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【急募】勇者パーティの抜け方【たすけて】

作者: レクス・アンバート


 はじめまして。

 オレの名前はレクス。レクス・アンバート。

 歳は22。剣聖として勇者パーティに所属している。

 そう、勇者パーティだ。


 勇者パーティというのは、文字通り、勇者を主体として集められた精鋭の事で、その目的は1つ。

 世に憚る魔王を討伐する事。

 そのためにオレを始めとした勇者パーティの面々は集められ、共に旅をしているわけだ。


 ……だが。

 こんな事を言ってはいけないのかも知れないが。

 オレは……レクス・アンバートは……



   ◆



「勇者パーティを抜けたいんだが」


「ダメです」



 もう何度目になるやらわからないオレの希望を、目の前にいる騎士甲冑姿の優男が切って捨てる。

 その顔には『またそれですか』とデカデカと書いてあるのがわかる。


 わかっている。わかっているさ。

 お前だって、もうこの話をするのは嫌だろうとも。

 だがな……!



「オレにもな、譲れないものがあるんだ」


「とか言いながら、ここまで一緒に来たじゃないですか」



 今さらこいつは何を言っとるんだ、と言わんばかりに溜め息を吐く優男。

 この優男は名前をルース・ザンパーと言い、聖騎士として勇者パーティに参加している男である。

 パーティ内での役割は前線における盾役。いわゆるタンク。

 聖騎士は攻撃も防御も高水準で、なおかつ回復魔法も使えるので、タンク役にはピッタリなんだ。



「確かにそうだ。お前の言う通りだよ、ルース。だけどな。それは、お前達が抜けないでくれと頼むからだ。交換条件を付けて、それをお前達が飲んだからだ。そうだろ?」


「……ええ。確かに僕らは君の出した交換条件を飲み、君はここまでついてきてくれました。それは間違いありません」


「そうだよな。……けど、もうダメだ。アレはもう、契約違反と言わざるを得ない。わかるだろ?」


「……まあ、その……確かに、それはそうなんですが……」


「だろう?」


「――いいじゃねぇか。どうせ魔王のいるとこまでもうちょっとなんだからよ。ついて来りゃあよ」


 返答に詰まったルースの代わりに、黙って酒を喰らっていたいかにもな柄の悪い吊り目の男が答える。

 ローグのシャンバリア。勇者パーティでは罠解除、鍵開けなんかの技を使って主にダンジョンで活躍してた男だ。

 隠形の技も大したもので、通常時は斥候に、戦闘時は遊撃にと色々動いていた。



「お前はいいよな。ターゲット認定されてないんだから」


「……けっ」


「所詮は他人事。適当に口出しして酒かっ喰らってりゃいいんだから、楽なもんだよなぁ? えぇ? スラム上がりのクソッタレがよ」


「んだと!? もういっぺん言ってみろ!」



 一瞬で激昂したシャンバリアが、酒の入っていた木製のジョッキを投げ捨て、座っていた椅子を蹴り倒して立ち上がった。



「やめてください、シャンバリア。レクスくんの言い分は正しいんですから。僕らは契約を交わした。契約を遵守出来なかったのは、僕らの方です」


「……クソがッ……!!」



 ルースがシャンバリアを宥めると、それでも苛立ちが収まらないシャンバリアは蹴り倒した椅子を蹴飛ばした。



「……悪い、シャンバリア。心にもないこと言った」


「……あぁ。いや、いいんだ。俺も……悪い。お前の事、考えてやれてなかった」


「……しかし、どうしましょうか。確かに契約を違えたのは僕らですが、レクスくんがいないとこの先は……」


「そうだぜ、レクス。別にお前を軽んじるわけじゃねぇけどよ、今お前に抜けられちゃたまんねぇよ」


「それはオレもわかってる。この先の魔王軍は更に強くなるだろうし、メイン火力が勇者だけじゃ厳しいだろう」


「なら……!」


「だけどな、ルース。もう、我慢の限界なんだよ。女神の慈悲も三度までって言うだろ? オレが今まで、何度我慢してきたと思う?」


「それは……」


「そりゃ、オレも我慢したさ。これは世界に平和を取り戻す戦いだからな。故郷に残してきた家族とか、友達とか、他の街で知り合った連中とかさ、そういう奴らが幸せになるならって思って、ちょっとの事なら我慢してきた。だけど、勇者パーティにいる時間が長くなればなるだけ、奴はエスカレートしていく。そりゃそうだよな。自分はある意味特権階級なんだから、ストッパーのいない現状じゃ、そうなるに決まってる」


