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ある銃術師の建国記  作者: 実茂 譲
4.学生を集める
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偽りの豊穣

 北東を目指す銃術師の行く手には高原が盛り上がっていて、それは左手に見える山脈へとつながっていた。左に見える山々は大陸を左右に分ける〈百の塔〉山脈の最後の峰だった。その山脈はなだらかな斜面となって銃術師が進む草原へ落ちていく。あまりこのあたりの地理に詳しくないが、道の途中にぽつんと立つ居酒屋や宿屋、農家などで聞いたかぎり、まず前方のヴァネス高原に高地民族たちの城があって、さらに大陸の南東の先端にある半島にはイシュメルと呼ばれる都があった。イシュメルは特殊な戦闘集団として知られていて、強さではイシュメルの戦士一人が千の剣士に匹敵するらしい。ただ、そのイシュメルの戦士たちは大陸のいかなる戦争にも参加せず、ただ自分たちの領域を犯すものに反撃をするのだという。また他の都とはほとんど交流をもたず、半ば伝説化されているので、いくらか差っ引いて話をきく必要があるというものもいた。ひょっとすると、その無敵の戦士たちは銃や大砲がこの世にもたらされたことを知らないのかもしれない。あるいは銃や大砲よりも強いのかもしれない。ただ、銃術師の経験では先込め式ライフルの扱いに熟達し榴弾砲に援護された歩兵一個連隊の弾幕に勝てるのは、がむしゃらに突撃する三倍の数の歩兵だけだ。それだって弾幕を突破したときには三分の一が死に、次の三分の一は死んだほうがよかったと思えるほどの大怪我を負って倒れ、そして最後の三分の一には死にもの狂いの白兵戦が待っている。とはいえ、ボリスにはいろいろなやつに声をかけると約束もしているわけで、イシュメルについては頭の片隅においておくくらいのことはしてもいいだろう。

 だが、今はそんなわけの分からない都は後回しにして、悪党の首に賞金をかけられるだけの金があるしっかりとした都を目指すことにした。

 出発して一週間目には、もう銃術師はヴァネス高原を横切っていた。空気が冷えて、太陽の光がずっと澄んだものになった。南東に見えるヴァーネットと呼ばれる高地民族たちの都があった。夜になり、満点の星空の下、フライパンでトウモロコシのパンケーキをつくりながら、銃術師は高地民族たちの住処を眺めていた。石の城を中心に茅葺き屋根の家々が立ち、いかにも余所者を嫌いそうな雰囲気を醸し出している。ここも後回しにしようと決めた。途中で出会った旅人や民家で集めた話をまとめると、銃術師はまずリスエンブルクへ行くべきだと言われた。そして、そこで賞金首の情報をいくつか仕入れて、さらに北の魔の都ケルベロス・デーンへ行く。リスエンブルクやホイッティング、サン・ロレで悪さをした悪党たちはみなケルベロス・デーンに逃げ込むから、そこで賞金首を見つけて、捕まえるなり撃ち殺すなりすればいいというわけだ。ここしばらく奴隷売買の行われていない街を旅してきたから、また奴隷だの淫売宿だのがごちゃごちゃと集まった都へ行くのだと思うと気が重いが、銃術師の本来の居場所は結局そこなのだとも心のどこかで思っている。銃術師にはウィズダムが美しく過ぎて、何だか自分はそこにいてはいけない気になるのだ。

 ヴァネス高原を越えて、低地地帯へ下っていくと、そこは大陸東部の穀倉地帯で緑の小麦の海が広がっていた。春まき小麦かと思って、家の横で大鎌を砥石にかけている農夫にたずねると、ここの小麦はみな秋に播かれたものだという答えが返ってきた。

 銃術師は馬を降りて、畑の土を手にとって、少し口に含んでみた。ざらつきが少なく、湧き水の味がするいい土だ。

 土を吐き出しながら、農夫のほうを見ると、農夫は作業をする手を止めて、この質問にはもう何千回とこたえてきたんだと言わんばかりに肩をすくめた。

「言いたいことは分かるよ。よその大陸から来たんだろ? そういう連中はみんな言うんだ。小麦が育つのが遅いって」

「雨季までに収穫できるのか?」

 農夫は首をふった。

「全部は無理だ。何とか実のなったものだけを収穫する。ここにある小麦のうち三分の一でも収穫できれば恩の字だ」

「土が悪いわけじゃない」

「ああ。昔からこうなんだ。はやく播いても無駄。一生懸命面倒見ても、刈り取れるのは三分の一。儲かるのは仲買人ばかりでおれらにはさほどの銭は入らない。だが、まあ収穫できるだけでもありがたいのかもな。種が芽吹かず、実をつけず、廃業に追い込まれた農民もたくさんいる。ここ数年はとくにひどい。何か悪いことでもしでかして、バチを食らったみたいなんだ」

「リスエンブルクへはこの道で合っているか?」

「道なりに行けば、錬金術士たちの谷に入って、川が見える。それがリスエン川だ。川にぶつかったら、右へ曲がって東へ進めば、そのうち都が見える」

 青い小麦の海――三分の二が雨で腐ることがはっきりしている偽りの豊穣のなかを北へと進む。馬鍬を踏みながら生きていたころのことを思い出してみる。だが、全ては霞がかかったようで何も見えてはこない。戦争は人間そのものだけでなく、その人間の過去までも破壊してしまうのだ。多くの兵士たちは戦いに身を投じながら、無事家に帰ることができても全てが元のように戻ることはないのだと実感する。宝石のような過去は飛び散った戦友の血や骨、農家から徴発した最後の一羽の鶏の羽ばたきのなかへと消えていく。過去を大切にできない人間に未来はつくれないという利口ぶった格言は兵士に対する永遠の死刑宣告のようなものだった。

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