45話 アジト⑩お風呂を作ろう
まず場所を決める。
アジトの隣の建物にした。外回りの壁だけは存在しているが、中は天井が落ち瓦礫を撤去すればその空間を丸ごと使えそうだったからだ。10人ぐらいがゆったり浸かれる湯船スペース、体を洗ったりする洗い場、着替えをする脱衣所も取れる。
わたしは枝を拾って、簡単な設計図を描く。
描きながら主にふたりに説明する。
「ここを出入り口にして、ここが着替えるところ。こっちが体洗ったりするところで、ここからお湯が出るようにして、こっちが湯船。で、どう?」
「こっちが湯船の方が良くないか?」
「なんで?」
「湯船にもお湯を入れるだろ。そうすると、こっちから水を通して、排水溝の流れにした方が複雑じゃない」
なるほど。
「そうだね、そっちがいいね。で、ふたりは魔力はどれくらいあるの?」
アルスは風魔法で高いところにあるものを収穫したことがあるそうだ。魔力もそこそこある、と。
トーマスは飲み水として出したことがあるぐらいで、使ったことはあまりないらしい。魔力はアルスほどはない、と。
「じゃぁ、アルスは風でこの瓦礫をそうだね、あっちに捨てて」
「え?」
「え?」
聞き返されてわたしも驚く。
「どうやって?」
「風魔法で」
「風魔法でどうやって?」
「風であっち行けってやればいいんじゃない?」
トーマスがアルスの肩をポンポンと叩く。
不満があるみたいだ。
「何さ?」
と尋ねる。
「ランディ、お前の説明分かりにくい。一回ちょっとやってみてくれないか?」
トーマスに言われたので、見物人をどかす。そして
「風魔法で、浮き上がらせて」
瓦礫の一部を持ち上げる。レベルが低いので、持ち上げるといっても腰ぐらいの高さまでだ。
「で、あっちにやる」
放り投げるイメージだ。瓦礫が放物線を描いて、奥まったところにまとめて落ちた。
パチパチパチパチ。
なぜか外野に拍手された。
「やってみる」
アルスが瓦礫を持ち上げた。綺麗に真上に。レベルも高いのだろう。わたしたちの背ぐらいの高さまでふよふよと。そしてその抜き取ったような形を崩さないまま奥まで運ばれ、わたしが放り投げたような隣に、すっと置いた。丁寧に、上品に。
「性格、出るな」
トーマスがつぶやくと、みんな頷いている。
わたしが睨んでいるとトーマスがフォローしてくる。
「それがいいとか悪いとか言ってないだろ、ただ性格が出るって言っただけだ」
どうせ、わたしはガサツだよ。まぁ、確かに悪いとは言われてないね。
次はトーマス。湯船を作ろう。
設計図を頭に思い描きながら、印をつけて、実際の幅とか場所を確認する。
「トーマス、ここ掘って」
「先に地面をならした方が良くないか? 排水口に向かって角度つけた方がいいよな? 水が流れるように」
ああ、そっか、水平にすると水が残っちゃうのか。と思っていると、他の子たちが会話に入ってきて、こうしたら一回でこうできるんじゃないかとか、この方法は?とか湯水のごとく案が出てくる。ふむふむと聞いていたのだが、そのうちなんだか眠くなってきた。
「トーマス、その辺でまとめた方がいいかも。ランディ眠そう」
アルスからわたしの名前が出て、驚いて目をしっかり開ける。
みんなが見ている。
「寝てないよ」
なんでわたしはこんな言い訳みたいなこと口にしてるんだろう。
「ランディはちょっと休んでろ。お前が魔力使う状態のところまで作るから」
そういって、誰かが持ってきた棒を地面中央に打ち込んだ。その棒にロープを巻きつけて、そのロープの先にまた棒をくくりつける。ロープをピンと張って、端につけた棒で地面に印をつけていく。
コンパスだ。この子たち、コンパスを作ったよ。
コンパスって円を描くためのものじゃないっけ、そういえば。いつの間にか円を描けることに気持ちがいってしまっていたけれども。支点からの同距離を測れる道具だ。
そういえば高1の科学で、コンパスでひどい目にあったことがある。
楕円である地球の正しい姿をコンパスを使って描くのが課題だった。楕円の計算式が合っているかの確認のための作業だった気がする。数値が合っていることはわかっている。ただ、正確にコンパスを使えないと楕円は閉じないのだ。
何回やり直したことか。最後の最後まで楕円が閉じるかわからないから、最後の最後までやって、ああ、また最初からとなるのだ。
もうこれは徹夜でやっても閉じないと思ったわたしは、0.3ミリのズレまでで挫け、そこで提出した。評価はB+だった。A+だった人いたのかな、あれ。
そんなどうでもいいことはともかく、この子たちすげーと眺めているうちに、またいつの間にか眠ってしまったらしい。
肩を揺すられて起きると、なんとすでに湯船ができていた。ちゃんと栓も付いている。
え?