「……ええ。確かに、この現状は彼を増長させる一因になっていると言えるでしょう」


「ああ。だから……なぁ、頼むよ。オレを……もうオレを解放してくれ……!」



 情けなくて、涙すら出てくる。

 オレは剣聖。世界の誰よりも剣の扱いが上手く、剣を持たせたら世界の誰よりも強いのだと、世界中から認められた人間だ。

 なのに、自分の身に降りかかってる問題ひとつ、満足に解決出来やしない。

 剣が通用しない事には、どうしようもなく……無力だ。


 だから……嗚呼、だから。

 頼む、ルース。オレをこのパーティから……勇者パーティから、抜けさせてくれ……ッ!!



「ダメです」



 スンッ、と急転直下で何かを憂うような顔から仏頂面に変わると、取り付く島さえ与えない口振りで、ルースはばっさりと切り捨てた。

 この聖騎士……肩書きの割に情けとか容赦とか、あるいは慈悲とか……そういう言葉と縁が遠すぎやしないか?

 お前、本当に聖騎士か? 実は蛮族だったりしない?



「失礼な事を考えている顔してますよ、レクスくん」


「…………すまん」


「大方、僕に人の血は流れてないのかとか、本当に聖騎士なのかとか考えたんでしょうが、間違いなく聖騎士ですからね」


「……すいません……」


「……まあ、それはさておき。レクスくんが抜ける事は、僕らの誰をしても認められる事ではありません。理由はもちろん、おわかりですよね?」


「わからん。知らん。聞きたくもない」


「そう言わずに。レクスくんが抜けられないのは、君が特別だからですよ。わかっているでしょう? 類稀な剣の才能だけならばいざ知らず、メルフィーナさんさえ凌駕する魔法の冴え。なんなら僕よりタンクは上手いですし、シャンバリアよりも罠解除や鍵開けの技術は上でしょう」


「……………」


「僕ら勇者パーティの良いところを集約させた存在。それがレクスくんです。ですが、君が抜ければ火力が不足するのも確かです」


「ふん……」


「それに、魔王討伐まで残り僅かです。ここまで来たんですから、みんなで魔王を討伐して、心地好く故郷に錦を飾ろうじゃありませんか。その頃にはレクスくんも勇者パーティからは解放です。……どうですか?」



