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ある銃術師の建国記  作者: 実茂 譲
2.王なき地
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小さな放浪

 私掠許可証を渡して報酬をもらうと、少女は銃術師とともに北西へ伸びる黄金街道を旅した。石磨きの川では浅瀬を探して渡り、二日も進むと、大陸横断鉄道の通過駅であるサウス・キャバルリに着いた。〈百の塔〉山脈のトロッコ線を除けば、〈王なき地〉で唯一の鉄道であり、西はポート・クラウンから東はドレイク・タウンまで鉄の複線が大陸を貫いていた。機関車は非常に強力なもので、運行する列車は最低でも二百輌からだった。大陸横断鉄道は一時間に一本やってきて、人と物を積んで走り去っていく。これを利用できるのはほんの一握りの人間であり、サウス・キャバルリの豪商や貴族以外には鉄道は見物するものに過ぎなかった。

 銃術師の故郷はかなり鉄道が普及していた。戦争が始まると、兵隊を輸送するためにもっと鉄道が必要になり、鉄の道が川や森をズタズタに切り裂いてしまった。両軍は相手の線路を引っぺがしては、また敷設し直すという不毛な作業に没頭したものだった。

 銃術師がサウス・キャバルリにやってきたのは別に理由があってのことではなかった。金銭的に余裕があったので、そのあいだにこの新しい大陸のあちこちを見ておこうと思ったのだ。銃術師はそう呼ばれるようになってから、何の目的も持たずに放浪を繰り返していた。最初は戦争と妻の裏切りを忘れるべく、放浪に没頭したが、何十年も経つとどうでもよくなり、ただ放浪した。いい目を見ることもあれば、銃弾が飛び交い死にかけることもあった。

 ただ、放浪も一人でやるよりは二人のほうがいい。銃術師はそう思っていた。

 それを伝えられると、少女は嬉しくなった。少女は銃術師を自分の師として慕っていたのに対して、銃術師のほうは相棒だと思っていたからだ。

 だが、少女が自分を慕ってくれていると知ると、銃術師の胸が痛んだ。銃術師の行く末はどうあがいても、不幸な結末が待っているとあの酔っ払いカンバーランドは言っていた。銃術師は旅のなかで他の銃術師について話をきいたことがあるが、みなろくな最期を迎えられなかった。自分がそうした最期を迎えることは仕方がないとしても、この少女をそれに巻き込むのはひどいことだと分かっていた。だが、銃術師は意図して人を突き放す方法を知らなかった。彼はただ黙り込むことくらいしかできないのだ。

 サウス・キャバルリの門をくぐると、遠くに陽光きらめく巨大な丸屋根と柱廊、塔の数々が見えた。それは宮殿のような鉄道駅であり、それが都の中心にあり、駅の南北にある半円形の広場から放射状に大通りが走っていた。宮殿には離宮があった。黒煙を吐く黄金の塔が何本も建てられたその建物は大きな地響きをたてて動き出した。それで少女と銃術師はそれが巨大な蒸気機関車であることを知ったのだ。遠くから見ると、それは金で出来ているように見えたが、事実、金で出来ていた。一番小さな車輪でも銃術師の身長よりも大きい直径で、ピストンやスポークは貝の真珠層を埋め込んだ装飾が施されていた。機関室は三階建ての機関館といったほうが近く、この巨大な機関車へ石炭を流し込むために十二時間交代で三十人の火夫が機関長の命令で動いていた。客車も貨物室もそれ自体が宮殿のように美麗な建物で高さは四階を下ることはなかった。この車輌を少なくとも二百は曳くのだが、その線路の幅はちょっとした町の大通りくらいはあるだろう。その鉄道を守るために立派な鬚を生やし金メッキの筒帽から日除け布を垂らし赤い羽根を立てた鉄道守備隊の隊員たちがいる。彼らは士官に率いられていた。士官はまだら色の飾り紐と大きな二角帽、ボタンのついた青い燕尾風の半外套に赤い胴衣でサーベルと号令用のラッパを吊るしていた。

 だが、関係ないことだ。少女はそう思った。フレイにまたがり、リヴィングストン・リヴォルヴァーと百発百中のピケット・ライフル。それに鞍の上で取り回しやすい五七七口径のカービン銃があれば、敵なしだ。