そして全体にうっすらついた傾斜。すべては排水口に向かっている。湯船も栓に向かって傾斜ができている。
そして板っぱちを繋いで目隠しがあり、着替える場所もなんとなくできている。
わたし以外はみんな働いていた。
マズイ、言い出しっぺが悠長に眠ってしまった。
「ごめん、サボった」
「いや、いいよ。ここまではお前役に立たない気がしたから起こさなかった」
役に立たないとか、その通りだけど、子供って時々残酷だなぁ。
「トーマス、湯船作ったんでしょ? まだ魔力大丈夫?」
「ここまではほとんどブラウンとホセが作った」
「ふたりとも、土魔法、得意だったんだ?」
ふたりは首を横に振った。
「ランディの非常識な使い方見るまでは、こんなことしたことなかったよ」
「非常識?」
わたしは首を傾げた。
生活魔法は生活を補助するのに使用するぐらいで、何かを作り上げたりすることは、概念としてほぼなかったそうだ。だからやったことがなかった。でもわたしがいろいろやっていることを見て、そんな自由にできるものなのかと魔力を使ってみたら、できちゃったということらしい。
属性のレベルが低いと生活魔法、高かったら魔術として認識されているきらいがある。根っこの部分は一緒だからできることの基本は同じはずなんだろうにね。元々できることは少ないだろうとあんまり使われてないんじゃないかな、生活魔法は。でもできるんなら、便利だからいいんだよね、きっと。
「じゃあ、トーマスの土魔法ね。排水溝を作ろう。両方の排水口から管を作って、ずーっと下まで落とす感じにしてそこから横にいって、部屋を作って、そっから川に合流させるイメージで」
「部屋ってなんで?」
「お湯が川に流れると、魚とか熱くて死んじゃうから。いったん冷まさないと」
そして内緒で浄化。スライム魔石でお水に戻す魔具作ったからね。
「部屋はわたしが作るね」
どうやったらふたりで作れるかな。あ、手とか繋げばいけそうな気がする。わたしはトーマスの手を取った。
「目を瞑って」
そう言ってわたしも目を瞑る。
「排水口を思い浮かべて、その下に管があるイメージ」
トーマスと同じものが見えているかわからないが、わたしも排水口の下に管があるイメージをする。下へ下へと管を通し。
「湯船も同じように」
湯船の排水口の下にも排水溝だ。合流させて。
「はい、横に曲げて」
管が横へと曲がる。見えているわけではないけれども、わたしとの方向が違う気がする。
「あれ、そっち?」
「川に向かうならあっちだろ?」
トーマス、すげー。よく考えてる。
「はい、そっからわたしが部屋を作る」
お湯を溜められる。湯船2回分ぐらいの容量の部屋。湯船を洗うときに流すのは湯船1回分だし、そのほか洗ったりするお湯でもこれぐらいあれば間に合うだろう。
「トーマス、部屋の下の方から管作って川に繋げて」
「下ってのは意味があるのか? 流すためか?」
「流すためと、念のため、熱い方が上に溜まるから」
トーマス、魔力かなりあるんじゃない? 川まで行ったね。
ふう。
「じゃあ、仕上げるね」
排水溝に魔具を流す。
「なんだ、それ?」
「水を綺麗にする魔具だよ。よし、行け」
魔具は排水口から下へ下へと落ちていき、横の部屋に流す。そこ、定位置。水を綺麗にして。綺麗な『水』になったら、定期的に川に排水。
「水の通り道は完了!」
みんなちょっと不思議顔。確かに見えないからね。
「で、井戸から水運ぶのか?」
最初はそう考えていた。井戸からか魔法かで水を入れる、沸かす。井戸から運ぶのは大変だし、でもそれだと2つの魔法がいる。
サボっちゃったし、大盤振る舞いしますか。ふたりを巻き込み、なるべくセーブしておいたから、まだ魔力を使えそうだ。
「じゃん!」
わたしはセルフ効果音付きで、スライムのちっちゃい魔石をマジックバッグinアイテムボックスから取り出して、みんなに見せびらかすようにして見せた。
「魔石?」
「これ、誰か割れない?」
「魔石を割る?」
「数がないからさ、ふたつに分けたいんだよね」
「その魔石はなんなんだ?」
「魔具だよ。1回叩くと水が出て、2回叩くとお湯が出る」
そんな歌があった気がする。ポケット叩くと増える。増えると出るは違うか。いやね、叩く回数が違うと、違うことが起こるって、ワクワクする気がしたんだよ。いい思いつきなような。でも、そんなこともないか、ハハ。
「お前、そんな高いもの。それに割るなんて」
「おばーちゃんにもらったもののひとつだから、大丈夫」
