あなたをこれから騙します!
若干R15な表現?あります、あると思いますので…閲覧はご自身の責任でお願い申しあげます。
ゾフィー・レイバーヴェル男爵令嬢は覚悟を決めた。借金の返済のために、自分のために、家のために。そして何より、家族に不自由させないために。
「私!春を売ります!」
ゾフィーは覚悟を決めた。そうなったら、怖いものなんてもう何もなかった。
***
レイバーヴェル男爵家は辺境の、小さな貴族だ。しかし貴族とは言っても末端貴族で、かなり貧乏であり、平民や農民とさほど違いはない。
理由は色々である。
ゾフィーが幼いころはそこまで貧乏というわけではなく、そこそこ裕福であったが、父親と母親が旅行先での事故で亡くなったのをきっかけに貧乏まっしぐらとなった。いや、もしかしたら元々苦しい家計だったのかもしれない。それを知らなかったのは、ゾフィーの両親が出来た人たちであったということが言えよう。
両親が亡くなってからしばらくして、借金取りが屋敷にやって来た。まさかそんな事が起こりうるとは夢にも思わず、ゾフィーは己がいかに世間知らずの呑気な娘だったかを思い知った。
加えて、伯爵家に嫁にいったはずの姉が、子供二人を連れて戻ってきた。理由は姉の夫が愛人をつくり、その愛人に正妻という立場を与えてしまったからだ。これだけでも屈辱だが、愛人の子供を次期伯爵にすると宣言したものだから、姉はもうダメだと思い帰ってきたのだ…。
出戻りの姉とその子供二人。家計は圧迫するのが分かっているが、捨て置くわけにもいかない。ゾフィーは姉が大好きだったし、その子供のことも可愛がっていた。
さらにゾフィーには下に妹がいた。
この妹、生まれたときより体が弱く、社交界どころか外に出ることもままならない。両親が亡くなり、姉たちが戻ってきて、妹は病気。そして借金。悪いことが重なり、ゾフィーは不安しかない未来に絶望した。
だがゾフィーのよいところは前向きなところだ。悩んでも仕方ないと、早速行動に移すことにした。
まず初めに、雇っていた使用人を全員解雇した。これはとても心苦しかったが、節約生活をしなくてはならない事情は使用人たちもよく知っていたので、大きなトラブルにはならずに済んだ。紹介状を各々に渡し、家のことは自分でやるように努力をするようにした。料理や洗濯物など全く触れたことがなかったので最初は苦労したが、一年が経つ頃にはそれなりに上達もした。
あまり使っていなかった屋敷などは売り払い、少しでも足しにする。そういえば最近、果樹園も手放した。そのおかげで少しはお金が入ったが、そんなものは一時金。すぐに底をつくのは分かっていた。
定期的な収入を考えれば、何か仕事をすることが良いのだろうというのは皆理解している。だがゾフィーは二十年間、仕事と言える仕事などしたことなった。行き遅れの、落ちぶれ男爵令嬢など誰が雇ってくれるだろう?
姉のアンネは裁縫が得意だったので、キルトで作った布や刺繍を作っては町で売るようになったが、それもたかが知れている。しかもアンネはまだ小さい二人の子供のお守もしなくてはならないので、裁縫に集中できる時間はとても少ない。病気の妹・マリーはそもそも戦力外だ。
いっそのこと屋敷も全部売ってしまおうかと思ったが、病気のマリーが問題だ。自分は庶民としてボロい家で暮らすことが出来るが、体の弱いマリーをいきなり過酷な環境に移すことが躊躇われる。それに屋敷を売っても住む場所を借りるお金も必要なのだから売ったところでどっこいどっこいという結果。
「どこかのお金持ちの男性と結婚するとか…。いや、ないな…」
落ちぶれ男爵令嬢と結婚したいなどと誰が申し出るものか。ゾフィーはもう二十歳だし、それなりに可愛い顔をしているが、特別美人でもない。そもそも、この極貧状態で結婚ができるとは到底思えない。
あれこれ悩んだ末、ゾフィーは「春を売る」、要は体を売るという選択肢に辿り着いた。
亡き両親が聞いたら涙を流して止めただろうが、今のゾフィーにはどうだって良いことだ。家族を養う為に、お金が必要なのだから。ただし姉のアンネや妹のマリーには勿論内緒だ。止めてと言われるに決まっているから。
