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六話 本当の幸いとは

 ジュースを買ってから部室に戻ってきた二人は、早速話し合いを始める。


「銀河鉄道の夜と『ベテルギウスの下で』の、類似点を挙げてみようか」


 (そう)が仕切り、部室の備品であるノートにメモを取りつつ話を進める。


「なんといっても『幸い』についてだよね。両作品とも『本当の幸い』がテーマになっている。そして、銀河鉄道の夜で主張したい『本当の幸い』は、おそらく自己犠牲の精神だと思うんだ。的場(まとば)さんはどう思う?」

「私も、んぐ、同じ、ごく、です」

「食べるかしゃべるかどっちかにしなさい。行儀悪い」


 スナック菓子をむしゃむしゃ食べる的場は、口に物を含んだままで話すという行儀の悪い真似をしていた。

 漱が注意すれば、ウェットティッシュで手を拭いてからぺこりと頭を下げる。


「すみませんでした。えっと、私も同じです。銀河鉄道の乗客は、天上に向かっていますよね。要するに天国です。天国に行けるのは自己犠牲の精神を持つ人かと。カムパネルラや黒服の青年たちは、自分を犠牲にして他人を助けましたし」


 自分のためではなく、人のために生きることが幸いだと言っているのだ。

 主人公ジョバンニの幼馴染であるカムパネルラは、河に落ちて行方不明になってしまうが、これは同級生を助けたためだ。ザネリという名前の子供で、ジョバンニをいじめるいじめっ子でもある。

 ザネリを助けたカムパネルラは、まさしく自分を犠牲にしてまで人を助けた。だから銀河鉄道に乗って天国へと行けたし、そこでは死んだ母親に会ったらしい記述もされていた。


 ジョバンニが銀河鉄道で出会う三人の人物、黒服の青年、六歳の男の子、十二歳の女の子の三人は、乗っていた船が沈没して命を落としたとされる。救命ボートに乗って助かろうとしたものの、小さな子供たちが乗っていたため、押しのけてまで助かることをよしとしなかった。

 こちらも自己犠牲だ。自分を一番に考えるなら、他人を押しのけてでも助かろうとしたはずだから。


「銀河鉄道の夜はこれでいい。自己犠牲の精神を持ち、人のために生きることが、本当の幸いだって言っている」


 人のために生きるのが正しいか間違っているかは、意見が異なると思う。

 綺麗事だと切り捨てる人もいるだろう。自分を犠牲にしたせいで悲しむ人はどうすると感じる人もいるだろう。


 実は、銀河鉄道の夜ではこの辺にも言及しており、同級生を助けて死んでしまったカムパネルラは悩んでいる。母親は許してくれるか、と。

 人助けのためとはいえ、自分の命を犠牲にしたことに罪悪感があるのだ。

 考えた末、母親はきっと許してくれるという結論に至る。本当にいいことをしたら一番幸せだから、と。

 つまり、自分で納得して人のために生きるべきだと主張したいと思われる。


「じゃあ、『ベテルギウスの下で』で主張したい幸いはなんだろう?」

「作中では、答えになるような記述はありませんよね。登場人物たちは、みんな悩んでます。好きな人と結ばれるのが幸せなの? 優秀な成績を修めれば幸せなの? って。普通に考えれば幸せなんですけど」

「全部、『自分の幸せ』だよね」

「ですです。銀河鉄道の夜とは正反対で、自分のことを考えた幸せです。伝説の先輩は、どのように考えていたんでしょうか?」

「やっぱり、他人のために生きるのが幸せ?」

「そこまで書かれていないから悩ましいです。他の幸せがあると主張したいのかもしれません」


 どちらの作品も同じテーマを用いているが、片方は結論が出ていて片方は出ていない。ここが焦点になる。


「俺や先輩たちが書いた続きだけど、テーマを意識してなかった。単純にハッピーエンドがいいと思って、全員を幸せにしただけだ。じゃあ、登場人物たちに考えさせて、正しいかどうか結論を出させればよくなるかな?」


 結論は同じでも、過程を変えようというわけだ。

 あっさりと結ばれました、成績がよくなりました、ではない。

 自分の幸せを追及するのが正しいかどうか悩んだ結果、結ばれたり成績がよくなったりする。


 この場合、自分が幸せになっているのだから、自己犠牲の精神を持つことは『本当の幸い』にならない。

 自分勝手に生きることが『本当の幸い』というのもイメージが悪いので、「自分が幸せになって初めて、他者を思いやることもできる」とかにすべきか。

 小説として一応の答えは出しているし、マシになると思った。


「それはどうでしょう?」


 しかし、的場は否定的だ。一口サイズのチョコレートを口に放り込み、甘い炭酸のジュースを飲みながら首をひねる。

 どうでもいいが、甘い物の組み合わせでよく平気だと感心する。漱はブラックコーヒーにしたのに。


小早川(こばやかわ)先輩、両作の共通点って、テーマ以外に何か思い浮かびます?」

「まずは星とか星座だよね。銀河鉄道の夜は、白鳥座や(さそり)座なんかの星座が登場している。『ベテルギウスの下で』は、言うまでもなくオリオン座だ」


 オリオン座は冬を代表する星座であり、『ベテルギウスの下で』も冬が舞台になる。冬空の下でオリオン座を見上げながら、各々の悩みを語り合う。美しい文体が情景を明瞭に思い描かせてくれる名シーンだ。