 ルースの言っている事は、そりゃあ尤もな事だ。

 一見すればぐうの音も出ない程の正論であり、生半可な奴なら『そうだな!』と納得していたかも知れない。


 だが、ナメてもらっては困る。

 勇者パーティ結成以後、オレはずっとお前とも付き合ってきているんだ、ルース。

 今さらお前の口車に乗ってやれるわけがないだろうが。



「その頃には奴も解放されてるだろうが。騙されんぞ」


「おや賢い」


「ぶっ殺してやろうか。奴より先に死にたいならそう言えよ、気付かないうちに現世とサヨナラさせてやるから」


「冗談ですよ。あの人……うぅん、そうですね。やはりネックになりますね」


「だから抜けさせてくれって――」


「ダメです」


「お前はオートマタか! テンプレ通りのセリフばっか吐きやがって」


「仕方ないでしょう。レクスくんの抜けたいという願いは、僕らには受け入れられないものですから」


「……あ゛ー、くそっ」



 堂々巡りだ。


 オレだってわかってはいる。

 奴、ルース、シャンバリア、メルフィーナの4人だけでは、恐らくこの先の戦いはかなり厳しいものになる。

 だからこそルースはオレを手放そうとはしないだろうし、シャンバリアやメルフィーナもルースの側に立つだろう。


 それに、奴がオレ以外を狙っていないというのも要因だろう。

 逆説的には、奴はオレしか狙っていない。

 だからきっと、オレがパーティを抜けたら、奴は魔王討伐の旅をすっぱりと止めて、オレについて来るだろう事も理解している。

 そうなると結局のところオレの我が儘が悪いという事になり、謂われのない罪悪感に苛まれる事になってしまう。

 それは避けたい。


 かと言って、じゃあこのまま我慢出来るかと言われると、残念ながらノーと答えざるを得ない。

 なんせ今まで我慢に我慢を重ねてきて今があるんだ。

 いい加減に解放されたいと願っても、きっと女神は笑顔で優しく受け入れてくれるだろうさ。


 ……とはいえ、ルースの言い分にも一理あるのは確か。

 実際問題、オレが我が儘を通せば世界に平和は訪れなくなるだろうし、何のために勇者パーティなんぞに入っているんだという話になってくる。

 いやまあ、別に好きで勇者パーティに入っているわけじゃないんだが、それはさておいても故郷の人間や知り合い連中を安心させてやりたいとは思う。

 そのためにはやはり、このまま勇者パーティにいなければならないわけだが……。


 ……はぁ、ジレンマだ。



「……なんであいつは、アレで勇者をやれてんだろうな」


「……そうですね」


「勇者なんだし、魔王討伐の暁には王族との婚姻話が出てくるんだろ?」


「まあ、腐っても勇者ですからね。信賞必罰という事もありますし、そういう話は当然持ち上がるでしょう。なんなら、僕らにも貴族の子息子女との見合い話などが持ち上がるかも知れませんね」


「そっちはいいんだよ。……ただ、話が持ち上がったとして」


「ええ。最終的には、当人の意思決定次第ですからね。レクスくんのところに行く可能性はありますよ」


「…………オレ、なんか女神に嫌われるような事したかな?」


「さて。何がそうなのか、僕らにはわかりませんからね」



 ルースは困ったように笑って言う。


 どうしてこんな事に……。

 勇者パーティにと集められた約2年半前のあの日に、こうなる事が決まっていたんだろうか。



   ◇◇◇



「……はぁ。なんでオレ呼ばれたんだ?」



 その日、オレは王城へとやって来ていた。

 別に何か用事があったわけじゃない。

 当然だ。オレは所詮、地方都市のなんの事はない平民の子でしかないんだから、王城なんぞに来る用事なんてもの、あるはずがない。


 では何故この場にオレの姿があるのかと言えば、国王陛下の署名で手紙が届いたからだ。

 曰く――


『この度、勇者の育成がひとまずの完了を迎え、勇者を主軸としたパーティ――すなわち《勇者パーティ》を結成し、魔王討伐の使命を追って旅立ってもらう運びとなった。

 ついては、稀代の剣の使い手として、また、勇者パーティの一員として、貴君レクス・アンバートを召喚したいので、この手紙を確認し次第、王都の王城に向けて発って欲しい。

 貴君の登城を待っている』


 という事で。

 なんの事はない平凡な一般小市民たるオレは、国王陛下直々の召喚とあっては拒否するわけにもいかず、登城する事になってしまったのである。

 ……一般市民に国王陛下の名前で手紙送りつけるの性格悪すぎない?

『お前の力、貸しに来いよ。待ってるからな?』って言われてるのと同じだぞ。

 国王とその配下の方々には、もっと一般市民の心を理解して欲しいね。いやホントに。



「……いっそフケてやろうか」



 城の中庭にある東屋で腰を落ち着かせ、ご立派な庭園を眺めながらひとりごちる。


 大体、オレがやってたのはただ剣を振り回す事くらいだ。

 稀代の剣の使い手と言われても何が何やら。


 そもそも、誰がそんな話を国王に奏上したんだろうか。

 オレの剣の腕なんて、端から見れば『お、街で一番剣が強いのがアイツか』と言われる程度のものでしかないはずだ。

 冒険者ランクだってそんなに高くないし……。

 まったく、誰の仕業なんだか。



「――あの!」


「あん?」



 そんな事を考えながら城の中庭で無聊を慰めていたら、話し掛けてくる声があった。

 その声のした方に顔を向ければ、そこには、中性的な顔立ちの人物が立っていた。



「初めまして! ボク、セリス・ファリーティアです!」



 その人物は、これまた男だか女だか判別しづらい声でそう言った。

 肩まである淡い金の髪、空を思わせるスカイブルーの瞳。

 身長は高くはなく、さりとて低くもなく、仮に女性ならそこそこ背が高い方かといったところ。

 全体的に線が細い印象を受けるが、教会の神殿騎士が着るような衣服を纏っていて、見ただけでは体型はわからない。


 ……こいつ、誰だ?

