支配人
控え室に戻った俺を待っていたのは、先程の受付係のオークの男の、悲鳴のような声だった。
「申し訳ありません支配人殿! 私の目にはただの人間にしか見えず――」
「黙れこの無能が! 客から山のような苦情が来ておるのだぞ!? どう責任をとるつもりだ!」
案の定というか、オークの男は必死に頭を下げている。その相手である支配人と呼ばれた男も同じくオークであったが、二人の態度は対照的であった。
俺は関わらないよう迂回しようとしたが、支配人の男にその姿を目敏く捉えられた。
「おい貴様だ! 試合を滅茶苦茶にしおって! 一体何をした!?」
「……闘って、勝ったんですよ。それが何か?」
「ふざけるな!!」
激昂する支配人から罵声を浴びながら、どうやってこの場を収めたものかと考えていると、意外なところから救いの手が伸ばされた。
「ご苦労だったな、ケイ。初試合にしては上出来だ」
現れたのはセーレだ。当然隣にはソフィアもいる。わざわざ控え室まで迎えに来てくれたのだろうか。
「どうせ捕まってると思ったよ。さ、帰るぞ」
「お待ちくださいアルテミシア殿! どういうことか説明をいただきたい!」
支配人の男が怒鳴りながらセーレに詰め寄る。ソフィアが咄嗟に間に入ろうとしたが、セーレはそれを目で制した。
「どうも何も。うちの奴隷は見た目よりは優秀だったと、それだけの話だろう」
「あれが奴隷!? 明らかに人間ではありますまい!」
「私は奴隷を参加させたいとは言ったが、それが人間だとは言っていない。実際うちには人間以外の奴隷もいる」
「し、しかし!」
「それとも何か? キミはまさかこの私に八百長を求めていたのかな?」
「ぐ、ぐぐ……」
支配人は怒りと屈辱で震える顔をセーレから背け、俺に向かって怒鳴りつけた。
「ともかく貴様の参加登録証は剥奪する! 二度と我が闘技場に出入りできると思うな!」
「はいはい」
俺は一向に構わない。不死身になったとはいえ、好き好んで来たい場所でもない。
「まあそういうことだ。ごきげんよう、支配人殿」
支配人を煽っているとしか思えないセーレの言葉を最後に、俺達は闘技場を後にした。
「ふざけやがって、チクショウが……どうしてくれるんだ……」
背後で呟く支配人の男に、少しだけ同情した。
「それにしても傑作だったな! あの観客達の間抜けな顔ときたら!」
上機嫌なセーレと並んで街を歩く。横にはソフィアもいるが、こちらはあまり愉快そうではない。
「お嬢様。これでケイが人間でないことは広く知れ渡るでしょう。お嬢様が死徒化の儀を行ない、魔力を消耗していることが露見するのも時間の問題ですよ」
「そうなっても、キミが守ってくれるのだろう?」
「それはそうですけどね……。ケイ、貴方もお嬢様の肉盾ぐらいにはなって貰わないと困りますわ」
「努力はしますよ」
「お嬢様を狙う者は多いのですから、一刻も早く死徒としての力に慣れなさい。それこそ死ぬ気で」
噴水のある広場に差し掛かったとき、セーレが笑顔でこちらに振り返って言った。
「ふむ。それならやはり、実戦が一番だな」
「闘技場は追い出されたばかりですよ?」
「何を言っている、丁度いいのがいるじゃないか――ほら、そこに」
セーレの視線が俺の背後に向けられる。俺も振り返ると、薄暗い路地裏から何名かの武装した男達が現れた。尾行されていたのか。
「手が早いことだ。あの支配人の兵隊か?」
「……答える義務はない」
先頭にいるリザードマンの男が口を開いた。その後ろには獣人、魔物等……10名程度はいるだろうか。
「ほらケイ、実戦だ。しっかり私を守ってくれよ?」
「……スパルタなお嬢様だな」
まあ、死徒には相応しい仕事だろう。それにこの能力に早く慣れたいというのも事実だ。俺は襲撃者達に向き直り、精一杯挑発的に言った。
「じゃあやろうか。化け物同士な」
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