ホセがキリみたいなものを持っていて、わたしとトーマスの顔を見比べて困っていたが、わたしに押し切られ、石の真ん中にキリを突き立て、そして何度か力を入れると、魔石が割れた。わたしはそれを片手でひとつずつ握って無属性の魔力で丸っこくした。怪我したらいやだからね。
湯船に蛇口を作り上げ、それを土魔法で半分埋め込む。洗い場の大元にも魔具を埋め込み、洗い場の子蛇口を増殖する。5個もあればいいか。子蛇口には魔具にリンクするまあるいものも付いている。少しだけ寒くなる。魔力を使いすぎたようだ。
メイを呼ぶ。
そのまあるいのを1回叩いてもらう。
ジャーっと水が出た。
2回叩いてもらう。
ジョーっとお湯が出た。
メイが目を輝かせる。
お湯の温度は42度と独断で決めた。熱かったら水を入れればいいからね。
完成!と拍手したいところに、トーマスに手を引っ張られる。
「ちょっと、来い」
誰もいないアジトまで連れていかれる。
「お前、あれ、魔具じゃないよな?」
「な、なんで?」
「魔具なんてそれで完成されたものが、半分にしてもまた使えるなんてことあるわけないだろうが!」
ケチったのが災いしたか。
「そうなの? でもおばーちゃんのは大丈夫なんだ」
しらばっくれる。
「ああ、確かに両方とも使えてたな。しかも、割れた魔具にどんな魔力を込めると丸くなるんだ?」
あ。
「みんなには口止めしとくけど、お前ちょっと危ない。そんな危機感なく自分の価値を晒すな」
「あれはおばーちゃんの」
「それを今持ってるの、お前だろ」
「にーちゃ、ランディいじめちゃダメ!」
メイがトーマスの腕にぶら下がる。気づかなかったが、ついてきていたようだ。
「あ、メイ、違うんだ。トーマスはわたしを心配してくれたんだ」
「しんぱい?」
「うん、メイもかばってくれてありがとう」
そう言うと、メイが大きく笑った。
トーマスが小さくため息をつく。
「トーマスも、ありがとう。気をつける」
「……発案者だからな、一番風呂はメイとランディで入れ」
「いいの?」
「入りたくて、作りたかったんだろ?」
ははは、バレてる。トーマスはお風呂の順番をさっさと決めて、みんなに他の仕事もどんどん入れ込んだ。
わたしとメイは一緒にお風呂だ。服を脱ぐとわたしを見上げたメイが言う。
「ランディはメイと一緒だ。にーちゃたちとは違うね」
「うん、でもふたりの秘密だよ」
「うん」
多分トーマスにはバレているんだろう。
手を繋いで湯船のある仕切りの奥へと歩き出す。
桶とかもいるね。
洗い場で、全身にお湯をかけ、タオルに石鹸を含ませ、メイと体を洗う。髪の毛も洗う。リンスをするとメイがかわいくなりすぎちゃうかもしれないので我慢する。男の子に見せているみたいだからね。
そして念願の湯船に。気持ちいい。
「ランディ、すっごく気持ちいいね」
「気持ちいいね!」
あ。父と母もこんな気持ちだったのかな?
わたしが幼稚園までは借家に住んでいた。人のいい大家さんのお家の離れで、縁側があり、そこがわたしの特等席だった。お風呂のことはちらりとしか覚えていないのだが、大人になってから知って驚いた。その離れの家のこれまた離れにあった使っていたお風呂は父と母の手作りだった。大家さんが、小さい子供がふたりいるので、銭湯に通うのも大変だろうと、敷地内にお風呂を作ることを許してくれたそうだ。父と母は夜な夜なセメントを使って作り上げたらしいのだが、そのセメントを敷地内に置いておいたのに、盗まれたそうだ。普通の一般家庭にセメントなんて置いてないものだろうから、よく見てるなぁと、怒りよりもそっちの方に驚いたと言っていた。わたしはさすがにセメントを使って何かを作りたいと思ったことはないが、自分たちでお風呂を作るなんて、ちょっとワクワクするんじゃないかなーと思っていた。そのできたお風呂に入るってどんな気分になるんだろうなんて思ったりした。血のなせる技なのか、異世界に来てまでわたしお風呂作ったよ。みんなで作ってと言うか作らせてになるのか、はは、考えるのも楽しかったよ。そんでもって自分たちで作ったお風呂は格別だね。とぉっても気持ちいい。力を合わせたらこんな凄いことできちゃったよ。
わたしたちは、わたしたちで作り上げたお風呂を、思う存分、堪能した。
後日、保温機能をつけてなかったことに気づいて、こそっと魔具を追加した。
やっぱりわたしはヌケサクだ。残念!
読んでくださって、ありがとうございます^^




