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ある銃術師の建国記  作者: 実茂 譲
2.王なき地
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甘いけど時代遅れの唄

 少女が銃術師に連れられて出て行くと、また旅籠に戻っていった。そのころには太陽は今日一つの嵐を生み出した西の海へと沈んでいる最中であった。雲と建物と全ての生き物を薔薇色に染めるその強い光はまるで海中に没した後も人々の心に残り続けるほど美しかった。そんな美しい太陽にめぐまれながらも、肝心の町と人間が薄汚いときていてはきっと神さまも呆れ果てるに違いないと神官たちは思いながら、信者たちに貸し付けた神殿の金の利子を一枚一枚数えているのだった。だが、この〈王なき地〉にはまだ、この美しい夕日を一日の仕事の終わりの合図として受け取り、一日健やかに過ごせたことを喜ぶ農夫がいた。彼らの住む場所には時計や時刻を告げる号砲、鐘付きの塔がなかった。だから、彼らは世界で最も価値のある二つの時計、太陽と月を用いていて、時を計るのだった。

 旅籠に戻ると、雨宿りに来たものたちは掃けていて、残っているのは二人の少年グレンとシャルルだけだった。彼らはここから北西へ三百マイル離れた草原の都市ルコルデルトの出身で、陸路ではログス侯の領土を通らなければならないため、南へ進んでランドリューの港から海路でカーディナル・タウンへやってきた。彼らが求めるのは冒険と新たな唄だった。シャルルは古代文字が少し読めたので、遺跡らしい場所を見つければ、それを読み、古代の唄について知ろうとしていた。古代の唄には伝説の存在となった竜を操る唄や樹木と語らうための唄があった。この気ままな美少年の人生の目的は少しでも多くの唄を知り、そして女の子にちやほやされることにあった。一方、グレンはといえば、剣の道一本で男一匹どこまでやれるかを突き詰めるために冒険に出た。彼の戦術では銃を持った相手には距離を開けるのではなく、むしろ突っ込んでいくほうがいい、そうすると、たいてい弾は頭一つ分だけ上を通り過ぎていくからというものだった。

 銃術師は先に休むといい、部屋に帰ろうとした。少女も付いていこうとしたが、ここにもう少しいるといい、と言って、一人で部屋に戻っていった。銃術師も銃術師なりに少女がもう少し同年代の少年や少女と話したり、遊んだりしたほうがいいと思っていたのだ。

 少女がテラスに出ると、果実酒を少し飲んで上機嫌のシャルルが一つ唄をやっていた。


 恥ずかしがり屋のたまご姫

 殻を破って砂糖でおめかし

 きれいなボールの舞踏場で

 へらの先生に輪舞を習おう

 ぼってりするまで輪舞を踊れば

 素敵なお姫様の出来上がり


 姫の美しさが伝わって

 クリーム王子がやってきた

 王子は姫に一目ぼれ

 今宵 小麦粉の雪が降り

 クリーム王子とたまご姫は

 混ざり合うまで輪舞を踊る


 王子と姫の国づくり

 大きな窯の宮殿を松の薪で温めて

 ケーキ王国の出来上がり

 末永くおいしい二人の国

 こんがりキツネ色の野の上を

 ほんのり甘い風が吹く


 童話めいた歌詞と楽しげなメロディをきいていると、ほんのり甘いケーキの味が少女の口のなかに広がった。

「ぼくの唄は魔法の唄なのさ」銃術師を呼びこんだ昼の唄や今唄われた〈生クリーム風ケーキの唄〉に驚いている少女にシャルルが得意になって説明した。「唄い師の規律っていうのがあってそれを守って音楽を奏でれば、ちょっとしたおまじないができるんだ」

「それは物事が普通の人よりもゆっくり見えたり、銃を空に撃つだけでまわりの地形が分かったりするのと同じ?」

 少女がたずねると、シャルルは、たぶん同じだよ、と答えた。

「〈王なき地〉は唄やまじないのような小さな魔法はまだ生きているけれど、大きな魔法は全部途絶えてしまったんだ。でも、今でこそ、この大陸は〈王なき地〉なんて呼ばれてるけど、王がいたころはどの大陸よりも魔法が使われていて、みんな幸せに暮らしていたんだって」

「っつっても、何百年も前の話だけどな」グレンが言った。「鉄道が敷かれて、汽船が走って、腕木信号塔で三百マイル離れた場所の人間と言葉のやり取りができる世の中に誰が好き好んで、魔法を覚えるか。時代遅れってわけさ」

「むっ、そうはいうけど、きみの剣だって、時代遅れじゃないか」

「そうかもしれねえ。でも、そうじゃねえってことを証明してみてえとも思う」

 少女は自分の部屋でベッドに横になりながら、シャルルの言ったことを考えてみた。自分の生まれた〈最果て〉では何もかもが死に絶えていて、ここもそのうちあの呪われた土地のようになっていくのかもしれない。でも、銃術師について世界を放浪する少女にできることは何もない。世界はログス侯やあの代言人のような人々のものであり、名もなき人々はその下で粘土のように何も感じずに生きていくしかないのだ。だからこそ、夕景が美しく感じられる。もし、人間の世界が美しければ、誰も夕暮れの雲の淡い色の変化や紫を帯びた空の色の褪める動きに感嘆などしない。自分の手には届かないものがそこにあると思えるからこそ、それは美しく思えるのだ。少女はたぶん、魔法も同じなのだと思っていた。それが甦るとき、〈王なき地〉に王が生まれ、大陸がかつての幸福と繁栄を取り戻すという話は実現の可能性がないから、人を惹きつけてしまうのだ。

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