訓練
あの闘技場での騒ぎから数日。俺はこの世界に来てようやく、仕事らしい仕事をしていた。
「はぁッ!」
一人のメイドが、豹を思わせるしなやかな動きのまま、手にした槍を俺の首元目掛けて一直線に突き出す。相手の急所を狙った素早く的確な一撃ではあるが、俺にとってはその限りではない。俺は突き刺さった槍を気にも留めず、彼女の手元を模擬刀で打ち据えた。
「ぐっ!?」
予想外の反撃を受けたメイドが呻き、武器を取り落とす。彼女は観念したように溜息をついた。
「……はぁ。アタシの負けよ」
両手を挙げて降参のポーズをとる。俺は自分の首から槍を引き抜きながら言った。
「どうも。必殺の一撃を狙うよりも、手足の先を少しづつ削っていく戦法の方がやり辛かったな」
「はぁ……槍がぶっ刺さって死なない奴なんてそうそういないわよ」
「それは尤もだが、そういう相手と戦うための訓練だ」
「……生意気。元人間のくせに」
俺に与えられた仕事、それはメイド達の訓練相手だった。正確には、その中でも『戦闘要員』の相手である。彼女達はその腕を見込まれてセーレが雇ったのであるが、
『せっかく不死身の相手がいるんだから、実戦形式で訓練した方が効率的だろう?』
という主の心無い命令によって、俺はひたすら彼女達の相手をしているのだった。
メイド達は最初は大いに喜んでいた。本物の武器で、しかも相手を殺してもよい(実際は死なないのだが)とくれば、よいストレス発散になると思ったのだろう。事実、初日は何度も殺され、復活を繰り返すたびに気分が悪くなったものだ。
「さあ、次」
しかしそれも過去の話だ。俺はメイド達の容赦ない攻撃を浴び続けながらも、徐々に魔力強化による戦闘、そして死徒の不死身という特性を活かした戦法を身につけつつあった。人間、死ぬ気でやれば大抵のことはなんとかなるものだ。
最初は嬉々として俺を殺していたメイド達も、俺が簡単に死ななくなったのでムキになり、今では相手をするのに順番待ちができる程であった。
「次、お願いします」
黒髪のポニーテールのメイドが名乗りを挙げた。その幼い顔立ちに似合わない、まさしく武人といった振る舞いだ。
「行きます!」
声と同時に、メイドが地を蹴った。先程の獣人よりも小柄だが、速さはそれ以上だ。地面スレスレから俺の懐に潜り込み、両手に持った双剣で斬り上げる。
「ハァッ!」
(ぐっ!)
俺は咄嗟に模擬刀でガードするが、防いだのは片方だけだ。残る片方が俺の腹部を切り裂き血が舞った。
「いいぞー! リン! そのままやっちゃえ!」
外野のメイド達が囃し立てる。だが相手のメイドは気にかける様子もなく淡々と、俺から距離をとって双剣を構えた。
「やるな。今日の中では一番だ」
「……」
揺さぶりをかけようとするが、何の反応も示さない。こういう冷静なタイプが一番戦い辛いものだ。切り裂かれた腹部からは血が止まり、再生する際の白い煙があがっている。
「フッ!」
そんな俺の様子を見てか、再び距離を詰めてくる。彼女の技量は圧倒的に俺に勝っていた。不規則な双剣の軌道は簡単に見切れるものではなく、しかも一撃加えるごとに距離をとられるので反撃も出来ない。うなれば俺に出来ることは一つしかない。
(ふう……)
俺は深く息を吐くと、メイドに向かって猛然と突撃した。苦肉の策だが、短期決戦しか勝ち目がないのは事実だ。そんなこちらの考えを見透かしているのだろう、メイドの少女は薄く笑みを浮かべた。
「ッ!」
俺が全力で振るった模擬刀は、双剣の片方であっさりと防がれた。メイドはそのまま距離をとろうとするが、ここで逃がしたら勝ち目はない。
そのまま力を込め、なんとか接近戦に持ち込もうとする。一応は魔力で強化された肉体だ、単純な力比べならこの小柄な少女に劣ることはない。
だがそんなことは相手も理解しているのだろう。俺の死角から剣が振り上げられ、模擬刀を持っていた俺の右腕の、肘から先があっさりと千切れ飛んだ。
「私の勝ち、です」
勝利宣言をするメイド。その勝ち誇った顔に――俺は腕の切断面を向けた。
「……キャアッ!?」
返り血と白い煙を避けようとして、メイドの体勢が崩れる。俺は左手でその襟元を掴むと、その軽い体を地面に引き倒した。
「悪いな。どんな汚い手を使ってもいいと言われてるんでね」
静寂の中、なんとかそれらしい言葉をかける俺。そんな俺を睨みつけるように、メイドが顔を上げた。幸いなことに血はかかっていなかったが、その顔は恥辱と怒りで真っ赤だった。
「……覚えてなさいよ」
若干涙声のままそう言うと、メイドの少女は早足で去っていった。周囲のメイド達からの冷ややかな視線が痛い。
「汚い」
「サイテー」
「必死すぎてひくわ」
そりゃあ必死にもなる、こちらも何度も殺されているのだ――と弁明したかったが、おそらく擁護はされないだろうと思った。
その場から逃げるように立ち去ろうとした俺の背中に、場違いな野太い声が掛けられた。
「よう、奴隷らしい戦い方が身についてきたじゃねえか!」
声の主は、この屋敷の数少ないオスの奴隷、その中でもリーダー格の獣人の男――グレゴだった。
「どうだい元人間。オレ様にも試させてくれねえか? 死徒を斬る感覚ってやつをよ」
そういうとグレゴはメイド達を尻目に俺の前に立った。どうやらやるつもりらしい。この手の相手は何を言っても聞かないだろう。
「メイドの次は番犬の躾けか」
「ハ、言うじゃねえか」
両手に鉤爪を嵌めるグレゴ。
「ご自慢の爪は使わないのか?」
「これはオレ様の貴重な商売道具なんだよ、テメェみたいな半端モンにはこれで十分だ」
その後ろで観客に回っていた獣人の男達が声を掛けてきた。
「おい人間、簡単にくたばるなよ! ボスは闘技場でも札付きの選手だったんだからよ!」
それは初耳だ。グレゴの自信は虚栄ではないらしい。俺は模擬刀を構え直した。
「なるほどな。俺の先輩ってわけだ」
「そういうことだ。使うのはそんなオモチャでいいのかい?」
「十分対等だろう」
「ハハア、いい度胸だ!」
気がつけば先程まで騒いでいたメイド達も黙り込んでいる。この男が戦闘において信頼されていることは確からしい。
「行くぞ! 死徒の力、見せてみろ!」
グレゴと俺の地を蹴る音が重なった。
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