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シトリアの街

「ご協力ありがとうございます、マダム・グローリア。最近は人間絡みのトラブルはめっきり減ったんですがね。まあ、それでも貴方のような善良な市民がいてくださるおかげで、私共の仕事もなんとかなるというものです」


「フン、世辞はいらないよ。あんたの話は長くなるからね。そいつを連れてさっさと帰んな」


 翌朝少女に叩き起こされ、言われるがまま家の中まで着いて行くと、昨日の女性がでっぷりと太ったカエルと話していた。いや、正確にはカエル男とでも呼ぶべきか。シルクハット風の帽子を被り、俺のよりも質の良さそうなスーツらしき服を着て、長い足を折り曲げて椅子に腰掛けている。


「なあ、この世界ってのはあんなのばっかりか?」


 俺は小声で少女に問いかけるが、少女はだんまりだった。客人の前で余計な口はきけないといったところか。


「では、念のためこちらの書類にサインを。……はい、結構です。じゃあ君、行こうか。歩けるかい?」


 カエル男に笑顔で話しかけられ、俺は適当な相槌を打った。フレンドリーな口調ではあるが、その目は少しも笑って見えない。まるで人の家に迷い込んだ馬鹿なペットを見るような目。


「あの、グローリアさん。お世話になりました」


 玄関から出る際に、もう一度だけ家主の女性に礼を告げた。決してよい待遇ではなかったが、恩人であるのは事実だ。


「ああ……」


 しかし女性から返ってきたのは生返事だけであった。厄介者がいなくなってせいせいするだろうに、その表情はなぜか暗く、まるで俺を憐れんでいるようにも見えた。

 横の少女に目を移すも、こちらも無言のまま。どうやら最後まで好かれなかったらしい。


「さあ、この荷台に乗って。街までは1時間程で着くから、大人しくしているんだよ」


 カエル男が荷台に積んである箱をどかす。どうやら俺は荷物扱いらしかった。俺が腰を下ろすと、すぐに馬車は進み始めた。結構な速度が出るため荷台が揺れ、乗り心地は正直最悪だった。


「しかし面白いねえ、枯井戸に落ちてたんだって? 水のある井戸だったら今頃死んでいただろうに、運がいいねえ。いや、悪いのかな? グェッ、グェッ」


「はは……」


 奇妙な声で笑うカエル男が話し掛けてきたので、愛想笑いで返す。


「珍しい格好をしているけど、どこから来たんだい? 今時()()()()()なんて見ないんだがねえ。どこか山奥の村から逃げてきたとか?」


「まあ、そんなところです。この辺りのことについて教えてもらえませんか?」


 俺の出自について深堀りされる前に話を逸らす。どうやら話好きらしいカエル男は、俺の様子など気にも留めずにベラベラと話始めた。


 ここがバロム王国と呼ばれる領土の一画であること。

 王都から離れた場所ではあるが、近くにシトリアという大きな港街があるため比較的賑わっていること。

 この馬車は街の管理局のもので、物々交換を終えてその街に戻るところであること。

 その途中であのハーフエルフ(ドワーフ?)の女性から通信を受けて俺を引き取ったこと。


 俺は話を聞きながら、いよいよ自分が見知らぬ異世界に来てしまったことを実感していた。


「あの、自分は街についたらどうなるんでしょうか」


「……まあ、着けば分かるよ」


 カエル男はそれだけ答えると急に無口になったため、俺は残りの時間を荷台の中で揺れと格闘して過ごす羽目になった。




「そら、戻ったぞう! 門を開けてくれ。今年のリンゴの質は程ほどってところだな」


「お疲れ様です!」


 話し声が聞こえたので、俺は荷台から頭を出した。シトリアの街とやらに到着したらしく、カエル男が門番らしき男と話している。街は立派な外郭に囲われており、この街の発展ぶりを感じさせるものであった。


