~神樹~
神樹の根本にたたずむ一人の翁は、こちらに気づき五族長に柔やかな笑みをしていた。ジルは翁の方に躊躇なく歩いていくのを五族長は後ろからついて行くのであった。
「この方が誰だが分かるかい?」
ジルの問いかけに五人の族長達は首を横に振る。初めて会う人なのだから知らないのは当たり前だ。
「知らない顔の為に争っていた諸君らは余りにも愚かじゃな。」
呆れ気味の表情をした翁にジルは申し訳なさそうに、連れて来てしまった事を謝罪した。
「すいません。やはり、私では彼らも納得できないので連れて来てしまいました。」
「いや、無理を承知で君に頼んだのだから謝る必要はないよ。我から話すとしようかの。」
「もしかして、元の姿に戻られるのですか?」
「しょうがあるまいてジル君。ちと、下がっていてくれるかいの。」
「短時間だけですよ。」
翁の身体が一瞬目を覆うほど光輝きだした。閉ざした目をゆっくりと開けてみると、そこには深い翡翠色をした巨大な竜が悠然と位置していた。
『初めましてじゃな。我は十大竜王が一角『翠蒼竜ニーズヘッグ』じゃ。よろしく頼むぞ、森の子らよ。我、自ら主らの問いに何でも答えよう。だが、その前に森での争いを今ここで終結すると誓ってはくれまいか?』
五人の族長とそのお供達は驚愕と同時にその場に膝をつき屈む。頭を垂れた者達の頬や額からは汗が滴り落ち、目から涙を滲ませる者までいた。小犬族以外の族長達がニーズヘッグの頼みに誓いを立てた。
『そうか。聞いてくれるか森の子らよ。ありがとう。』
「ニーズヘッグ、そろそろ御身に触りますから、人化してください。」
『そうじゃな。では戻るとしよう。』
翠蒼竜ニーズヘッグは、ゆっくりと竜の姿から人の姿へと変わっていった。人化してすぐにゴホゴホと咳こむニーズヘッグを座らせ、背中をジルは優しく撫でた。ニーズヘッグの身体が落ち着いたところで話を続けていく。
「聞きたいことがあるならば、聞いたらどうだ?」
ジルが族長達に聞いてみると、猿人族族長ダグラス=リングアンドアがニーズヘッグにたいして恐る恐る口を開けた。
「猿人族族長のダグラス=リングアンドアと申します。ニーズヘッグ様、御体が悪いのですか?」
「歳じゃからな。竜化は魔力の消費がキツくてな、最近では控えておったのじゃ。永き眠りについていたのも、そのせいじゃよ。」
「そうでしたか。我らの為とはいえ申し訳ありませぬ…。恐縮ですが、私からふたつ程お聞きしたいことが御座います。ひとつは、何故、森の住人でもないジル=ヴァンクリフを従者の一番席に指名されたのか。もうひとつは、何故今になってお姿を御見せになられたのか。お教えください。」
「うむ。ひとつ訂正しておくがジル君は我の従者ではなく見届人じゃ。我の寿命は神樹と共にあるのは知っていよう。いまも刻々と神樹の寿命が尽き欠けている。新たな神樹が芽吹くにはその種子に膨大な魔力を注ぎ育まねばならぬ。その役を出来るのは膨大な魔力を持つ者にしか頼めないのじゃよ。そして、新たな神樹が初めて実を結ぶとき、我の後継者が生まれる。運良くジル君と出会え、彼に神樹と後継者の事を頼んだところ快く引き受けてくれた。ダグラス、主が問うた答えはそういうことじゃ。」
「お待ちください、ニーズヘッグ様。魔力ならば我らにもあります。大事な後継者様も我らが大切にお育てしますゆえに考え直してはいただけませぬか?」
「辛いことを言うようだがの、主らの力では無理じゃよ。ここまで来る道中、主ら疲弊したであろう?神樹の影響でこの森の中央は一定以上の魔力が無い者は死ぬ事もある。知らぬだろうがジル君は、主らに魔力での防御壁をかけて案内してきたのじゃ。主らの魔力では神樹には一生たどり着けなかったじゃろうて。信じられぬなら、ジル君からの魔力防御壁を止めて試してみるか?」
「もちろんお願いしたい。宜しいかなジル=ヴァンクリフ辺境伯。」
「やめた方がいいって。」
「我らを見くびらないで頂こう。」
「ったく、しょうがない。ちょっとだけだぞ。死んじゃうから。」
渋々、ジルは指を鳴らし族長達にかけていた魔力防御壁を解除してみせた。その途端、小犬族以外の族長達や従者達は、空に押し潰される様に地面に這いつくばった。まるでその空間だけ重力が何十倍もあるみたいに。這いつくばる族長達が白眼をむき口から泡を吹き意識を失いかけそうになった直後、ジルは直ぐ様、防御壁を張り直し大事には至らなかった。
「言わんこっちゃない………。大丈夫か、お前ら?」
ダグラスはかろうじて膝をつき立ち上がろうとするが、後の者達は立つことさえも出来ずに、その場から動けずにいた。
「ハァハァハァ……。な なんだ今のは………。」
「だから、やめとけって言ったのに……。」
「これで、わかったかの?ジル君は自らに魔力防御壁などかけずにこの場に立っているのじゃ。主らの気持ちは、有り難いが任せることは出来ん。次の神樹はジル君の計らいにより、ミーアのグランベル城へと行く。我がいなくなればこの森も争いは無くなり仲良く暮らせるだろうて。」
「くっ…………。そんな事……我々の存在意義が………。」
己達の弱さや未熟さゆえに、長年の夢さえも奪われ打ちひしがれる族長達だったのだが、ジルはこの者達に今後の方針とある提案をした。




