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ある銃術師の建国記  作者: 実茂 譲
3.ウィズダムへの旅
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ストーナーズ開拓村

 ボリスの説明ではこのストーナーズ開拓村がかつての魔法王国中心地にある唯一の人里ということになる。それは水の神か豊穣の神を祀る小さな祠を中心に日干し煉瓦の家の集まっていて、めぐらした浅い堀には透き通った水が流れていた。堀に渡された小さな橋を渡ると、その横では数人の子どもが麦粒を入れて沈めておいたガラス壜を引き上げて、小さなハヤを獲っていた。堀の岸辺では三つ足の小さな鉄鍋で油がぐつぐつ煮立っていて、子どもたちは指で内臓を押し出したハヤを次々と素揚げにした。開拓村の南にはオリーブの樹が群生していて、開拓村が使う調理用と点灯用の油を供給していた。

 イーグルクロウに踏み鍬をつけて畑を耕している男がいたので、ウィズダムの池についてきいてみた。地元の人々はウィズダムを蜃気楼の池と呼んでいることが分かった。どうやら、封じ込めてあるウィズダムの都が何かの手違いでうっすら現世に姿を見せているらしい。

 ボリスは急ぎたがっていたが、銃術師は村で一晩過ごすことにした。アリソンも不思議がった。だが、今から行けばウィズダムに着くのは真夜中だろう。銃術師はもしウィズダムが存在するならば、朝日を背にして現れるその姿を見たかった。難民やこそ泥のように夜中にこそこそ入るなど真っ平だ。

 銃術師は近くの農民と交渉して納屋で寝ることにした。アリソンはまだ眠くはないので、首の布を目の下まで引っぱり上げて、薄く暮れ始めたストーナーズの村をちぎれた海草のようにゆらゆらとめぐってみた。ほとんどが農家で、あとは暦と家畜の病気にくわしいまじない師が一人、農具や蹄鉄を扱う鍛冶屋が一人、それに雑貨屋を営む兄弟がいるだけだった。このジョンとブラウンのバクストン兄弟はもうじき三十になろうとしていたが、嫁も迎えず、ここでこまごまとした物を売ることにかかりきりになっていた。店に二人の兄弟が揃っていることはほとんどなく、兄弟のうちのどちらかが布や鉄製品を買いつけにフォート・ヘイズやヴァネス高原の高地民族、アンバウ川の河口にあるデ・ボア商会の交易所へ旅をしていた。彼らは時には南の蛮族たちと取引をし、珊瑚細工を買いつけに二人一緒に蛮族の都ランザナまで旅をしたこともあった。ストーナーズの住民は二人が体のどこかをかじられて帰ってくるだろうと思っていたが、兄弟は五体無事に帰ってきた。

 バクストン兄弟は蛮族のことを風使いの民と呼んでいた。風を使ったまじないや占いの類がかすかに生きていて、なくしものの在り処を教えてくれたりするのだという。

 アリソンが雑貨屋を訪れたときには、兄のジョンがヴァネス高原に羊毛の買い付けに出かけていて、弟のブラウンが眼鏡をしてカウンターに置いた帳簿をつけていた。

「やあ、いらっしゃい」

 アリソンに気づくと、帳簿をしまって、気さくに笑いかけた。亜麻色の髪をした好青年でゆったりとした薄緑の上衣を羽織り、数種類の紋章入り帯を体のあちこちにかけていた。

 アリソンはほとんど空になった革袋を取り出して、カウンターに置いた。

「これがいっぱいになるまでひきわりトウモロコシを入れてください」

「はい。かしこまりました。全部でジュリアン銀貨なら三枚。サパタ銀貨なら二枚だけど」

 アリソンはサパタ銀貨を二枚置いた。

「他にも赤ザラメやふくらし粉、粉末バターもあるけど?」

「ひきわりトウモロコシだけでいいです」

「はいはい」

 ブラウンが大きな壷からアリソンの袋へトウモロコシの粉をさじで移しているあいだ、アリソンは店のなかをちょっと見まわしてみた。木箱や長持ちがカウンターの裏に並んでいて、壁にはマスケット銃が五丁、剣が三本、盾が四枚立てかけられていた。トカゲ皮の胴衣や頑丈そうな靴、分厚い刃の鉈。古いリヴォルヴァーが壁の出っ張りから紐一本で吊るされていた。カウンターの上には円柱状のガラス容器があり、干した果物がつまっている。

「はい、ひきわりトウモロコシ」

「ありがとう。やっぱり赤ザラメももらえますか?」

「はい。サパタ銀貨三枚です。長旅かい?」

「そんなとこです」

「どこから来たの?」

「カーディナル・タウン」

「へえ、ずいぶん遠くから来たものだね。ぼくと兄さんはマリスカルの出身でね。行ったことはあるかい?」

 アリソンは首をふった。

「いい街だよ。湯治場もあるし」

「そう。ここ、雷管は置いてます?」

「あるよ。ちょっと待ってて」

 その夜、納屋の干草の上に横になり、アリソンは現実的な問題を考えていた。そろそろ手持ちのお金が危ういので、また賞金稼ぎか何かしなければいけなかった。ウィズダムに着いたからといって、すぐに魔法が復活するわけでもなし、錬金術があるわけでもなし。しばらくは人間のクズを追いかけて、生活費を稼ぐ必要があった。フォート・ヘイズやこの村が人狩りや人喰いに賞金をかけてくれれば話は簡単だが、どちらもそんな余裕があるとは思えない。カーディナル・タウンにいたころにきいた、大陸の真反対側にある都のことをアリソンは思い出していた。魔の都ケルベロス・デーンと呼ばれているその都に賞金首を追っていった二人組の賞金稼ぎの話だ。二人の名前はメリィとヴァン。名字はきかなかった。姉弟か遠い親戚のように見えたし、そうではないのかもしれなかった。確かメリィが二十三歳、ヴァンが一つ違いの二十二歳だと言っていた。賞金稼ぎ自体は十六のころから始めたらしいからだいたい六年目ということだ。そのころ二人の追っていたのは殺人犯で大陸横断鉄道の職員を撃ち殺して鉄道から賞金がかかっていた。その殺人犯がケルベロス・デーンへ逃げ込んだことをきいたメリィとヴァンは手持ちのリヴォルヴァーとライフルに弾を込めて、魔都へと足を踏み入れた。見つけたものは嫌なものばかりだった。汚れた泡が吹き出す舗道、犬とチーズと売春婦を使って行われた最悪の淫行、貧民街を襲う疫病と焼かれる死体の山、盗賊ギルドの抗争、常に空にかかっている汚らしい黄色い靄。〈蜜〉の吸いすぎで心も体も壊した人々。ただの酒ではなく盗んだ酒を飲みたがり、賭博でスった金額を吹聴し、ただ気に入らないという理由で人を殺す無頼漢たちの都だった。

「仕事上、行かなきゃいけない機会がこれからもあると思うけど」メリィがしぶしぶ言った。「でも、わたしはもう二度と行きたいとは思わないね」

 ケルベロス・デーンはひょっとすると、最果てにあったような都なのかもしれない。あのおぞましい奴隷市場を思い出すとアリソンはいまだに体が震えることがあった。

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