「おや、その人間は?」


「ああ、途中でグローリアのばあさんから引き取ったんだ。庭に迷い込んでいたらしい」


「はあ、今時野良とは珍しいですね」


 門番の男と目が合う。立派な鎧を着ているが、そこから飛び出ている手足は灰色の毛にまみれており、顔は熊のように見える。獣人というやつだろうか。


「これも管理局の大事な仕事さ。このまま商会の検品所に行くが構わんかね?」


「は、了解です。おーい、門を開けろ!」


 重々しい音を立てながら木製の大きな門が開く。俺は咄嗟にどうしてよいのか分からず、大人しく荷台に戻ることとした。

 俺はこの判断を、すぐに後悔することになる。



「へえ、確かにいただきました。北の村落でとれたリンゴが、10、11……12箱ですね」


「ええ、それとこちらも頼みますよ」


「へえ、野良人間のオスが一匹、と。」


 荷台から降ろされた俺は、街の様子を呆然と眺めていた。そこら中に商店や出店が並んでおり、さながら大市場といった様子であった。だが俺が気になったのはそこではない。


 人間が、いない。


 正確に言えば、『普通の』人間がいないのだ。さきほど見たような獣人や、青い鱗に包まれたトカゲのような男、背中から昆虫らしき半透明の羽根の生えた女、後頭部が異様に膨らんだ老人――その光景に眩暈がして、俺は思わず首を振った。


「さて、私は管理局に戻るとするよ。人間のキミ、()()()()()()()


 カエル男が再度馬車に乗る。荷物を数えていたネズミのような男がこちらを向いた。


「お気をつけて! ……さて、じゃあアンタだ。こっちへ来い」


 検品所とやらにいた男と目が合う。その姿はまるで人間大のネズミだ。それも絵本に出てくるような可愛らしいものではなく、薄汚れたドブネズミ。


「そうそう、いい子だ」


 奇妙なほどの優しさを向けられることに違和感を憶えつつも、俺は大人しく着いて行った。何せ右も左も分からない異世界なのだ。揉め事はなるべく避けるべきだろう。

 そんなことを考えていると、徐々に周囲が薄暗くなっていくのを感じた。どうやら市場からは離れているようだ。


「あの、どこに向かっているんですか?」


 ネズミ男に尋ねるも、男は何も答えない。そのまましばらく進むと、赤い垂れ幕のかかった店の前に着いた。


「さあ、ここだ。キミは()()から、自分の足で入れるだろ?」


 ネズミ男が幕を上げるとそこには――大きな檻の中に、すし詰めにされた人間達がいた。


「――――」


 俺は思わず絶句する。店だと思ったのは間違いだった。いや、この世界では間違いではないのだろう。さながらこの店は『人間屋』、檻の中にいるのは『商品』といったところか。

 ふと、中にいる男と目が合った。


「あ、あ……」


 その目は絶望感からか、深く濁りきっている。しかし先ほどまで目にしていた異形の者達と比べると、彼らの外見は悲しい程に、俺と同じ人間だった。


 ようやくこれまで感じていた違和感の正体がわかった。あのエルフの女性の憐れむような眼差し。俺が礼を述べたときの怪訝な表情。そしてカエル男やネズミ男の笑みの意味。あれは友好的なものではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()を見る目だ。


「――っ」


 声にならない声をあげ、俺は全力で走り出した。


「おい、逃げたぞ! 捕まえろ!」


 ネズミ男の怒声が聞こえる。賢いと思っていた豚に逃げられて、さぞかし頭にきただろう。だがこちらはそれどころではない。後ろを振り返ると、複数の大柄なネズミ男達が追ってきていた。


 人ごみを掻き分けながら、無我夢中で走り続ける。出店の間を駆け抜け、いくつかの商品をひっくり返すたびに、後ろから悲鳴と怒声が上がった。


 途中、聞きたくもないのに店の主と客のやり取りが耳に入った。あのネズミ男と同じように人間を売っているのであろうゴブリンの店主と屈強な竜人の会話。人間の部位を素材として使うのであろう魔女達の会話。俺はあまりに現実離れした光景は、まさしく悪夢そのものであった。


 そのまま走り続けて、先ほどのような大きな市場に出た。店にかかっている看板が目に入る。


 『人間を買うならコチラ! 家事、ペット、その他各種取扱いあり!』

 『焼肉処 牛・豚・人・鶏・いずれも食べ放題!』

 『   眼   専門   』


 人外の者達で賑わう道の真ん中で、俺は膝から崩れ落ちた。

 もう、限界だ。

 もしかして俺は既に死んでいて、ここは地獄なのではないか――そんな俺の思考を現実に引き戻したのは、キャンキャンと吼える犬の声だった。


「道のど真ん中で座ってんじゃねえ! このお方をどなたと心得るか! 清廉にして偉大なるアルテミシア家当主、セーレ・アルトマリア様であるぞ!」


 俺が目を上げると、そこには――

 犬頭の男の後ろに、この地獄のような場所に似つかわしくない、可憐な少女が立っていた。

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