表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/28

二日目の夜

「あら、昨日の方。そういえば自己紹介がまだだったわね、私はマリーよ。今日こそお客さんとして来てくれたのかしら?」


「いや、そうではないんですが」


「ふふ、冗談よ」


 彼女、マリーはそう言って笑った。花のような笑顔に、心が救われる気がした。


「――あの、よければ少しお話できませんか?」


 思えばこうして女性に声を掛けたのは初めてだ、と後から気づいた。マリーは一瞬キョトンとした顔をしたがすぐに笑顔になった。


「ええ、もちろん。店長、ちょっと休憩いいですか?」


「あいよー」


 奥から別の女性の声が答えた。中で軽くお茶でもしましょう、というマリーの提案に乗って、俺は店内に入った。


「で、どうしたのかしら。何やら暗い顔だけど」


 マリーの淹れてくれたハーブティーの香りに癒され、俺はようやく落ち着いた。


「今日はお遣いに行ってきたんですが、それがファーム・グラーネという所で」


「ああ、()()を見るのは初めてだったかしら?」


「……はい」


 俺は牧場にいた男達に言われたことを思い出していた。


「自分と同じ人間があのように扱われて、でも本人たちは幸せだと言っていて……いや、すみません。急にこんな話をされても困りますよね」


「ふうん。なんだか難しいこと考えているのねえ、貴方」


 マリーは特に気にした様子も見せない。この世界ではあれも常識の一つに過ぎないのだろう。だが俺はまだ納得していない。あれが本当にこの世界の人間の在るべき姿なのか。


「マリーさんも人間ですよね? こうして普通に働いている人間はあまり見ませんが」


「たしかに、そうね。私はたまたま花が好きで、そのおかげで店長に拾って貰えたの。まあ、運が良かったわね」


 そんな話をしていると、奥から店長らしき人物が出てきた。緑色の肌で下半身がツタに覆われた――なるほど、まさしくアルラウネだ。


「好きなんてもんじゃないさ。その娘(マリー)は花を育てる天才だったからねえ、ただの奴隷として使()()のは惜しいと思ったのさ。案の定よく働いてくれてるし、今じゃウチの立派な看板娘だよ」


「ちょっと店長、そんなに褒めないでくださいよ」


 マリーの照れた笑顔はやはり大輪の花のように美しく、今の俺にとっては眩しいものだった。

 才能。努力。それらが必要なのは元の世界も同じだ。そしてこの世界では、それに加えて膨大な『幸運』が必要とされるのだろう。

 俺は彼女達としばらく談笑した後、屋敷への帰路についた。




「おかえり奴隷君。牧場はどうだった?」


「知ってて行かせたんですよね」


「ああ、勿論だとも。キミには一つでも多くの選択肢をあげようと思ってね」


 屋敷へと戻りグラーネからの荷物を渡した俺に、セーレは悪びれもせずにそう言った。


「キミが何を思うのも勝手だけど、あれも立派な()()()()()の生き方だよ。人肉の需要がある以上牧場はこの街に必要な存在だ。もし牧場がなければ、人肉を食べたいものは自分の手で採るようになるし、そうなれば人間の()()()との諍いにもなる。あれが最も平和的で効率的な形なんだよ」


 セーレの言うことは正しい。俺があれを認めたくないのは自身が人間だからであり、心情的な理由に過ぎない。


「それでも、俺の思う()()()()()生きている人も街にはいました」


「ああ、あの花売りの小娘ね。何やら随分ご執心のようだが」


 俺より年下にしか見えないセーレが彼女を小娘呼ばわりしていることや、監視されていたことには今更触れない。


「あの娘はね、生まれ持った才能と血の滲むような努力、それに奇跡的な幸運でああして生きているのさ。それと匹敵するような何かが、キミにあるのか?」


 俺はまたしても何も答えられなかった。元の世界での知識や経験が、この異世界で通用するとは到底思えない。黙りこんでいる俺を見かねたように、セーレが言葉を続けた。


「じゃあこうしよう。明日の仕事はキャンセル。その代わり、キミには検査を受けてもらう」


「検査、ですか」


「そうだ。魔道適性検査。人間の中にも生まれつき魔法の適正がある者もいて、そうした者は魔道を修める魔術師を目指す。人間が人間を捨てて生きる一番()()な方法だ」


 なるほど、この世界の魔術師は元は人間なのか。しかし、俺に魔法の適正なんてものがあるのだろうか?そんな俺の胸中を見透かしたようにセーレは続けた。


「まあ私の見立てではキミに適正はなさそうだが、私も魔術師ではないからね? 案外一つくらい向いてるものが見つかるかもしれないよ。まあ、嫌ならいいけど」


「……いえ、やらせてください」


 俺は藁にも縋る思いだった。こうなれば生まれ持った奇跡の力に賭けるしかない。


「結構。ソフィ、明日の朝から適性検査にかけてくれ。夕方から客人を呼ぶからそれまでに済ませるように」


「かしこまりました」


 メイド長のソフィアは俺に目もくれずに事務的に答えた。

 こうして俺に与えられた最後の日の予定が決まった。これで魔道適正とやらがなければ、俺は明日の今頃には犬の餌というわけだ。


ご意見・ご感想などお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