 城にいるって事は、多分こいつも勇者パーティの件で呼ばれたんだと思うが……。



「……そうか」



 ともあれ、勇者パーティの人間だろうがなんだろうが特別仲良くなるつもりはないので、無愛想で悪いがそう短く返答して視線を外す。



「あの! お兄さんも、勇者パーティの人ですか?」


「……ああ。一応、そういう用件で喚ばれてるな」



 が、それを意に介さず、セリスはオレの隣に腰をおろした。

 仲良くなるつもりが無いとは言っても質問に返答しないのは失礼なので、とりあえず返答しておく。


 ……なんとなく、隣から向けられている視線が輝きを帯びたような気がした。



「じゃあ、ボクたち仲間ですね!」


「……そうか」


「はい! ……あの、お兄さんの名前はなんて言うんですか?」


「レクス・アンバート」


「レクス・アンバート! じゃあ、レクスさんですね!」


「……好きに呼べ」



 なんというか、さながら憧れの男子と初めて喋る女子と言うのか。

 セリスのテンションは、まさにそんな感じだった。



「レクスさんは……剣を使うんですね。ボクも剣を使うんです。お揃いですね!」


「……そうだな」


「勇者パーティ……上手くやれるといいですね! 多分ボクとレクスさんでメイン火力を張る事になると思うので……よろしくお願いします!」


「……何を」


「もちろん、連携です! ……でも、良い連携を取るには、やっぱりお互いの事をいっぱい知っておかないとですよね。好きな食べ物とか趣味とか、そういうところから知り合って、いずれもっともっと親密な仲になれたらいいなって思います。そうすればきっと、阿吽の呼吸で連携出来るようになるはずですし!」