 少女と銃術師は鉄道駅前広場が吐き出した大通りのうちの南東に走る一本を進んでいた。忙しい都にありがちなことで住民はいつも何かの不足を感じていた。料理屋を出たばかりの客はパンの不足を感じ、両替商は小額銀貨の不足を感じ、守備隊は撃ち殺してもいい馬鹿者の不足を感じていた。人々はその不足を埋めるべく行動に出るのだが、その行動もちぐはぐで、苔を商ったり、誰もが知っている民謡を戯曲に書き換えたり、町外れの丘に立って線路の上を走る機関車の煤煙が空気を混ざり合い薄くなっていく様子を観察したりと実のある行動をとることができなかった。

 少女と銃術師は小さな料理屋で休息した。そこの隣には取引所があり、専用の窓から伝書鳩が引っ切り無しに飛び込んだり、飛び立ったりしていた。相場の情報を足に結びつけられた鳩が飛び込むたびに取引所から売る声と買う声が沸き上がった。取引所のなかは自分は知らず知らずのうちに損をしているのではないかと強迫観念に駆られた商人たちでいっぱいだった。彼らはちょうど農夫が太陽の動きに合わせて生きているように、染料や材木の相場に合わせて生きていた。彼らのうち何人かは気が触れて、精神病院に閉じ込められた。精神病院の窓からは鳩はまだかと声が聞こえ、それがまるで切ない恋文か雷に照らされた崖の巣の雛のように人々に印象を残すのだった。

 少女と銃術師はカーディナル・タウンの旧魔法使い街で買った地図を見て、ノース・キャバルリには行かず、一度南方へ引き返すことにした。ノース・キャバルリはサウス・キャバルリの姉妹都市であり、五つの街道の交差地点にあった。だが、二年前からログス侯の支配下に置かれていた。地元の軍閥をやたらめったら敵にまわすのは賢いやり方ではないし、益があるとも思えない。とは言え、ただ引き返すのでは芸がないのでサウス・キャバルリの東門から出て、石磨きの川を上り、一週間ほど内陸へ進むことにした。

 サウス・キャバルリの東門と今いる南東方向の大通りのあいだには貧民街があり、土地全体が窪んでいた。道の幅もだんだん細くなり、低地に着くころには左右の建物の屋根裏部屋の庇がぶつかって、通りには髪の毛一本くらいの幅の光しか落ちてこなくなった。少女はフレイを操りながら、足元を走りすぎる子どもたちを踏みつけないように注意しなければならなかった。発酵酒を入れた蓋付き桶を天秤棒にふって歩いている男が動物で乗り入れてきた少女と銃術師に文句を言った。

「てめえら、何考えてやがる! 貴族さまのつもりか? こんな狭ぇ道に駄獣を連れ込みやがって。失せやがれぃ!」

 大通りの人間が何かの不足を常に感じているとすれば、この狭い道に住む人々は全ての不足を感じていた。金がなく、食べ物がなく、酒がなく、家がないのだ。だから、住民は殺気だっていた。そんな人々の空腹を癒すべく天井の低いスープ窟が大きな間口を開けていた。なかでは汚れた前掛けをした調理人たちが燃える薪の上にブリキの箱を置き、市場で売れ残った屑肉や臓物、骨の欠片、市内を流れる川から仕掛け網で漁った雑魚をぶち込み、塩を一つかみ入れて、煮立てていた。どれもこれも吐き気をもよおす臭いをさせていたが、スープ鍋のまわりにはスープ屋に銅貨三枚を払って木の器を手にした老若男女がスープの出来上がりを待っていた。

「おい、くそじじい! 列に割り込むんじゃねえ!」

「な、な、何を、こ、こ、このガキ!」

「ちょっと! 押すんじゃないよ!」

「るせえ、でぶっ!」

「ぎゃあぎゃあうるせえぞ! てめえら、全員外にほっぽり出されてえのか、あ?」

こんなやり取りを間近で見ていると、少女はまるで閉じ込められたような窒息感に襲われ、はやくここから脱け出したくなった。だが、道は下っていく一方で道はずっと狭いままで、とうとう洞窟のような裏通りを通ることになった。半地下の扉が開くたびにきつい臭いのする煙がぶわりと出てきて、少女の息をつまらせた。扉の奥は木賃宿で高さ二フィートの空間に宿無したちが横になっていて、一つの棚に五人の客が寝ていた。それはまるで死体置き場のような外見をしていて、実際、死が間近に迫っていることを予兆させる危険な咳をしている男がいた。もうこれ以上は進めないと思ったところから道が幅広くなり始めた。光が差し込み、屋台が通りを縁取り、荷車が行きかうようになった。東門へ伸びる大通りへ出た瞬間はホッとした。

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