表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある銃術師の建国記  作者: 実茂 譲
2.王なき地
14/39

カーディナル・タウン

 カーディナル・タウンはその名のとおり、紅の漆喰に塗られた賑やかな港町だった。〈まどろみの海〉が送り込む船は軍艦も釣り舟もみなその波止場へ吸い込まれ、荷と客を降ろし、ひとときの休息を味わう。水夫はひさびさの陸で食べ、飲み、夜の女を買うことを考えてにやにやしながら、欠けた前歯を舌で触っていた。船客たちはタラップを歩いて、桟橋に降りて、親族や友人との数年ぶりの再会を祝い、互いの身を抱きしめていた。抱きしめてくれる人がいないものたち船の揺れを引きずってよろめきながら、布を張り渡した市街地のほうへと消えていった。

 家畜部屋から専用の大きなタラップで桟橋へと降りた少女と銃術師は内陸へと雛壇状に上がっていく都を見た。カーディナル・タウンは海へと落ち込む斜面の上に作られた都で、そのまま海に滑り落ちることがないよう、海洋貿易がもたらす巨万の富が都を支えていた。少女は都を眺める銃術師を見た。その視線はいくつも並んだ赤い建物の最上階に刺さっていた。屋根と最上階は崩れていて、修理はされず、おそらく数十年ほど前からそのままにしているのだろう、崩れた屋根から立派な実をつける緑樹が生えていた。これが都全体に広がっている。遠くに見える古代の導水橋の上は水が流れるかわりに民家が立ち並び、住人と思しき男が一人、橋の縁に立って、人の迷惑かえりみず九十フィートの高さから小便をまきちらした。

 十分ほど都を睨んで銃術師が得た結論は導水橋のそばに近寄るのはやめておく、というものだった。

 少女はフレイの手綱を引いて歩きながら、タートルネックになっている襟を上に伸ばして、目から下の顔の下半分を隠した。銃術師は相変わらずの灰色の鬚をそのままにしていて、大きな背を左右にゆらゆら揺らしながら、馬の歩くリズムに合わせて歩いていた。

 銃術師はこのあたりの出身でないせいか覆面やマスクの類をすることはなかった。砂嵐にあったときでさえ、顔や目を覆うための工夫をせず、平然としていた。銃術師がこぼした数少ない貴重な言葉をつなげて分かったことでは、このあたりの土地の覆面文化がさっぱり理解できない、自分の故郷では覆面で顔を隠すのは強盗だけだ、ということだった。銃術師はいろいろなことに一線を引いていたが、人を撃つときは堂々と顔を見せるというのもその一線に含まれていた。

 ガラス師や錫細工師が店を開いている職人街の石段を上ると、突然、四角く開けた場所に出た。そこは練兵場で重騎兵隊が黒のイーグルクロウにまたがって、横隊、縦隊、楔形と隊形を変えたり、二手に分かれたりしていた。重騎兵たちは鞍の銃嚢に五連発のリヴォルヴィング・ライフルと二連式ショットガンを入れていた。鞘の先が地面にあたるほど大きな両刃剣を下げ、リヴォルヴァーを三丁、腰と肩にかけたベルトに差して持ち歩いていた。鎧と装備と人と鞍を全部あわせて、三百ポンドを越えそうな重さだったが、イーグルクロウたちはこうなったのも前世の報いと諦めにも似た空しさで毛むくじゃらの体を震わせた。

 人買いは町の北側で商売をしていた。船で海を渡ったからといって、奴隷商売がなくなるわけではないのだ。奴隷たちは人狩りに目をつけられた不運な旅人だったり、戦争捕虜だったり、実の親に売られたりと様々なやり方で集められていた。鉄騎隊員を乗せたイーグルクロウのほうがまだマシに思える運命が奴隷たちに待ち受けていたが、彼らはイーグルクロウと違って、人生を諦めることができず、ただ恐怖に戦慄いて、涙を落としていた。

 少女はこの不快な商売が消滅する日はいつくるのだろうと思っていた。先進的な技術である鉄道や工場がある一方でひどく原始的な方法の労働を奴隷に課すことで世界の釣り合いがとれているということはひどく恐ろしいことだった。それを糺そうとするものはいないし、そんなことができるほど人間は精緻につくられてはいないのもまた事実だった。風が草原を撫でると草がさざ波を打つのと全く同じ道理で人が人を売るのは、未来永劫なくなることがない不条理なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