神様がおわすので。
好きだな、って思っても、合わないことはある。
例えば生活習慣とか。
ご飯の食べ方とか。
咀嚼音を鳴らす人は得意じゃない。
あと、マナー云々よりも、ご飯粒など、皿に中途半端に残す食べ方の人が苦手だ。
食べきれなくて残すのは仕方ないが、あまつさえお代わりとかをするにも関わらず、米粒を残す行為……これが地味に嫌い。
懐石料理等のマナーで、お代わりが欲しいときは一口分茶碗に残す、というのがあるが、それとは違う。
茶碗に疎らに米粒が貼り付いてる状態での『御馳走様』が嫌なのだ。
家でそのままお代わりをしようものなら手を叩かれた。
父曰く、『米には7人の神様がおわす』らしい。
父の事は好きではなかったが、おそらくそういう部分は染み付いてしまっているのだろう。
「……そんなわけで、どうにかならんかね」
「は?どんなわけだよ」
彼の食べ方はハッキリ言って汚い。
マナー云々については私も大したことは言えたものではないが、全て中途半端に皿に残す。
それがとにかく嫌だ。
「大体ペットボトルのドリンクもさぁ、なんで中途半端に一口分残すの?飲みきりなさいよ!」
「そんなことしてた?……細かっ!イチイチそんなとこ見てんの?面倒な女!」
「なんだと?!」
「大体さぁ……そんな繊細風なこと言うけど……アンタ布団がグッチャグチャでも平気で寝るよね?」
彼は食べ方は汚いが、布団はピッとなってないと嫌な人だ。
逆に私は布団が毛布とズレていようが、布団カバーが布団とズレていようが、眠ければ、寝る。
ピッとなっていた方が気持ちがいいのはわかっているが、眠気優先なのだ。
「私のアレは誰にも迷惑かけてないもん! だが米はどうだ!? 何粒もの7人の神様が貼り付き、水道水によって浮かされた挙げ句に下水へと流れていくんだよ?! 嗚呼……哀れな神々よどこへ行く……」
「……下水じゃん?」
「そんな事は今聞いてないんだー!!」
「不条理!」
その日は別々に寝た。
どのみちどこでも寝れるので、あんまり関係ない。
布団が炬燵に代わっただけである。
炬燵の中で私は真剣に考えた。
(……別れよう)
次は米粒をキチンと食べる人を選ぶのだ。勿論千切りキャベツや味噌汁の麹を中途半端に残さない人を。
スープバーのスープの具だけ残す輩とかは、論外である。だったら最初から具をすくうべきではない。
すくったのに、救われない、具の運命……これや如何に。
彼は私よりも出勤時間が早いので、起きると既にいなかった。
炬燵で寝ていた私の身体には、毛布。
「……なんだよ、もう」
釈然としない気持ちでそのまま二度寝する。……フテ寝とも言う。
そんな私に、夢の中で7人の神様らしき方々は言った。
「諸行無常なり。 諸行無常なり」
排水溝とおぼしきブラックホールに吸い込まれながらも、アルカイックな笑みを口許に湛えている。
「……うん。 意味わからん」
起きた。
意味がわからんのもあるが、そろそろ起きないと不味い時間だからである。
……ただそれだけだ。
電車の中で、『諸行無常』をググった。
わかるような、わからんような……
宗教はこれだからイカン。
(そういえば米の神様は、どういう括りで神様なんだろう……)
日本には沢山神様がおわすのだ。
八百万の神って言うし、貧乏にすら神様がいるという。
八百万も神様がいるのなら……そりゃーもう、諸行無常もいいとこだ。
時代によって、増えたり減ったりしてんのかもしれない。
その日、彼はケーキを買ってきた。
よくわからないままご機嫌取りを行うあたり、非常に彼らしい。
夕食はパスタにした。
「……パスタにも神様はいるのかな?」
麺類なら綺麗に食べれる彼は、自らそんなことを口にする。
「さあね、いるんじゃないの」
きっと、布団にもいるに違いない。
布団の神様が。
ケーキを食べて、その日はベッドで寝た。
──ピッとした布団で。
その日も夢を見たような気がするけど、覚えてはいなかった。ただ多分、布団の神様は出てきていない。……そんな気はする。
ケーキが美味しかったのと、ピッとした布団の気持ちよさ。
先の事などわからないが、この先も彼の食べ方は汚いに違いない。布団がピッとしてるのは今日だけだ。
でもまあ……ケーキは美味しく、ピッとした布団は気持ちがいいのだから……とりあえずは、それでいいのだった。
諸行無常なので。
布団の神様もやっぱり、アルカイックに笑うのだろう……
そんなことを思いながら。
眠る。