人喰い
半マイル北を歩いている一団にアリソンは目を放さず、照準鏡付きのピケット・ライフルをその膝に置いていた。それは黒い粒のように見えた。
緩やかな起伏の緑野は牧歌的であり、木立から鳥がさえずりながら飛んでいくのを見ると、何も考えず草原で横になって涼しい風に意思をゆだねて眠ってみたい衝動に駆られたが、そうしたら最後、自分たちは人喰いの餌食になる。
銃術師一行がその不吉な集団に目をつけられたのはアレポリの港から〈風笛の草原〉に入って、一日過ぎたころからだった。人喰いたちのことは噂で耳に入っていたが、本物を見ることは初めてだった。〈最果て〉にも人喰いはいたが、〈王なき地〉の人喰いは少し違っていて、人の味を覚えると、どんどん化け物じみた容姿へと変貌するのだ。末期になると、もっと効率よく肉を食いちぎるために口が前へ出っ張っていき、歯が鋭くなり、手の指が固くなり骨と同化して鉤爪のようになる。人喰いは人喰いの肉を食らうことはない。人を喰った人間の味は彼らの舌に合わないのか、あるいは邪な意志が働いて、この人喰いたちがより多くの人間を食い殺せるよう人喰いたちを団結させるために本能を与えたのかもしれない。
真鍮の望遠鏡で見た限りでは、アリソンたちに目をつけた人喰い十三匹は一匹残らず、末期の状態だった。もはや人間としての思考は残っておらず、自分の子どもだって食べるほどに理性は失われている。あるいは自分の子どもを食べて、人喰いになったのか。
人喰いの不気味さに比べると人狩り隊が愛玩動物に思えてくる。昨晩は一マイル空けて追っていたのが、もう半マイルも距離をつめてきた。人喰いたちは銃術師、アリソン、そしてボリスを喰らうつもりでいる。草原の都アレンフィールドまではまだ二日ほど離れている。
「襲ってくるとしたら、今夜……」アリソンのつぶやいた言葉が風にさらわれていった。
銃術師はグレンワース・ライフルを取り出すと、馬から降りた。手綱をアリソンにまかせると、照星の小さな部品を半マイル用のものに取替え、照準装置を起こすと、風向きと強さ、相手の動く速度を頭に入れて、三つの調節ねじを慎重にまわした。調整が終わると膝撃ちの姿勢を取った。銃身先端の水準器が銃が水平に保たれていることを示す。ここぞというときに引き金を引いた。弾は半マイル離れた人喰いの首をとらえ、蹴り上げたボールのように牙むき出しの首が飛んでいった。
だが、人喰いたちは凝りもせず、アリソンたちにくっついている。
今度はアリソンがフレイの手綱を銃術師に渡して、照準鏡付きのピケット・ライフルで半マイル先の人喰いを狙った。引き金を絞ると、肩に衝撃を感じて、銃身が跳ね上がった。弾丸のほうはというと、半ヤードずれて、土に突き刺さった。アリソンは紙実包を噛み千切り、すぐに弾薬を再装填すると、半ヤードほど照準装置を調整して撃った。
今度は命中した。長く伸びた前腕をぐるんと振り回しながら、倒れた。すると、人喰いたちの姿がいっせいに消えた。土地の起伏を利用して姿を隠したと気づいたのは次の弾を装填した後だった。
「やつらを釘付けにできたと思う?」
アリソンがたずねたので、銃術師はリヴォルヴァーを抜いて、空に向かって撃った。そして、その音の跳ね返り具合に慎重に耳を澄ませた。銃術師は首をふった。
「あいつらは這ったまま動いている。こっちが思っているよりもはやくだ」
残りの人喰いは十一匹。運動能力では人を超えるし、銃は無理だが棍棒や斧を使うくらいの頭は残っている。
ボリスは嘆かわしげに首をふっていた。彼は地面から一フィートの高さで浮き、アリソンたちの横を飛びながら、このような魔物が出るようになったのも、魔法が枯渇したからだと言っていた。魔法王国の時代には人喰いなどは存在せず、また仮に現われても、厳重に処罰された。また、人を喰った人間が化け物に変貌するなど考えてもみなかった。
「王よ。王国の負った傷は甚大です」
