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ある銃術師の建国記  作者: 実茂 譲
4.学生を集める
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よくできた仕組み

 噛みタバコを切らした銃術師は道の傍らに生えているビンロウ樹の実をいくつかとって、それを噛んだ。道端には日干し煉瓦の百姓家がぽつんぽつんと立っている。どの家も隣の家とは最低でも二マイル離れている。谷間には錬金術士たちが住んでいる集落があった。彼らは学者というよりは石切り場の工夫のようだった。事実、錬金術士たちは実験に必要なソーダ灰をかきあつめるために、一日じゅう汗だくになりながら干上がった池の底に金槌を叩きつけていたから背こそ低いが雄牛のように頑丈な体を持っていた。岩石相手にツルハシをふるっていないとき、錬金術士たちは硫酸や硝酸を作ったり、この世の全てを硫黄と水銀に分類してみたり、不死の霊薬をつくるのに必要な葡萄のブランデーを飲み干して酔っ払ったり、寓意に満ちたフラスコの絵から偉大なる魔法使い大ブランシェ王だけが作ることができた星金貨を生み出すヒントを得ようと眉根を寄せて難しい顔をしたりしていた。錬金術士のなかには有害な煙の吸いすぎで頭がおかしくなるものもいた。彼らは自分のことを金属だと思い込み、化合と称して溶けて煮えたぎった金属を飲むことがあった。その手の悲劇が起こるたびに谷に死の絶叫が響き渡り、水鳥や臆病な草原ネズミを驚かした。

 リスエン川が見えた。黒い水がうねり、ところどころ盛り上がった岩の上を流れ、泡がまわりながら流れていた。広い川のあちこちでは錨を川底にひっかけた釣り舟が浮いていた。川沿いの道には平屋の民家や店、釣り舟屋が隙間なく並んでいて、釣具や投げ網を売るか貸すかしていた。餌もあり、蒸した麦粒やミミズ、かなり太いミミズ、水生昆虫、それにドジョウやハヤなどの小魚、カワカマスやナマズを釣るのに使う生きたカエルまで売っていた。特に繊細で洗練されたのは三種類の糸と五種類の羽毛から作った毛鉤でガラスのケースに入れられていた。

 日が暮れ初め、川の流れに対する形で川面に浮かぶ舟では帰り支度をするものもいれば、まだ粘るためにカンテラをつけるものもいた。銃術師も厩と酒場のある釣り宿に泊まり、釣師たちがその日の獲物の大きさを自慢するのをききながら、葡萄酒を飲み、淡水ニシンのフライを食べた。

 翌朝、銃術師が目覚めたころにはもう釣り舟が川に浮かんでいた。寝ているあいだに一雨あったらしく対岸の森がしっとりとした朝靄を吐いていた。涼しい風に背中を押されるようにして、川沿いを東へと進むうちに家や店がまばらになり、釣り舟も見えなくなった。対岸の森の鳥の声と川が岩を撫でる音だけが聞こえた。民家や店も川沿いではなく、前庭を挟んで少し陸のほうへ引っ込んだところに立つようになった。古代王国の関所の跡らしい石積みをいくつか通り過ぎた。だんだん道が人で賑わいだし、道に石造りの建物が並び始めた。建物のあいだには道があり、樹皮でこさえた屋根を持つ屋台が連なり、売り声を上げていた。いつの間にか銃術師はリスエンブルクの北端の川岸通りに入っていた。中型のガレー船が桟橋に繋留され、荷物が下ろされていた。中身は大陸西部の諸都市の産品でそれぞれの買い手の倉庫へと運ばれていった。

 桟橋で荷下ろしを見物していた男に賞金稼ぎのための酒場かギルドのようなものがないかたずねると、銃士隊の城館へ行けと言われた。都の中心部にある銃士隊の城館は周囲を壕がめぐらされていて、高い城壁に囲われていた。その敷地のなかから樹皮に膠かタールのような粘っこいものを塗って補強した大きな丸屋根がいくつも見えた。城門をくぐると、軍隊の駐屯地らしい整頓が目に飛び込んできた。行進訓練に励む銃士の一隊、細かく区切られた射撃場と鍛冶作業場、銃砲工場、左右対称に並んだ建物、リヴォルヴァーの回転弾倉から靴のバックルに至るまで油で磨かれていた。銃士たちはみな若く、重い外套に鉄の胸当てをつけて銃と剣を佩びていてもきびきび動くことができた。銃術師がやってきた途端、空気が張りつめたのが分かった。銃術師というのはどの大陸、どの都でもあまり歓迎される代物ではないのだ。それが司法官の側についているのか、無法者の側についているのかは問われない。ずっと昔、帆船に乗っていたとき、自分は賢いと自惚れていた学者が銃術師の出現と害虫の大発生のあいだに関係性が見られると吹聴したことがあった。銃術師はその馬鹿の尻に一発撃ち込んでやろうとしたが、残念ながら、その男はゴキブリのように素早く飛んで銃術師の弾丸から逃れた。とはいっても、海へ飛び込んだのだから、たぶん溺れ死んだだろう。あるいはサメに食われたか。ひょっとすると、どこかの岸辺に流れ着き、まだ必死に逃げているのかもしれない。それは賢明な判断だ。銃術師はあまり恨みを引きずるほうではなかったが、害虫と同一視されたことにはかなり頭にきていたから、今でも見つけたら、尻を吹っ飛ばすつもりでいた。