「……だが、勇者パーティはオレとお前だけじゃないだろ。連携はパーティ全体で取るべきだ」


「それは確かにそうです。でも、ボクたちの連携もビシッと決めないと、いざという時に困ると思うんです」


「……それはそうかもな」



 ふんすふんすと鼻息荒く剣士同士の連携も大事だと語るセリス。

 ……まあ、一理ある。

 パーティとしては完璧に連携出来ていても、アタッカー同士がかち合うような事があったら意味がない。

 戦場は水物。流れに乗るような、流麗とも言うべき連携を目指すべきなのは、当然そうだろう。


 ……ただ。

 この時からなんとなく、セリスの言う剣士同士の連携には別の意味も含まれているような、そんな気がしていた。


 それからしばらく、あれやこれやと熱心に話し掛けてくるセリスにテキトーな返事を返してあしらっていると、城の方から騎士甲冑姿の人間が2人やって来た。



「――あぁ、こちらに居られましたか。レクス様、セリス様。勇者パーティとなられるお方が揃ったとの事ですので、謁見の間にお出でください」


「ようやくか。わかった、行こう」


「どんな人がいるのか、楽しみですね!」


「オレはそうでもないが」


「えー……?」



 騎士2人の先導で中庭から謁見の間に。

 先導の騎士が「レクス様とセリス様をお連れしました」と言うと、男の声で「入れ」と返答があった。



「我々はここまでです。勇者パーティにと選ばれた方なのであまり心配はしておりませんが、くれぐれも無礼のないようにお願いいたします」


「わかってる。大体、オレのような一般人に無礼なんてとてもとても……」


「ふふ。それは安心しました。――それでは、どうぞ」



 騎士2人が謁見の間に続く扉を開けてくれたので、それをくぐって謁見の間へと足を踏み入れる。


 紅いカーペットの敷かれたその空間には、玉座の近くに老齢の男が1人と、扉にほど近い位置に青年2人と女性が1人。

 それから、左右に国の要職にあるのだろう貴族の男女がいた。

 どうやら国王陛下はこれからお目見えするようだ。



「……待たせたか?」



 とりあえず近くの3人のところまで歩を進め、そう尋ねてみる。

 オレが中庭にいた事で騎士の捜索の手間を取って、こいつらは元より貴族達や国王を待たせてしまってはいないだろうか。



「問題ないわ。私達も今来たところよ」


「……そうか。そりゃ何よりだ」



 オレの問いには、一番近くにいた女性が答えてくれた。

 赤みがかった桃色の長い髪に金色の瞳。

 黒い、スリット入りのロングドレスを纏い、頭には黒のウィッチハットを被った、グラマラスな体型の女性だ。

 オレよりいくつか歳上に見える。



「――これより陛下がお見えになる。全員膝をつき、頭を垂れよ。陛下の許しあるまで頭を上げてはならぬので注意せよ」



 玉座近くの老齢の男がそう言うと同時に、奥に続くドアが開いて豪奢な格好の男が入ってきた。

 同時に、即座に膝をついて、頭を少し垂れさせる。

 目だけを動かして横を見れば、セリスはもちろん、他の3人も同じようにしている。


 静かな謁見の間にカツ、コツ、と足音が響き、やがてそれも収まった頃――



「――面を上げよ」



 よく通る低い男の声で、そんな言葉が投げ掛けられる。

 これが恐らくは国王の声。

 だが、ここでバカ正直に頭を上げてはいけない。

 頭を上げるには、二度の許しが必要だ。



「――よい。面を上げよ」



 ここで初めて頭を上げる。


 予め作法を聞いておいて良かった。

 ……まあ、隣のセリスはバカ正直に一度目で頭を上げて、慌てて戻す気配がしていたが。



「……うむ。どの者も逞しい顔つきだ。私は当代の国王、アルバート・エルファリアだ。今回お前達を喚んだのは、手紙にも書いた通り、勇者を主軸とした『勇者パーティ』として魔王を討伐しに行ってもらいたいからに他ならない。――とはいえ、ただ行って討伐してこいと言うだけでは、お前達も納得しないだろう。そこでだ」



 アルバート国王はそこで一旦言葉を切ると、そばにいる老齢の男に目配せした。

 それを受けた老齢の男は、一礼すると口を開いた。



「魔王討伐を成して帰って来たならば、それ相応の報酬を渡す。その際はお前達自身の欲しいものを言っても構わん。金、女、あるいは男、地位……欲しいものを、報酬とは別に渡すつもりだ」


「何でもいいのか!?」



 老齢の男がそう言うなり、グラマラスな女性の2つ右にいる目付きの悪い男が勢いよく尋ねた。

 随分食い付きがいいな、こいつ。



「うむ。お前達には命懸けの旅に出てもらう事になるのだから、こちらで用意出来るものであれば何でも構わない。そうですな、陛下」


「そうだ。だが、報酬の前払いは出来ん。まずは魔王討伐を成してからだ。お前達を信用してないとは言わんが、万が一にも持ち逃げなどされては困るのでな」



 それを言うって事は信用してないって言ってんのと同じ事だと思うんだが。


 ……まあ、別にいいか。

 この契約は魔王を討伐しに行き、帰って来て、報酬を支払ってもらって初めて完了するものだ。

 魔王を討伐するのにどれだけ時間をかけようが、仮に諦めて帰ろうが、報酬を支払っていない以上は国が口出し出来る事はないんだからな。

 そう考えれば、なんの事はない契約だな。


 ――あれ? そういえば……。



「報酬の件はさておき、我々の主軸となる勇者はどこに?」



 勇者と一緒に魔王を倒しに行けとは言うが、その肝心要の勇者は一体どこにいるんだ?