「そうだな」
「一刻もはやくウィズダムに行かねば」
ウィズダム。それがアリソンと銃術師、そしてボリスが目指す目的地だった。〈王なき地〉の南部で〈百の塔〉山脈が終わった僻地の先にある小さな湖、そこにウィズダムがある。開拓村や交易所くらいしかなく、南岸には蛮族が住むといわれるその場所に魔法を甦らせ、王国に平和をもたらすための鍵となる都があるのだ。魔法王国の中心地にして魔法の源泉であるその地は常人にはただの湖しか見えないが、王にふさわしきものが現れた暁には再びその姿を見せるよう、惑わしの魔法がかけられている。というのも、ウィズダムにはその名の通り、大いなる知恵があり、そして、それを授けるための学び舎があったからだ。薬草園、古文書の書庫、古代文字が綴られた石碑、瞑想のための園亭、大きな講堂。多くの賢人がこの学院の都から生まれたのだ。
銃術師は南東の方向を向いて、気難しそうな顔をしていた。人喰いたちの動く速度は思ったよりもはやいし、ひょっとすると、人喰いたちは夜目が利くかもしれない。そうなると、夜中の襲撃は不利だ。
ちっ、と舌を鳴らして、ボリスとアリソンの注意を自分に向けると、北のほう――人喰いたちがいる方角を顎でしゃくった。
アリソンが手綱を引いてフレイを北に向かせて即座に拍車を利かせた。ゆっくり北上しながら、銃術師は飛び道具を使える自分たちの利点を最大限活かせる遮蔽物のない土地で決着をつけるつもりでいた。ボリスの青く光る杖はその先端が刃状になっているらしく、近接戦もできるようだ。ボリスは魔法が枯渇したため、通常の十分の一も魔法を使うことができないと言っているが、馬に乗らずに銃術師たちについていく浮遊の魔法が使えるのであれば、きっとそれなりに戦闘もこなせるかもしれない。
人喰いとの距離が三百ヤードまで縮まると、銃術師はタバコを噛み始め、鞍の銃嚢から雷管のはまったショットガンを引っこ抜いた。
彼岸の距離が二百ヤードになると、銃術師は丘の上で馬を止めた。アリソンとボリスもそれに従って足を止め、向かい合った丘を見た。四足で素早く動く人喰いたちがなだらかな丘を越えて、その坂を下っていた。アリソンはリヴィングストン・リヴォルヴァーを片手に持ち、手綱をしっかり握って、有効射程に敵が入るのを待っていた。
人喰いたちは丘を降りて、銃術師たちのいる場所まで上るときに上半身を起こして、二本の足で走り始めた。その両手の指はステーキナイフのような細かいギザギザ状になって伸びていた。
「ギ、ギ、ギ」
「グァ、グァ、グァ」
人喰いたちの声が聞こえてきた、言葉も忘れて、ただ人肉を喰らうことだけを考えるケダモノたちは五十ヤードの距離まで詰めていた。アリソンが先頭を走る女の人喰いを撃った。弾は肩に当たり、骨を砕きつつ方向を変えて、背中から飛び出た。叫び声を上げて坂を転がり落ちていく仲間を一顧だにせず、人喰いたちは坂を上ってきた。アリソンはもう一匹の人喰いを撃った。弾は脛を砕いたが、手で這いつくばって登ってくる。
銃術師のほうはボリスを横に連れて、アリソンよりも前に出た。ショットガンは右手で持たれて銃口を上に向けて、銃床は腰に押し付けていた。二匹の剥げ頭の人喰いが我慢できずに飛び上がると、銃術師は素早くショットガンを肩ためで構え、引き金を引いた。八番径の大粒な散弾が空中の人喰いを捉えて、穴だらけにした。二匹が丘を転がり落ちるころには二発目の散弾が四足で這いつくばっていた女の人喰いの頭を吹き飛ばした。
ボリスは杖の刃をバックハンドでふるって、人喰いの肩にしたたかな斬撃を送り込んだ。人喰いが倒れると、後ろの人喰いに向かって杖を振って、光の矢を浴びせた。それを食らった人喰いが襲いかかる直前の姿勢のまま動きを止めると、ボリスの杖がその眉間を貫いた。銃弾と光の矢が降り注ぎ、一分後には人喰いはみな自分の血の海に倒れ伏していた。




