盗賊と戦利品
草原貿易の中継都市としてアレンフィールドは長年栄えてきた。その交易街道は時おり金に詰まった豪族や獰猛な人喰いによって妨げられることがあったが、それらの障害を取り除くための自警団を持っていたので、交易不振に陥るほどの被害をかぶることはほぼ皆無といってよかった。
城門の上の石造銃舎には一分間に四発の先込めライフルを撃てる熟練兵が四名ほど詰めていて、門をくぐるものを見張っていた。城壁もだらしない都にあるようなところどころ崩れているものではなく、きちんと石をある一定のルールに基づいて組んだ強固な防御壁だった。
門をくぐったところから始まる大通りには隊商宿が並び、その倉庫には大レダン砂漠の絨毯や更紗、〈百の塔〉山脈の鉱石が保管され、北部海岸に売り払う予定の奴隷は専門の宿屋の獄舎に似た建物に閉じ込められていた。その他にもオイル・サーディンややわらかい石鹸を商う行商人、南部の開拓民向けの銃を売りにいく武器屋が小さな旅籠に泊まっていた。
銃術師たちのような商用以外の目的で旅をしているものは市の南部のかなり騒々しい庶民街に宿を求めなければいけなかった。南へ旅して以来、パン屋に並ぶパンがもっちりした小麦の白パンからぱさぱさのコーン・ブレッドに変わりつつあった。肉屋は店先で大鍋を火にかけ、豚の血入りソーセージや肉団子を炒め、その匂いでもって客を捕らえようとしていた。挿絵入りの暦を売る本屋には石版画や装丁した本の四隅にはめる銀の金具も置いていて、二階では農業に関する技術書を筆耕たちが写し取っていた。
「アレンフィールドから下はもう交易圏から外れてる」彼らが泊まることになった宿屋の店主が言った。そこは宿屋の食堂で数組の旅行客がそれぞれのテーブルについて食事をしていた。「ここから南はもう大きな町がないんだ」
「それでも北部よりはマシだ」宿泊客の一人が口をはさんだ。
「そうかもしれん。だが、メイヤーガルドは田舎町だし、それよりも南部となると、もう開拓村しかないぞ。港もサウスファー・ポートしかないし」
「いや」山羊鬚の別の宿泊客が言った。「確かデ・ボア商会の交易所がある。アンバウ川の河口だ。まだやってるはずだ」
「この客人たちはそこまで行かない」店主が言った。「〈百の塔〉が尽きたところにある湖に用があるんだ」
「じゃあ、一番近い人里はストーナーズ開拓村だな」最初に口を挟んだ宿泊客が言った。「もっとも、あいつらがまだ生きていればの話だが」
携帯食糧を十日分持ってアレンフィールドを発って五日目に草原から森のなかへ、そして七日目にメイヤーガルドに到着した。城壁こそあれど、町としての規模はアレンフィールドの十分の一で、住民のほとんどは猟師か樵、森の木の実をつかった酒造業者くらいのものだった。その果実酒も外に売り出すというよりは町で使い切るためにつくられていた。
その夜、銃術師は宿屋の部屋でベッドに腰掛け、リヴォルヴァーの弾倉をまわしながら、二つの相反する予言を戦わせてみた。酔っ払いでホラ吹きの元銃術師カンバーランドと最果てで出合ったロバに乗った癒し手。カンバーランドはどうあがいても銃術師には悲劇的な最期が待ち受けていると言った。ロバに乗った癒し手は清らかな水と緑深き学び舎が銃術師の魂を救うと言った。これまで予言はカンバーランドのほうが優勢だった。それはこの〈王なき地〉においても変わらないような気がした。だが、この一年で自分に訪れた変化を見ていると、ひょっとすると、と思うこともあった。アリソン、ボリス。ともに若く、それぞれに未来を切り開こうとする意志がある。若さと意志は銃術師に欠けたものだ。銃術師は不安だった。自分が傷つく分には構わないが、若い彼らに災厄が降りかかることを恐れた。若さと意志が潰えていくのを彼は何度も見てきた。あるときは目を背けたくなるほど無惨だったし、あるときは途方もなく美しかった。それらはみな鳥もおしゃべりをやめるほどの哀しさに満ちていた。銃術師が一人で旅をしていた理由は人を信用できないことだと自分に思い込ませてきたが、実際は失うのが怖いのだ。
そのとき鐘の乱打が銃術師の思考を遮った。普通の町ではこれは襲撃を意味する。シャツにズボン姿の銃術師は銃を差したホルスターとベルトを体にかけて、ライフルとショットガンを取りに厩舎へ走った。アリソンも同じことを考えていたらしく、服は急いで身につけたのか前後が逆だった(もっともタートルネックなのでさして不便はないのだが)。小柄な少女は壁にひっかけた鞍の銃嚢からカービン銃を引き抜こうと背伸びをしていた。銃術師がそれを代わりに取ってやり、自分もライフルとショットガンを引っこ抜いた。ボリスはいつもの黒い外套と青く光る刃杖を手にしていた。