避妊だけはちゃんとしようと、自分の持っていたお金で薬を買っておく。病気にも注意したい。常に清潔にしておかなくては。体を売ると決めたからには、今から自分の体は資本だ。胸はそこそこある方だから、変に痩せないようにしなくてはならない。髪も艶々である方が望ましいだろう。
準備はばっちりだった。豪華すぎず、目立たないように、しかし男受けする服を選んで夜の街にくりだした。歓楽街のある方はあまり治安が良くないし、女一人で歩くのは危険すぎる。だが歓楽街の手前の街・カルディアならば、多くの店も建ち並び、夜でも明るいし、歩いている女性もちらほらいる。
それにそこには騎士団に所属をしている男性達の飲み屋もあるはずだ。上手くいけばそこそこ身分が良くてお金を持っている男性がつかまるかもしれない。そう踏んで、ゾフィーはカルディアへ足を運び、自分を買ってくれそうな男を探した。
売春をやるならば、本当は娼館で客を取る方が良いということはゾフィーも分かっている。こうやって個人で客を取るのは大変だし、性質の悪い男に当たってしまう危険性も高い。何かあった時に庇ってくれる人は誰もいなく、自分一人で対処しなくてはならない。
でも娼館に入ってしまえば、姉や妹たちと一緒に暮らすことはできない。それに売上の一部は店に持っていかれてしまうということを考え、危険が伴うと分かっていても、ゾフィーは一人で男を掴まえることを選んだ。
当たり前だがゾフィーには男の経験はない。家が貧乏だったから婚約者なんていなかったし、付き合った男もいない。勿論、好きだった人がいなかったわけではないが、成就した事はないのである。それでも男をオトす事には妙に自信があった。それはこれを逃したら一家で路頭に迷うという危機感からくる覚悟に他ならないのだけれども。
「……あの男…いいもの着ているわ…」
目の前を歩いている一人の男がいた。少しふらふらしているから、大方酒でも飲んで、その酔いを冷まそうと外に出たに違いない。腰に付けた剣から、騎士団に所属していると推測される。これはチャンスだとゾフィーはにやりと笑うと、狙いを定めた男に近づいて行き、わざと男の背後からぶつかったのだ。
「っ…!すまない…!」
「い…いいえ…!私こそごめんなさい…!」
男は黒い髪の美丈夫だった。背丈もあり、これは女にモテそうだとゾフィーは息を飲む。が、すぐに我に返って、男の腕にするりと自分の腕を絡ませた。
「お…おい……?」
「お願いです、今だけ恋人のふりをして下さい…!私、変な男に追われているのです……!」
嘘がするりと口から出る。しかし男はカッと目を開き
「何だと…!それは由々しき事態だ…!大丈夫か、何かされたのか?」
すんなりと騙された。うるうるとした目で男を下から見上げれば、男は声に詰まる。ちょろいものだとゾフィーは内心でほくそ笑み、男の腕を引っ張りながら誰も来ない路地裏へと誘導した。そして薄暗くじめっとした暗いその場所に男を連れて来ると、わっと泣き出した。
「ど…どうした!?やはり変な男に何かされたのか!?」
「ああ……!私、もう死にます…!生きていけません…!どうしたら良いのか分かりません…!」
「…どうした……何か辛い事でも?良かったら話してみてくれないか?私で良ければ力になる」
男と付き合ったこともないゾフィーだが、男は女の涙に弱いというのは「一般常識」だと知っていた。加えて縋るように助けを求めると、大抵の男は断らない。屋敷にいたメイド達はおしゃべりな娘ばかりだったので、ゾフィーは耳年増だ。
大粒の涙を流し、自分の体をぎゅっと抱きしめ、小さく震える。ゾフィーは人生で一番と言えるくらい、魂を込めた演技を続けた。
「私……!実は落ちぶれた貴族の娘なんです……!それをいいことに、私をまるで玩具のように扱った男がいて……!」
「っ……!な……なんと……!」
「嫌だと言ったんです!私は貴族で、落ちぶれたとは言え誇りを持っていますと!なのに‘お前にはお金もないだろう、馬鹿な女め!’と言って、男はまず私の財産を奪いました……!」
「……女性から金を奪うなどと……!卑劣な!」
「その後……!あろうことか……!わ、私を手篭にして……!」
「……!」
「もう…もう私、どうしたらいいのか……!いっそのこと、死んでしまいたい……!」