 繋ぎ柵に手綱を結んで、石の建物に入ると、まだ少年の域を出ていない若い銃士が応対した。

「何かご用ですか?」

「賞金首のことならここに行けといわれた」

「どなたにです?」

「名前は知らない。桟橋で荷下ろしを見ていた男だ」

「監督ということですか?」

「いや」銃術師はそれが重要なことなのだろうかと思いながらこたえた。「ただ見ていただけだ」

「そうですか」若者は帳簿をカウンターの上に置いて開いた。「賞金稼ぎのルールはご存じですか?」

「知っているつもりだが……」

 これまでは賞金首を生きたままか死んだ状態で持ち帰って金を貰っていた。ひょっとすると、生け捕りのほうが報酬が高いなどの決まりがあるのかもしれない。

 銃術師は若者の言葉を待った。

 若者が言った。「リスエンブルク市がかけた賞金首を捕縛する際にはリスエンブルク銃士隊の隊士が同行しなければいけないことになっています。そうでないと、誰のものとも知れない手首を切って持ってきて、賞金を払えとごねられてしまいますからね。正しい手続きを踏み、無実の人々の手首を守るためにはどうしても必要な決まりなのです」

「そうか」

「賞金首を追うということはケルベロス・デーンへ?」

「そのつもりだ。おれは誰と一緒に行けばいい?」

「この建物を出て、裏手の厩舎へまわっていただけますか?」

 厩舎にはイーグルクロウが数頭いた。みな毛が白く、目が青いことを除けば、大陸の西部で見たものと同じだ。思い返すと、イーグルクロウにも馬と同様に品種があることを全く考えていなかった。銃術師にはイーグルクロウがみな陰惨な駄獣に見えていたからだ。

 そのうち、さっきの若者が鞍を担いでやってくるのが見えた。

 白いイーグルクロウのうちの一頭に鞍を乗せて腹帯を締めると、若者は銃術師と馬首を並べた。

「うまくできてるな」銃術師が言った。

「はい?」

「なんでもない。気にするな」

 若者はウィリアム・デ・ロイテルと名乗った。名字の前に「デ」とか「ド」とか「ディ」のつくやつは貴族と相場は決まっている。だが、銃術師は何も言わないでおいた。別に貴族に悪い感情はなかった。もし、シーマス・パトリオヘッドが貴族だったら、嫌悪するところだったが、あの男は貴族ではなかった。確か家畜商か馬具工場の持ち主だ。それに銃術師が兵士であったとき、部下を無駄死にさせる愚かな作戦に異を唱えて銃殺刑になった士官がいたが、その士官はかなり古い家柄の貴族だった。

 ウィリアムは実力はあるのに機会に恵まれていないと思い込んでいる若者独特の焦燥と育ちの良さからくる柔和な性格を併せ持つ少年で、もう十七になっているが――まだ十七――ホイッティングに逃げた詐欺師を捕まえにいったことがあるだけでケルベロス・デーンにはまだ行ったことがないとのことだった。城館を出て、市街を進んでいく途中で、ウィリアムは自分がケルベロス・デーンについて知っていることを話した。北を死神川、南を監獄川に挟まれた魔の犬の森にあり、〈王なき地〉最大にして最悪の都市だという、かなり大雑把な知識だった。

 銃術師が手柄と冒険に飢えた少年とともに追うおたずねものはエステル金貨三十枚分の悪さをしたトーマス・グーディという男で、罪状は強盗、家畜泥棒、二件の殺人だった。スワンプバードの盗賊ティーグから私掠許可証を取り戻す仕事が一人エステル金貨五枚だったことを考えると、これはかなりおいしい獲物だった。手配書には口髭をたくわえた面長の男の石版画が載っていたが、よほどの馬鹿でない限り、口髭は剃り落としているだろう。おまけにこのあたりの数大陸にまたがったマスク・覆面文化のおかげで顔を隠して大道を歩いても怪しまれない。もちろん、ケルベロス・デーンが噂どおりの都なら、グーディは別に顔を隠すことなく堂々と暮らしているだろう。

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