが常道だった。老賭博師は昔はもっと北のシルヴァーニーで稼いでいたが、稼ぎすぎて市内のどこの賭場からも締め出されてしまい、しかたなくケルベロス・デーンで稼いでいた。今は手持ちがクライン王国金貨が三十枚、エステル金貨で二十五枚、〈大改鋳〉前の聖騎士帝国金貨が二枚。あとは細かく賭け金を釣り上げたり、食べ物を買ったりするのに使う銀貨と銅貨だった。
「あとは家の金庫にある」
「よく襲われませんね」ウィリアムがたずねた。「そんな大金を持っているのに」
「そりゃ、わしはジーノ商会が胴元をしている数当て賭博を手伝っているからな」ジーノ商会とはケルベロス・デーンで最も大きな犯罪結社のことだった。「賭け率の調整や一つの数に賭け金が集まり過ぎたときの逆賭け分散は面倒な計算だが、これが五秒でできないと、数当て賭博で儲けることはできん。むしろ損をする一方だ。払い戻しができないと大変だ。一度馬鹿な素人が数当て賭博の胴元になって、一ヤマ当てようとしたのが、アタリ番号に賭け金が殺到して払い戻しができず、生きたまま八つ裂きにされたのを見たことがある。だが、わしはそんなヘマはせん。どんなに賭けがもつれ込んでも、三秒と半分あれば、ジーノを確実に儲けさせ、程よくアタリも出て、賭け客が離れずに済むアタリ数字を出せる。数当て賭博は少なくとも月にエステル金貨三百枚を儲けがでている。そんなわしを死なせて月三百枚の金貨をふいにされたら、ジーノが怒り狂って、報復する。お前さん、その服を見たところ、リスエンブルクの銃士かね?」
「はい、隊士です」
「ということは横にいるのは賞金稼ぎの銃術師か」
老賭博師の関心が寄せられたので、銃術師は小さくうなずいた。
「ケルベロス・デーンは嫌な都さ。いつも薄汚い靄がかかっていて、市内を流れる川もみな藻のせいで黄ばんでおる。住民と住居のことは言うに及ばず。あんなのが〈王なき地〉で最も大きな都だというのだから、嫌になる。そりゃ王も逃げ出すさ。とはいっても、ケルベロス・デーン以外の都ではわしは締め出されているから、仕方がない。大陸横断鉄道が賭博専用の車輌を作ったときいたことがある。わしをそいつに乗せてくれればなあ」
あちこちで似たような話が咲いていた。咲いた花はどれも今の不遇と黄金のような過去を振りかえり、枝から離れて、ただ切なくなるところへと落ちていく。銃術師の過去は何なのだろう? 一分間に何発ライフル弾を装填できるかを兵舎で追求したことばかりが思い出される。王国の興廃はただただ兵士一人一人が一分間にライフル弾を三発装填することで決まるとでも言いたげな、思い出したくもない腐った過去だ。一発撃って、敵が銃剣を突き出して突進してくるのを見ながら、次の弾を込めるのはクソ度胸が必要だ。そして、そのクソ度胸は馬鹿みたいな反復練習で得られてしまう。腕が疲れて何も感じなくなるまで、込め矢を突っ込み、雷管をはめる作業はおそらくまだ銃術師の生まれた国で行われているだろう。あのいかれたシーマス・パトリオヘッドも生きていて、もう部下を十万くらい死なせて騎兵元帥くらいになっているかもしれない。いや、あいつは歩兵士官だったはず。まあ、もうどうでもいい。
老賭博師はシルヴァーニーでもう一度ギャンブルができるようになれば、全ての災いがいっせいに消え失せると力説していた。この老人はボリスに似ていた。ボリスはウィズダムがこの世に現れれば、あっという間に〈王なき地〉が理想郷へと変ずると言っていた。
ウィリアムを見た。この少年はいつの間にか火酒を二杯ほどやって目が潤んで、うつろになっていた。ウィズダムで魔法を学ぶ意志があるかどうかたずねてみてもいいかもしれないが、リスエンブルクの銃士隊の城館を思い出すと、成功の見込みはない。銃士隊での将来を捨てて、この千年間失われた魔法を学びなおすなど、おとぎ話のように受け取られるし、そうなってもしょうがない。
とにかく、ウィズダムには実績が必要だった。雨乞いとか空を飛ぶとか、とにかく人を驚かせることだ。だが、銃術師が魔法を見世物小屋の手品の延長くらいに思っているのに対して、ボリスは魔法は強固な学術体系の上に成り立つ高度な知識の集団と捉えている。だが、その高度な知識が世の中をあっといわせる日はまだ遠い。まあ、気長にやればいい。どうせ目的地もなく、ぶらぶらしていたのだし、ロバに乗った癒し手の予言とカンバーランドの予言を戦わせるのもそれなりにスリルがあった。
ウィリアムは火酒を勧められるまま四杯も飲んで、すっかり酩酊していた。そこに象牙のコイン一枚でやらせてくれる娼婦がやってきた。こんなふうに浮浪者キャンプをまわる前は、それなりの街のそれなりの娼館で派手に稼いだのだろうが、今ではその全盛期は見る影もなかった。声は酒で枯れていて、目の光は力がなく、皺を隠すためお面のように分厚く塗った白粉が焚火でてらてらしていた。ウィリアムはどうやら娼婦がただの物乞いだと思ったらしく、象牙のコインを払ってやった。娼婦はウィリアムをかわいい坊やと呼び、草むらに引っぱっていった。酔っ払って頭が朦朧としている少年はされるがまま、娼婦についていった。
デ・ロイテル家の人間はウィリアムがこうして童貞を失うことをどう考えるだろうか。ひょっとすると逆恨みされて、銃術師を敵視する武装集団リストにデ・ロイテル家が加わる可能性もあった。だが、深く考えるのはやめた。ウィリアムは自分で酔っ払ったわけだし、それに銃士隊というのは一種の軍隊なのだから、他の隊士も似たようなやり方で童貞を失っているに決まっているのだ。