「……ふむ? 今お前と一緒に入ってきただろう?」


「…………はい?」


「だから……たった今、お前、レクス・アンバートと共にここに入ってきた者がそうだ、と言っているのだ」



 心底不思議そうな顔をして、老齢の男が言う。

 まさかという思いで隣を見ると、セリスは『なにか?』とでも言うかのような顔で小首を傾げてこちらを見ていた。



「……これが? 勇者?」


「そうだ。……まあ、少々クセのある男だが、実力の方は確かなものだ」



 今度はアルバート国王が答えてくれる……が、勇者の寸評を語るその顔はどこか苦々しい。

 ていうか、セリスって男なんだ。



「では、此度の謁見はこれで終了とする。それではな。魔王討伐のため共に旅をする身だ、せめて仲良くな」



 アルバート国王はそう言うと、玉座を降りて奥の扉をくぐって去っていった。

 国王が去っては仕方がないのでオレ達も謁見の間を後にすると、メイドが1人手配されていて、セリスを始めとしたオレ達勇者パーティは広い客室に案内されたのであった。

 まずはお互いに自己紹介でもしろ、という国王側の粋な計らいだろう。



「それじゃあ、改めて自己紹介ですね! ボクはセリス・ファリーティア。さっきも言われましたけど、勇者です!」



 部屋に着くなり、セリスはそう言ってにこやかに笑った。

 次は……まあ、オレがやるか。



「オレはレクス・アンバート。バルダイムで冒険者をやってた」


「レクス・アンバートって、確か『瞬きの剣聖』とか異名が付いてたわよね。同一人物?」


「……不本意だが、そう呼ばれていたな」


「やっぱり本人なのね! 私はメルフィーナ・ベルデルタ。あなたのファンなの」



 桃髪のグラマラス美人はそう言って笑いかけてくる。

 ベルデルタと言えば、この国の貴族にそんな名前の侯爵がいたと思ったが……関係者だろうか?



「次は僕が。僕はルース・ザンパー。教会に所属する聖騎士だ。『瞬きの剣聖』の事は、僕も聞いた事があるよ。現代最強の剣士、とか」


「気のせいだろ……」



 金と白のきらびやかな騎士甲冑を身に纏った優男にもニコニコとしながら見られている。

 ……なんでオレばっかり言及されてるんだ?



「最後は俺だな! 俺はシャンバリア。『要の民』のシャンバリアだ。宝探しは任せてくれ」


「へぇ、『要の民』か。隠れ里に住んでるはずだが、国王はよく渡りをつけられたもんだな?」


「俺は外に出てきてるからな!」


「なるほど、『はみだし者』ってわけか」



 見るからに、封鎖的な『要の民』とは正反対の気質を持ってそうな男がシャンバリアだ。

 目付きは悪い――とはいかないまでも鋭く、出で立ちからして粗野なイメージしか受けない。

『要の民』はそれとは反対にとにかく穏和な気性の民族で、普段は隠れ里に住んでいて滅多に外に出てくる事がなく、荒事より農作やもの作りなどを嗜む傾向にある。



「はみだし者と言えば……さっき陛下が言ってた事ってなんだったのかしら?」


「陛下が言ってた事?」


「ほら、勇者は少々クセのある男だとか言ってたじゃない」



 思い返してみれば、確かに言っていた。

 しかも、なんだか苦々しい顔をして。



「そんな、クセがあるわけじゃないですよ。ただ――」



 話題に上った勇者は苦笑しながら言う。



「ただ?」


「ボク、男の人が好きなんです! 教会では同性愛は奨励してないですけど、ほら、自分の気持ちに嘘は吐けないじゃないですか」



 そして、苦笑から一転して花が咲くようなキラキラした笑顔になると、何でもない事のようにそう言った。

 ……なんともはや。勇者は男色家であったか。



「ふぅん、男の人がねぇ……」



 なるほどね、と頷きを繰り返すメルフィーナ。


 この国では国教こそ同性愛について言及していないものの、貴族から平民から、同性愛者というのは一定数存在している。

『どこそこのなんとかって貴族がまた男を迎えたらしいぞ』、なんて話は割とよくあるのだ。

 平民の間では、『あそこの宿屋の娘は道具屋の娘と~』みたいな話が割とある。


 なので、この国では同性愛というのは比較的一般的な性癖なわけだ。



「ちなみに、セリス。今狙ってる人はいるの?」


「え? え、や、あははは……その……秘密、です……」



 照れたように笑いながらも、セリスはちらちらとこちらに視線を寄越してきている。

 …………えっ、オレ!?