同情してくれ、同情してくれたら次に金をくれ…とゾフィーは心の底で叫びながら演技を続ける。目の前の美丈夫の男は、それはそれは苦しそうにゾフィーを見つめており、何て卑劣なと怒りを滲ませて言葉を吐き出し続けている。これは押せばあと一歩、ゾフィーは覚悟を決めると、ゆっくりと男の胸の中へ飛び込んで抱きついた。
「!?あの……お嬢さん……!」
「お願いです……!男に穢された私の体を…綺麗にして下さいませんか…。そして私を助けて下さい…」
「……っ……!」
「お願いです…ここで会ったのも何かの縁です…。それに…あなたなら……この身を任せても良いと思いました…」
「………」
本当ならば、お金を下さいとだけにしたかった。しかし初対面の男に金だけをせがむと怪しまれるということも知っている。まずは自ら身を差し出し、何も怪しい事はないと示さなくては男の警戒心を解けないのだ。特に相手は騎士団の人間だ。普通の男よりも警戒心が強いはず。世の中、本当に甘くないな…とついついゾフィーは溜息を吐きそうになった。
男はかなり躊躇していた。見ず知らずの女の身の上話をされた挙句、抱けと言われているのだから。あと一歩と思いつつも、もし断られたら色々と凹むなどと考え、さらに自分の体を男に押し付けた。
結果から言えば、男は誘惑に負けた。若く、それなりに可愛いゾフィーの泣き顔にやられたのだ。
ゾフィーは泣きながら、男を喜ばせる為の吐息を耳元で吐き続け、細い腕を男の首に回して痛みに耐えた。思ったよりもどうってことないんだなと感じつつも、慣れない演技を続けていたせいで疲労感がどっと襲って来る。目の前の男がお金に見えてしまうのはこの際仕方ない。お金の為に頑張るのだ!と己を鼓舞し続けた。
「……こんな事をして…あなたは救われるのか」
全て終わった後にその台詞を言うか、とゾフィーは突っ込みたくなったがそれは勿論口にせず。嬉し泣きをしながら、ありがとうございますと聖女のような笑顔を作ってみせた。
「私から望んだ事です。この穢れた体を、あなたに綺麗にしてもらいたかったと…。あの、ありがとうございました」
「……いや……その…あなたがいいなら…」
とか言いつつ、男は嬉しそうだ。男なんてちょろいもんだ、ゾフィーはにやりと笑う。こちらから身を差し出せば、大抵の願いは聞いてくれるのだから。
「あとは…どうやってお金を取り戻すかですけれど……。あなたのおかげで生きて行こうと思いました。ありがとうございます」
「…その盗られた金とやらだが…どうするのだ?あてはあるのか?」
「………」
「……ないんだな…」
わざとらしく困った顔をして視線を外せば、男の溜息。そしてゾフィーが願っていた台詞が来る。
「この金を使うといい。盗まれたものはなかなか取り戻すのが難しいからな」
「っ………!?」
そう言ってゾフィーの手の上に乗せたのは袋で、その袋の中には銀貨がどっさりと入っていた。一般庶民が扱う硬貨は銅貨で、銀貨は騎士団や貴族、それなりに給料が良い人達でないと扱えないものだ。ゾフィーも貴族ではあるが、ここのところ扱っていたのは銅貨ばかり。ゾフィーを抱いたこの男が何者かは知らないが、騎士でもそれなりに待遇の良い団に所属しているか、団長クラスの人間ではないだろうか。
「そんな…!いけません…!こんなに沢山!」
気持ちはウハウハで「してやったり!」と叫んでいたが反対の事を言ってみると、当然ながら男は首を横に振って笑った。
「いや、いいんだ。それこそ、ここで出会った縁だ。あなたのようなか弱き女性が酷い目に遭うのは…見ていられないからな。これを使いなさい」
男は見栄で生きている、故に女の前では格好をつけたがる!本当にこれだった。ゾフィーは色々と教えてくれたおしゃべりのメイド達に大いに感謝をしていた。
「ありがとうございます……騎士様。あなたに私は救われました…。感謝を申し上げます」
「……その…。また良かったら……会ってもらえるか?気になるしな…」
こちらからも願ったりだ。いい金ヅルを見つけたとゾフィーは喜んだ。
「はい、勿論です。私はエリザヴェーダと申します。あなたのお名前をお聞きしても?」
本名ではなく偽名を使うのは当然のこと。男はふわりと優しく笑って
「女神・エリザヴェーダと同じ名前なのだな。美しい」
と称賛まで下さる。
「私はセレスだ。エリザヴェーダは…次はいつここに来れる?」
「セレス様に合わせますわ。きっと私よりもお忙しいのでしょうから」