鐘はがんがん鳴り続けている。銃床が湾曲した長銃や剣、ピストルを手にした住民が次々と家から飛び出て、城壁へと上っていった。住民の動きは訓練された軍隊のようにキビキビしていた。こうした襲撃は初めてではないし、まれでもないのだろう。
銃術師が城壁の上の足場に上ったとき、盗賊たちが畑や垣根を踏み潰しながら、メイヤーガルドを囲う城壁へ取りつこうとしていた。守備隊は準備もいいもので、火のついたコールタールを外へ投げ捨て、盗賊たちが夜闇に紛れるのを防ごうとしていた。赤々と燃える炎に浮かび上がったのはこれまでの略奪品を身に帯びて着飾った様々な身なりの盗賊たちだった。メイヤーガルドの市長でさえ、盗賊団の見習い小僧よりも安っぽいものを身につけていた。大人の盗賊ともなれば、より派手になり、ルビーのはまった鉄兜にビロードの覆面、だんびらを腰に下げマスケット銃を担っていた。城壁を越えるための梯子を二人がかりで持っているものもいる。鉄の胸当てをしているものや上半身裸で黄金の首飾りをして二丁のリヴォルヴァーを持ったものもいた。
住民たちの長銃が火を吹いた。数人の盗賊が倒れて動かなくなった。銃術師はライフルとショットガンを胸壁に立てかけると、バーミンガム・リヴォルヴァーを抜いて、単発ピストルを十丁以上体に巻きつけた盗賊を撃った。銃術師の撃った弾は飾り帯に差したピストルの薬室に命中して、ボン!と大きな音を立てて、内臓を吹き飛ばした。次に撃った盗賊は筋肉質な上半身をむき出しにして両手にリヴォルヴァーを持った男だった。肩に弾が突き刺さり、コマのようにまわって倒れた。銃術師のすぐ右ではアリソンがカービン銃を操っていた。熟練の動作であっという間に再装填を終えた銃は五七七口径の弾丸を発射し、敵を一人ずつ確実に撃ち倒していた。
住民の一人が肩を撃たれて悲鳴を上げ、城壁から市内へ転がり落ちた。そこに梯子がかかり、盗賊たちが登ってきた。胸壁を越えた盗賊の左腕の生えたすぐ下に銃術師の放った弾丸がめり込み、心臓が破裂した。激しく血を吐きながら倒れるその背後からもう一人梯子を昇ってきた盗賊の顔を銃術師は撃ち抜いた。敵は最悪のパターンにはまり込んだ。胸壁を昇って顔を出すと、たちまち銃術師に撃たれてしまうのだ。
ボリスの守備位置でも盗賊が二人、城壁通路へ上がってきた。最初に上ってきた盗賊はたちまちボリスの刃杖の餌食となって鳩尾と胸を刺し貫かれ、鮮血を噴きながら倒れた。次の盗賊はボリスの頭を狙ってマスケット銃を薙ぐように振り回した。ボリスは身を沈めて相手の攻撃をかわし、低い位置から突きを放った。盗賊は光る杖の切っ先で喉を真下から貫かれて絶命した。
「城門を吹き飛ばすつもりだ!」
民兵隊の誰かが悲鳴を上げた。見ると、火薬入りの壷をつめた手押し車を押した二人の盗賊が目に飛び込んだ。分厚い鉄板を身につけた盗賊たちは守備隊の狙撃を跳ね返しながら門へと近づいていた。
銃術師はリヴォルヴァーをしまって、グレンワース・ライフルを手に取った。手押し車のそばで松明の炎がゆれていた。導火線に火をつけるために誰かが持ち歩いているのだろう。銃術師の狙い澄ました一発が松明の柄を撃ち抜き、火のついた松明は荷台の火薬壷の上に落ちた。まるで火山が噴火したような轟音と禍々しい限りの赤い光があたりを痺れさせた。爆発は鉄板を着込んだ盗賊の他に、そばを進んでいた盗賊を数人巻き添えにした。
盗賊たちが浮き足立った。彼らは死んだ仲間、あるいは死にかけた仲間からこれまでに略奪した装飾品の類を引っぺがして逃げようとしていた。銃術師はもう撃つのをやめていた。勝負はついた。盗賊たちのうち走ることのできるものは走って逃げた。何人かは運悪く追い討ちの一発を食らい、背骨が砕けた。メイヤーガルドの住人は門から飛び出すと、まだ息のある盗賊たちを剣と斧で滅多裂きにしていった。メイヤーガルドは決して富んだ町ではなかった。彼らはまず盗賊を身ぐるみ剥いでそれから殺した。銃術師のすぐ真下ではまだ少年の域を出ない若者が盗賊のしている金の指鐶を外そうとして、指ごと切り落としていた。
その様子にアリソンは目を背けた。こうしたものを見るのは初めてではないが、それでも背けずにはいられなかったのだろう。ボリスはあまり表情豊かではない顔を曇らせて、銃術師に告げた。
「王よ。民は病んでおります」
「どこもこんなもんだ」
「王の国の民はたとえ盗賊でも負傷したものを虐殺したりしないものです」
「そうか」
「ウィズダムへ急がねばなりません」
銃術師はうなずいたが、それはそうすればボリスが心安らかになると思ったからだった。銃術師はたとえウィズダムが実在していたとしても、そして、そこに辿り着いたとしても、その途端いっせいに武器という武器が捨てられ、奴隷の枷が外され、憎み合っていた人々が互いを許しあい抱擁するとは思っていなかった。