   ◇◇◇



 あれからもう2年半ほどが経とうとしている。

 恥ずかしがりながらも暗にオレを狙っているのだと示したセリスは、旅の道中で色々とアプローチをかけてきて、オレはそれを全スルーしていた。


 だって仕方ないだろう。

 オレは普通に異性が好きなんだ。種の生存本能的にも。

 そりゃあ好意を持たれている事に悪い気はしないが、だからと言って受け入れられるかと言えば、それはまったく別の話。

 理解がある事と応えられる事は違うのである。



「……なあ、ルース。どうしてもダメか?」


「ええ、ダメです。今までも何度となく言ってきましたが、残念ながら認められません。大体、いま君が抜ければセリスはもちろんメルフィーナまで使い物にならなくなります」


「それは……まあ、そうだろうけどさ……」


「そもそも、今までのように適当にあしらうのではダメなんですか? それで上手いことやっていたでしょう」


「お前は寝込みを襲われた事がないからそんな事を言うんだ。いいか? あのタイミングでオレが起きなかったら、今ごろオレは男のケツで童貞を卒業した男になってたんだぞ」


「いいじゃないですか、別に」


「ぶっ殺すぞお前」



 涼しい顔して何を言っとるんだ、この聖騎士は。

 そんなに言うならお前が掘られればいいんだよ。



「あ、今、僕が掘られればいいとか考えてますね」


「そうだな」


「僕、両刀ですから。どちらの経験もありますよ」


「……衝撃の事実だわ……」



 ともかく、これでルースがアテにならない事は確定したな。

 まあ、どのみちこいつは所属が教会だから、勇者を手助けする事に隔意などないんだろうが。



「……ん」



 足音が聞こえる。

 誰かはわかってる。勇者セリスとメルフィーナだ。

 2人はこれからの旅に必要な備品の購入に行っていたのである。



「おや、帰ってきましたね」


「どこかで雷にでも打たれて、性癖から何から変わってないもんかな」


「ないでしょうね。勇者は女神の寵児ですから」



 厄介な話である。


 足音はやがて近付いてきて、オレ達のいる部屋の前で止まった。

 そして――。



「――ただいま、レクスさん! 抱き締めてください!」



 勢いよくドアを開けて、そんな事を口走りながら入ってくるセリス。

 その後ろには、やんちゃな子を見守るお姉さんのような苦笑を浮かべたメルフィーナがいる。



「絶対にイヤだ」


「そんなぁ……」


「ふふ。残念だったわね、セリス。……でも、レクスは今度こそ出ていくと思ってたけど」


「ルースが引き留めるんだ。今抜けられるのは困るってな」


「あら、そうなの?」


「流石に、火力3人の脱落は見逃せませんからね」


「……私も入ってる?」


「はい。レクスくんが居なくなれば、あなたもそれを追って行きそうなので」


「あはは……」



 バレてたか、とでも言うような乾いた笑いでメルフィーナが応える。


 ……なんだかな。

 オレみたいな男の何がいいんだか。



「でも、ボクは諦めませんよ! 魔王を討伐したら報酬にレクスさんを貰って、森の中の一軒家でめくるめく蜜月の日々を送るんです! レクスさんの大きなモノをボクの中に……フフフフフ……!」


「えぇ……」


「大変だなぁ、レクス。逃げた方がいいんじゃねぇか?」


「出来るもんなら、とっくにそうしとるわ」


「ダメですからね」


「うるせえわ。それしか言えんのかクソルース」


「ね、レクス。魔王討伐したら私と……どう? セリスじゃないけど、セックス浸けの日々を送るの。目指せ都市人口よ!」


「いや何人産むつもりだよ。枯れるわ」



 執念の炎を燃やすセリス。

 あくまで他人事のシャンバリア。

 真面目なキリッとした顔で繰り言を吐くルース。

 何故か変な方向に振れているメルフィーナ。


 誰か……誰でもいいから――――



 この勇者パーティの抜け方を、教えてくれ――!




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