銃は多いに越したことはない。
銃術師はもう長いこと世界を彷徨っていた。彼はもう自分が生まれ、暮らした国の名前を覚えてはいない。だが、確かに彼はある国の民であり、土を耕して暮らしていたことがあった。そのときは、身重の妻がある身だった。彼の国がよその国と戦争をし――彼の祖国はいつだって戦争をしていた――、彼は徴兵された。六年間戦い、戦場で銃弾を首に食らって死にかけた。首の半分が吹き飛んだので仲間の兵士はもう彼は死んだものと思って、ろくに手当てもしなかったが、どういうわけか生き延びてしまった。
だが、我が家へ帰り着くと、いっそ死んでいればよかったと思うハメになった。彼の美貌の妻は彼を裏切って、地主の息子と一緒になってしまったのだ。そして、崩れかけた家の裏には愛娘の墓があった。娘は生まれて七ヵ月後に流行り病で死んでしまった。
彼の家は彼のものでなくなり、彼の畑や家畜は彼のものでなくなり、彼の家族は彼のものでなくなった。彼自身が彼のものでなくなっていた。というのも、祖国は首を負傷してほったらかした彼が生き返り、自分の家まで帰りついたと知るや、彼を脱走の罪で起訴し、守備隊刑務所に放り込もうとしていたのだ。
そして、それ以来、彼は彷徨っている。戦争と家族と国が彼を叩き潰して以来、彼は人間にまつわることは何でも信じることをやめるようになった。神官の言葉や天使の石像はもう彼の心を満たさず、時の為政者から金貨袋をもらってその施政を褒め称える桂冠詩人を彼は無視し、戦争に行くことや国家のために兵士になることが最高に男らしいのだと主張する厄介な連中を用心深く避けた。本当はとても人の気持ちに敏感で思いやりのある人物だったが、今や彼が人間の世界の事物事象において信じたのは雷管をはめた八角形長銃身のリヴォルヴァーと、先込め式だが特製折り畳み式照準装置と銃口の上に取り付けた水準器のおかげで素晴らしい命中率を誇るグレンワース・ライフル、それに銃身を切りつめた二連式ショットガンだった。銃だけを信じるようになると、彼はいつしか〈銃術師〉と呼ばれるようになった。銃使いやガンマンよりも一つ上の次元にいるものをそう呼ぶのだと、草原の酒場でテーブルが一緒になった酔っ払いが言っていた。カンバーランドという名の、その酔っ払いはホラ吹きで有名だったが、粗悪な密造酒を飲んで失明するまでは名うての銃術師だったと本人は言っていた。銃術師で寿命を幸福のうちに全うできたものはいないし、家族を持てたものはいないし、銃術師がどこかへ行けば必ず揉め事が起こるから、みな銃術師を恐れる。カンバーランドはそう言っていた。みなはこのくたびれた老人をホラ吹きと蔑んでいたが、こうして何年も銃術師として世界を彷徨っていると、確かにカンバーランドの言うとおりだった。
銃術師であるということは行く先々で警吏なり兵隊なりの目を引いたし、その場所の支配者は自分の権力を人差指一本で終わりにできる男の存在を決して歓迎はしない。背中から撃たれるか、疫病でのたれ死ぬか知らないが、この長い道のりの果てによい最期が待っている気はしなかった。
生き物をいじめ殺す太陽のせいで、その荒野には膝丈以上の高さを持つ草は生えそうになかった。ヒエやアワの類が何とか実をつけているが、黄ばんでいて今にも枯れ落ちてしまいそうな頼りなさ。だが、こんな荒野にも人が住んでいた跡が残っていた。屋根のなくなった漆喰の百姓家がかたまっていたし、もうその名も教義も忘れ去られた古代寺院の巡礼路らしいものが地面に石畳の形で残っている。ここに人間が住もうと思ったのは何千年も前から繰り返されていたが、必ず失敗に終わる。ここには太陽から人間をかばう木陰はおろか、雲一つだって人殺しの太陽を遮ってはくれない。時おり、池があるが、どれも濁って、錆が浮いていた。あの水を飲むと、一週間は下痢で苦しむことを銃術師は経験から知っていた。
それにしても、どこまでも飽きることなく広がる荒野だ。銃術師は鞍の上でうんざりして、なだらかな起伏をうねるように切って渡る古の巡礼街道を見た。熱い靄でゆれる空気越しに見える丘のてっぺんは今にも噴出しそうなヤカンの蓋のようで、大昔の豪族を葬ったらしい古墳が蒸し暑さに参って埋葬者が地面から飛び出してきそうな天気だった。白茶けたヨロイ草と錆の浮いた水溜まりしかないこの荒野を銃術師は三十個のトウモロコシパンと豚一頭分の皮でつくった大きな水袋、それに塩漬けの豚肉で越えようとしている。この荒野は人が住めたものではないが、それでもきちんと道が存在する限り、どこかの都に通じているに違いない。せいぜいあと一夜か二夜、野宿すれば、少しはましな場所へ辿り着けるだろう。食料は十分過ぎるほどあるが、パサパサのトウモロコシパンと塩漬けの豚肉はひどく喉が渇く。だから、水は多めに持っていこうと思って、前の町で――油断していると雑草の群れに飲み込まれそうな小さな町だった――、肉屋を探して、豚の皮を一頭分買ったのだ。水はたっぷり入っていて、豚の形になってピンと膨らんでいた。その豚の皮袋を鞍の後ろに縛りつけてある。
その他にもいろいろなものが雑嚢につまっている。替えのブリキ雷管とキャップ付き火薬入れ、毛布が二枚、鉈、灰がざらざらする石鹸、ちびた蝋燭と四角いガラスのランタン、フライパンと鍋、黄燐マッチが箱いっぱい、ブリキのカップとブリキのフォークとブリキのスプーン、とうもろこしシロップにつけてねじったタバコの葉が一袋、それにどこかで拾った古新聞だが、これは焚火の際に使う。替えの下着とシャツはあちこちツギハギだらけになっていた。そして、金を入れた革袋のなかにはこの世界のあちこちで生きているうちに集まった小銭たち――すり減ったものや六角形のものなど雑多な銅貨を除いて、とくに使うのが、ジュリアン銀貨二十八枚、サパタ銀貨二十一枚、ごくたまに使うのがクライン王国金貨十枚、エステル金貨が十二枚、そして一番価値のある大ブランシェ王の魔法星金貨が一枚、『大改鋳』以前の聖騎士帝国金貨が一枚。この二枚があれば、千人の兵士に銃と軍服と百万歩歩いたって壊れない頑丈な靴を買ってやれる。
これが銃術師の全財産であり、その財産を守るためのものとしては、四四口径の雷管式バーミンガム・リヴォルヴァー七丁、千六百ヤード離れた場所においた卵にも命中させることのできる四五一口径グレンワース・ライフルが一丁――穴のあいたコインのような金具を通して撃ちたいものを覗く照準装置がついていた――、そして、銃身を切った二連式ショットガン一丁。それに鞘入りの大きなナイフが一本とブーツに錐のような短剣を一本差している。
バーミンガム・リヴォルヴァーは六連発だが、再装填に五分はかかるので、予備を持てるだけ持つことにしている。腰に二丁、ショルダーホルスターに二丁、ダスターコートのポケットに二丁、最後に背中に一丁。体が重いが、じゃあ体が軽いと生きるのが楽しくなるか、と問われると、いや、と答えるしかない。なら、体が重くてもいいじゃないか。少なくともお前の財産を狙う馬鹿野郎を好きなだけ撃ち殺すことができる。一人に六発ぶち込んでもお釣りがくるくらいだ。