「…だったら三日後はどうだ?この場で」
まさかの一人目で掴まえた男でこんなにもお金が貰えるとは思っていなかったゾフィーは浮かれていた。次もこの男からどっさりと金を貰えるかもしれないと。そう踏んでニヤニヤが止まらない。
「はい、喜んで!セレス様!」
それからというもの、ゾフィーとセレスは逢瀬を重ねた。時には近くの店で食事をしたり、一緒に歩いたり、そして抱き合ったり。まるで恋人のような行為に、ゾフィーは次第に罪悪感を抱くようになった。
セレスは優しかった。聞けば年は二十二歳で、貴族出身ではないが王直属の騎士団に所属をしており、結構稼いでいると。家族は既に亡くなっており、自由気ままな生活をしているとも。だから特別お金の使い道もないからと言って、別れ際に必ずゾフィーにお金を渡してくれるのだ。
最初は、ゾフィーはそれを喜んでいた。いいカモが釣れたものだとホクホクしていたが、しかし会えば会うほどセレスの人柄を知って行き、自分がやっている行為がいかに浅ましく汚いかを思い知った。いや、自分も体を使っているのだからその対価としてお金を貰っているのだと思っていても、セレスを騙していることには変わりない。
「お願いですから……額が多すぎです…。こんなにいりません」
最初は嘘で言っていた遠慮の言葉も、今や本心に変わった。とにかくセレスがゾフィーに渡すお金が多すぎるのだ。ゾフィーの家族達はそのお金で不自由なく暮らしていけてはいるけれど、だからと言って必要以上に貰っては駄目なのだ。しかしそう言ってもセレスはにっこりと笑ってやめることはない。
「いいんだよ。私が渡したいだけだから」
セレスは優しくそう言うと、激しくキスをしてくる。そのギャップにゾフィーは頭がくらくらしてドキドキ心臓が早打つ。
「可愛いよ、エリザ…」
そして偽名で呼ばれる度にまた罪悪感でちくりと痛む。そんな自分の気持ちの変化に戸惑っていたが、もう気付かざるを得ない。ゾフィーはセレスの事を好きなのだ。いいカモだと思っていた男に、心を奪われてしまっていたのだ。
セレスに抱かれる度に幸せを感じてしまっていた。馬鹿な自分と己を罵るが、もうどうにもできない。セレスの首に腕を回し、きつく抱き締め、抱き締められると
「セレス……愛してる」
と言ってしまうのだ。その場の雰囲気に流されているということもあるが、そんな戯言を自分が言うなどと予想もしていなかったゾフィーはなぜだか泣きたくなった。
「……ねえエリザ。良かったら結婚しない?」
だからセレスからそれを言われた時、ゾフィーはすぐに返事ができなかった。
「………セレス…本気なの……?」
「うん、本気だけれど?それともエリザは、私と一緒になることは嫌だ?私は貴族でもないし、家族もいない一人身だから、そこを気にする?」
「そ…そんな訳ない…!私は…私こそ…没落した貴族で…」
「私は気にしないけれど。家柄とかね」
「………でも…私には家族が…」
「うん聞いたよ。お姉さんと、お姉さんの子供二人と、あとは病気の妹さんだね」
ベッドを共にしていると口も軽くなってしまうということか。ゾフィーはセレスに家族の事を話してしまっていた。今更ながら話してしまった事をゾフィーは悔やむ。そこも嘘をついておけば良かったと。
「お金を気にしているならば、そこまで心配しなくていいよと言っておくよ。言っただろう?私は王直属の騎士団で、それなりに稼いでいるよ。君たち家族を養う事くらいはできる」
「………そ…そこまであなたに負担をさせてしまうのは……」
「別にいいんだよ。私がそうしたいんだから」
「………」
「エリザ、私と結婚して欲しい」
優しくゾフィーの髪をすうセレスに、ゾフィーは泣いた。こんなにも気持ちの良い青年をずっと騙していたという罪悪感に押し潰されたのだ。もう嘘をつくことは出来なかった。それがセレスに対する、精一杯の誠意だ。
「セレス……ごめんなさい…!私、エリザって名前じゃないの……!本当はゾフィーって言うの…!あなたに嘘をついていたの…!」
驚く気配がセレスからするのを感じたゾフィーだが、告白を止める事をしなかった。
お金が欲しかったのだと、最初にセレスに近づいたのはそれが目的だったと。男に手籠にされたというのも嘘で、最初から売春目的だったと。家族を助けるために、自分の体を売ろうと決意したと正直に話した。
