表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある銃術師の建国記  作者: 実茂 譲
2.王なき地
22/39

銃術師、機嫌を取る

〈まどろみの海〉はその入口を南北二つの半島に挟まれている。それは顎のようなものだった。下顎にあたる半島は大レダン砂漠と呼ばれ、上顎にあたる半島は小レダン砂漠と呼ばれていた。

 少女は銃術師とともに〈まどろみの海〉を三日間航海した先にある大レダン砂漠の港クロス・グレスへ向かっていた。銃術師が流浪の男たちを相手に自分の過去を話して以来、少女は銃術師と二言、三言くらいしか言葉を交わしていなかった。少女は不満だった。一年一緒に旅をしている自分には過去を語らないのに、たった一晩、食事をともにした男たちにはあんなに詳しく過去のことを語るとはどういうことだろう? 男みたいに噛みタバコを噛まなければ、話し相手にはなれないということだろうか?

 宝探しに行こう、と銃術師が言い出したのは、そんなときだった。銃術師は無口だが、もともと人の機微には敏感な男だった。少女に過去の話をしなかったのは、それがろくでもないことばかりで、そんな話をきいてもらいたくなかったからだった。だが、少女は今、自分が軽んじられたと思っていたので、そうではないということを示す必要があった。それが宝探しだった。子どもの機嫌を取るにはどうしたらいいか考え、自分が子どもだったころ、宝探しごっこに夢中になったことを思い出したのだ。

 大レダン砂漠の古の廃都があるという話は有名な話で、多くの冒険家や山師を引きつけてきた。その都の名は忘れ去られていて、ただアンノウンと呼ばれていた。金になりそうな石像や宝石はほとんど盗掘されていたが、銃術師がしたいのは宝探しの途上のわくわくした道のりを少女に与えることだった。

 クロス・グレスでは砂漠の陽光を浴びた波頭がエメラルドのように透き通っていて、白い石の桟橋からは海の底を蠢く蟹の姿が見えた。少女はフレイの手綱を引きながら港と市街地を分ける門をくぐった。南向きの半円形の広場では五つのアーケードが口を開けていて、金物がぶつかる音や家禽の鳴き声が聞こえた。少女は薬草バザールのあるアーケードへ進んだ。砂漠に生える薬草は命の象徴とされ、高い値段で取引されていた。一部の投機家を別にすれば、このバザールに用があるのは医術関係者か家族に重病人をかかえる哀れな村人だった。バザールは薬草院につながっていて、水が流れる涼しい石造りの講堂で一休みすることができた。風通しのいい屋上につくられた実験室では口の長いフラスコや試験管、泉亭から引いた水を利用した蒸留塔などがあり、学者たちは実験用の炉を相手に機関士のように汗を流しながら、貴重な薬草のエキスを生アルコールで抽出しようとしていた。薬草院の中庭から屋根のない街路へ出ると、椎の実型の帽子をかぶった兵士たちが道の日陰に並んで、査閲を受けていた。黒い羊が数十頭の群れで現われて、横町へ消えていった。またアーケードに入ったが、そこはバザールではなく、歴史が飾られていた。王がいたころのこの地をモザイク画にしたもので、水が流れ、小麦はすくすく育ち、家畜は子をたくさん産み、仕込んだ酒は飛び切りうまく、誰もが幸福に満ち溢れているようだった。もちろん人に憎悪を抱くことはあっただろうが、しかしすぐに後悔と以前にも増した愛情によって稠密な関係を築き上げることができた。奴隷など存在しなかった。なぜなら奴隷がする仕事は全て魔法によってなされたからだ。

 少女は魔法が復活した世界で銃術師にどんな生活が待っているのか考えてみることにした。ひょっとすると、雲を撃てば雨を降らしたりできるようになるかもしれない。そうなれば、銃術師は恐れられるものから慕われるものになるだろう。世の中の矛盾や不条理は賢者と呼ばれる白い鬚の物分りのよい老人たちによって、みな解決され、心安らかに暮らせるのだ。

 銃術師は馬の尻に、少女はフレイの尻に豚の皮をまるごと使った水筒を乗せて、クロス・グレスを後にした。だが、砂漠には幅三十ヤードの立派な舗道が敷かれていて、用心深い人々の手によって発見されたオアシスを経由するように蛇行していた。だから、小さな水筒ですら持ち歩かなくても、目指すアンノウンまで行けるようになっていた。少女は暑いと思いながら、クロス・グレスで買ったつばの広い帽子をかぶっていた。銃術師はいつもと変わらず外套を着ていたが、汗一つかいていないようにのんびり馬を進めていた。砂漠では毛むくじゃらのイーグルクロウのかわりに鰐のように頑丈な顎をもった駝鳥が使われていた。何十頭という駝鳥が荷車を引いてすれ違っていくのをフレイは興味津々に見つめていた。

 太陽が西へ傾くと、砂が山吹色に染まり、道を行く人々の影が東の果てまで長々と横たわった。蜃気楼のせいか西へ沈む太陽は地平線の上で壷のくびれのように変形した。ちょうど一滴の水が滴り落ちるのを逆にしたようなもので、太陽は半分も沈むと地平線へべたっと広がり、より強烈な光を放った。まるで太陽が本当に地面に激突し、全てが炎に包まれるかのように激しい光は五つ数えるあいだに、また元の切なげな山吹色に戻っていった。そして、太陽が没し、西の空に浮かぶ雲のわずかな残照が色褪めて、夜が訪れると、だいぶ涼しくなった。少女は自分たちの旅の計画に不備があったことを認めなければいけなかった。昼間のうちは旅籠で寝て、涼しくなった夜のうちに距離を稼ぐべきだったのだ。だが、あんなに明るい砂漠の昼間では目隠しをしても眠れるとは思わなかったし、だいたい暑くて眠れない。結局、どこにいても人間は夜に眠るべき生き物なのだという結論に達したときにはオアシスの近くの宿屋にいた。

 左右を椰子林に挟まれた敷地に丸い卵のような土小屋がいくつもあり、一人一つの小屋で寝泊りをしていた。少女は厩舎にフレイを預け、羊の焼き肉を乗せた平べったいパンと蜜をといた水差しを手に自分の小屋へ戻った。灯し壷の明かりのなかで食事を終えると肌着一枚で外に出て、泉の水へ泳ぎに出た。

 水は冷たく心地良く、潜ってみると一切の音が篭るように消え、月の光で白んだ別世界が広がっていた。倒れた椰子の下につくった産卵床を守る小型のナマズ、芽吹いた水草のあいだを這う透明なスジエビ、水面を通して踊る月の光の模様。全てが魔法にかけられたようだった。少女は銃術師にいだいていた不満をすっかり忘れて、夢中になって泳いだ。銀の泡を吐きながら、水面から顔を出すと、今度は砂が砂丘を転がる音が聞こえた。大昔に失われた楽器がその鳴り方を思い出そうとするような、もどかしさと期待を込めたその音は、何度も重なるように鳴り続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