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再びの目覚め

 何もない空間に、意識だけが浮かんでいるように感じた。眠りに落ちる寸前のような感覚の中で、俺は自然と、自分という人間が歩んできた道について振り返っていた。

 己の人生に諦観を抱いたのは、いつからだったのだろうか。勉強、運動、人間関係――その内の幾つかで成功を得て、同じ数だけ失敗してきた。

 それも仕方の無いことだ。どんなに頑張っても報われないことはある。その不条理を覆そうと努力するよりも、『そんなものだ』と受け入れてしまった方が、圧倒的に()()()()のだから。

 そこまで考えたとき、ふと自分の中に疑問が沸いて出た。


 ――だったら。なぜ家畜に甘んじることなく、死を選んだのか――



    ◆     ◆     ◆


 花の香りで目を覚ました。豪華な部屋に寝心地の良いベッド。ああ、今度こそ天国にきたのだろうか。

 そんなことを寝ぼけた頭で考えていると、聞き覚えのある冷たい声が掛けられた。


「ようやくお目覚めですか」


 長い銀髪に冷たい瞳――メイド長のソフィアだ。

 いや待て、なぜ彼女がここにいるのか。俺はあの獣人にズタズタにされて死んだ筈だ。あれは夢だったとでもいうのか。どうせならこの世界に来たこと自体が夢であって欲しかったのだが。


「意識はあるのでしょう? 返事をなさい」


「え、あ、はい」


 状況が飲み込めずにいる俺だったが、目の前にいるソフィアの気迫に圧されて返事をしてしまった。彼女はそんな俺の様子を見て、失望とも安堵とも取れぬため息をついた。


「どうやら契約は無事に完了したようですね。さあ起きたのなら早く立ちなさい、貴方は正式にお嬢様の下僕になったのだから」


 契約? 下僕? 俺は言葉の意味を反芻するが、全く理解できない。しかしソフィアの機嫌がとにかく悪そうなので、大人しく従うことにした。

 俺は彼女に連れられて来たのは、初めて訪れる部屋だった。


「お嬢様、ケイが目覚めました」


「ああ、入ってくれ」


 中からセーレの声がして、ソフィアが扉を開けた。そこはどうやらセーレの寝室らしく、豪奢なベッドから半身を起こしたセーレは、分厚い本を手にしたままこちらを向いた。


「おはよう、ケイ。気分はどうだ? 生まれ変わったように爽やかかな?」


「……なんとも、ありません」


 そう、本当になんともないのだ。地下室でログとかいう獣人に痛めつけられた傷も嘘のように消えている。


「俺、どうなったんですか? ログに殺されて喰われた筈じゃ?」


「気が変わったんだよ。キミの無様な――いや、立派な死に様を見てね」


 セーレは俺の困惑する様子を楽しむように、意地の悪そうな笑みを浮かべたまま言葉を続ける。


「確かにキミは一度死んだが、私と契約して蘇ったんだよ。魔族の忠実なる下僕、死徒(しと)として」


「……」


 言っていることが何も理解できない。一度死んだのに無理やり生き返させられた、それも下僕とにするために?


「人間として死にたいと言ってたけど、残念だったね。キミは私が与えた魔力が切れるまで、()()()()その身を粉にして、私のために尽くすんだよ」


「……何故そんなことを」


「何度も言わせないでくれよ。気が変わった、それだけさ」


 駄目だ、話が通じない。だが一つ確かなのは、俺の悪夢はまだ続いているらしいということだった。


「身体も安定しているようだし、明日からでも働いてもらおう。人間を辞めた死徒としてね。だがまずは、自分の現状について認識するべきだな」


 セーレが手にしていた本を手渡される。ボロボロになった表紙は年季を感じさせるものだった。


「そこには死徒の特性が書かれている。大体の疑問はそれが解決してくれるだろうさ」


 そう言うと彼女はベッドに倒れこんだ。


「ああ、やっぱり調子が出ないな……ソフィア、今日はもう寝るぞ」


「かしこまりました。さあお嬢様がお休みになられます、早急に部屋を出なさい」


 結局まともに話が出来ないまま、俺はソフィアに部屋を追い出された。

 俺の身に何が起きたのか、この本を読めば少しは理解できるだろうか。俺は自分が寝ていた部屋に戻ると、その分厚い本に目を通し始めた。




 しばらくして、扉がノックされた。どうぞ、と声を掛けると、入ってきたのはあの猫耳メイドだ。彼女は俺の顔をしばらく見つめた後、「はー、本当に生きてる」と言って、手に持った食事を机に置いて近づいてきた。


「まさか人間(あなた)を死徒にするとはねえ。お嬢様の考えることはさっぱりだわ」


 俺の周囲を回りながら、しげしげと観察する猫耳メイド。その不躾な態度は以前と同じものだった。


「どうもそういうことらしいです」


「死徒を見るのは初めてだけど、人間として生きていた頃と全く変わらないのねえ」


 そう、俺が一度死んだのは間違いないらしい。俺は読み進めていた本の内容を思い返していた。


『死徒とは、魔族の手によって産み出された、死したる下僕である』

死霊遣い(ネクロマンサー)との一番の違いは、その儀式の工程で膨大な魔力が必要とされる点と、その肉体にどれ程激しい損傷があろうと、注ぎ込まれた魔力が尽きるまでは何度でも蘇る点である』

『また、素体は絶命した直後の魂が抜け出ていない状態が望ましい。魂が失われて久しいほど記憶や人格は不完全な――――』


 そんな俺の様子を気にすることなく、猫耳メイドは俺の顔や腕を指でつつき回していた。


「でも、人間の死徒なんて何に使うつもりなのかしら?」


「さあ、俺にも何が何だか」


「案外、実験材料だったりして」


 猫耳メイドが意地の悪い笑みを浮かべて言った。そこは俺も気になっていたところだった。

 この本の内容を信じるなら、俺は魔力とやらが尽きるまでは不死身の体になったらしい。先程セーレが言った『身を粉にして』とはそういう意味か。


「まあ、その辺はセーレ……様に直接聞きますよ」


「そっか。私も仕事があるからもう行くね。メイド長に見つかったら恐ろしいことになるもの。食べ終わった皿はそのままでいいからね」


 猫耳メイドは部屋を出る際に一度だけこちらを振り返った。


「良かったわね、生きてて!」


「――ありがとう。もう死んでるらしいけど」


 俺の苦笑いに応えるかのように、猫耳メイドが微笑んだ。

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