しかしいつしかセレスに心を奪われていた。セレスの優しさに惹かれ、抱きあう事に幸せを感じ、そしてお金を貰うことに罪悪感を抱くようになった。偽名で呼ばれることも心苦しく、そしてプロポーズまでしてくれるセレスに何もかも申し訳なくなったと。泣きながらゾフィーはひたすら謝った。
セレスは黙ってゾフィーの告白を聞いていた。沈黙が苦しかったが、この程度の事どうってことない。セレスを騙していた事に比べれば、何でもないとゾフィーは己を叱咤する。
「……エリザ…じゃなくて、ゾフィー、だね」
「……はい……セレス…」
「…ある程度は知っていたよ。君の事情」
驚いて顔を上げれば、苦笑しているセレスがいた。どうして、とゾフィーが問えば、最初に出会ったころのゾフィーの話は違和感があったし、嘘だろうと思ったとのことだった。
「嘘だと分かっていたのに…私を抱いて、しかもお金をくれたと言うの…!?」
「いや…まあそれはその…」
言いにくそうにセレスは頬を指でかいた。
「こっちも暴露しちゃうけれど…。あの時のエリザ…、ゾフィーは可愛かったよ。涙を溜めて、体を震わせて。酷い目に遭って可哀想だなとは思ったけれど、実を言えばただ単純に抱きたくなっただけなんだよ。言い方は悪いけれど、可愛い子が目の前にいるし、本人が抱けと言っているならばまあいいかー的なノリだった」
「……」
「だから罪滅ぼしでお金を渡したんだけれど…またお金を払えば、ヤらせてくれるかなって思ってさ…。私も最低だろ?ま、男なんてこんな事しか考えてないよ」
要約すれば、ゾフィーの体の方に興味があったと言う事だ。あっけらかんと言われて、ゾフィーは何も言えなくなる。
「けれど…まあ…ゾフィーと会ううちに…すごくいい子だなって分かって。家族を支えたいって気持ちは嘘じゃないだろうって事は分かったよ。だって家族の事を語る時は凄く生き生きとしていたからね」
‘ベッドを共にしていると口も軽くなってしまう’…ゾフィーは再び、セレスに家族の事を話した事を後悔していた。
「だからさ…私はゾフィーの事が好きになっていた。最初は体だけの付き合いでいいやと思っていたんだけれど…凄く、凄く好きになっていたんだ」
「……セレス……」
「だから私達はおあいこってやつだね。私に謝る必要はないよ、ゾフィー?私も君と出会った時は碌な事を考えていなかったんだし」
「……」
「……がっかりした?こんな奴で」
「……っ…!まさか…!そんな事…あるわけない!」
自分の方がもっと酷い奴だからとゾフィーが言えば、私の方が嫌な奴だよとセレスも言い返し、とうとう二人で笑い合った。始まりはお互いに酷かったかもしれないが、想い合う心は同じだということだねとセレスが言う。
「ああ、そうそう。もう一つゾフィーに言わなくちゃいけないことがあった」
「え…?何…?」
にやりとセレスが笑うと、ゾフィーは少しだけ緊張する。
「王直属の騎士団所属で平民出身、それは嘘じゃないんだけれど…。‘セレス’って名前は嘘なんだ、ごめん」
「!?え…!?」
「これもお互い様だね。だから偽名を名乗っていた事に対して、罪悪感を覚える必要はないから。私も同じだから」
とうとうゾフィーは脱力してしまった。自分は頑張っていたつもりだったが、どうやら最初からセレスに負けていたらしい。いや、罪悪感を抱いた自分はまともだ。何も悪いと思っていない節のあるセレスは、案外曲者かもしれないとようやく気付く。
「それで?ゾフィー。私はゾフィーと結婚してもいいと思っている。ゾフィーも私を好いてくれているんだろう?だからどうだい、結婚しないかい?」
「……っ…!その前に!あなたの名前を教えて下さいませ!まだ本名を聞いてないわよ!」
真っ赤になったゾフィーが人差し指でびしっと差すと、ああそうだったとセレスは笑った。私の名前は…と言ったセレスの言葉を聞き逃すまいとして、ゾフィーは身を乗り出す。セレスはその先を言わず、ゾフィーの腕を掴むと強く自分の方に引き寄せ、そして熱いキスをしてきたのだ。
「ん……っ!ちょ……セレス…!」
まだ名前を聞いていないと言っても、セレスは笑ってゾフィーにキスを繰り返す。ゾフィーがセレスから本名を聞き出すのは、この数時間後だった。