 ゆえに『ベテルギウスの下で』なのだろう。


「他は?」

「作品の内容というか、作者の文体? 伝説の先輩が宮沢賢治に影響を受けたんだろうけど、比喩表現が多いかな」


 漱が感じた共通点はこれだけだ。的場は他にあるのだろうか。


「性別についてはどう思いました?」

「性別? 誰の?」

「主要登場人物全員です。銀河鉄道の夜なら、ジョバンニとカムパネルラ。一応、いじめっ子のザネリもですか」

「男の子じゃないの?」


 漱は三人とも少年だと想像しながら読んでいた。

 名前からして男の子っぽく、ジョバンニとカムパネルラの一人称は「ぼく」だ。


「実は、作中で性別は明記されていないんですよ。男とも女とも」

「嘘!? 気付かなかった!」


 気付かなかったというか、気にもしなかったというか。

 初めから男の子だと思い込んでいた。


「本当です。まあ、私も男の子だとは思いますよ。一人称や作中での言動を見ていると、男の子っぽいです。挿絵のついた小説もありますけど、どれも男の子として描かれていて、女の子の絵は見たことがありません。カムパネルラは女の子の名前だって話もありますし、絶対とは言い切れませんけど」


 明記はされていないが、十中八九男の子ということか。


「では、『ベテルギウスの下で』はどうでしょう? 三人の性別は?」

「ジュンとアキラが男で、イオリが女」


 こちらは何度も読んだ作品なので、即答できた。

 が、答えてから不安になる。

 果たして、性別が明記されていただろうか。


「まさか、こっちも?」

「ご名答です。私も気になって読み返しましたけど、性別は明記されていません。男子女子、少年少女、彼彼女。このような記述は一切ありませんでした。これ、結構不自然だと思うんですよ」

「ジュンの一人称は『僕』、アキラは『俺』、イオリは『私』だったよね?」

「ひねくれたことを言いますけど、『僕』や『俺』と使う女子がいるかもしれません。実際に物語では見かけます。男性が『私』と使うのはもっと一般的で、社会人なんかはそうですよね。高校生でも背伸びしていると考えればありでは?」


 かなり無理はあるが、なくはない。


「部活は? ジュンはサッカー部で全国を目指している」

「女子サッカー部だってあります」

「恋愛は? アキラとイオリは好き合っている」

「同性愛者かもしれません。違うとしても、アキラが女子でイオリが男子かも。第一、名前も変じゃありません? 三人とも男女双方に使えそうな名前です。というか、イオリなんて元々男性名ですよ」

「男性名なの? イオリが?」

「私もうろ覚えの知識ですけど、確かそうです。カオリやシオリのような女性名に似ているので、混同されやすいって話だったかと」


 全然知らなかった。女性名だとばかり。

 性別が明記されていないことも、何度も読み返したのに気付かなかった。

 銀河鉄道の夜と同じく、完全に思い込んでいたためだ。思い込みとは恐ろしい。


「偶然とは思えないんですよ。性別不詳のジョバンニたち三人と、同じく性別不詳のジュンたち三人。三人という人数も合致していますし」

「銀河鉄道の夜を意識した?」

「だと思っています。そこに含まれた意図までは分かりませんけど、これだけ意識しているんですから、『ベテルギウスの下で』の結末をハッピーエンドにすること自体が間違いじゃないかと。過程の問題ではない気がします」


 メモを取るのも忘れ、漱は的場の話に聞き入っていた。

 先輩として立場がないが、新しい発見の連続だ。これだけでも、小説の完成に一歩近づいた気がする。

 ほぼ確実に、銀河鉄道の夜を意識して書かれた『ベテルギウスの下で』。

 伝説の先輩が作品に込めた思いはなんだろうか。それを知らなければ続きも書けない。


「ねえ、的場さん。星座の神話とかに詳しい?」

「神話ですか? すみません、あまり詳しくはありません。オリオン座なら、なんか凄腕の狩人だったってくらいは知っていますけど」

「俺と似たようなものか。ちょっと気になったのが、タイトルの『ベテルギウスの下で』なんだよ。なんでこんなタイトルなのかなって。俺は、登場人物たちが冬空の下でオリオン座を見上げているからだと思ってたけど」

「私もです。印象的なシーンですから」


 そうだ。印象的で美しいシーンだし、タイトルになってもおかしくない。

 おかしくないが、漱は以前から少し疑問に思っていた。


「『オリオンの下で』でもよくない? 『リゲルの下で』でもいい。リゲルはオリオン座の星の一つね。ベテルギウスと同じ一等星だし、ベテルギウスよりも明るいよ。タイトルとしてもふさわしい」

「ベテルギウスが有名だからでは? あ、だとすると、オリオンを使いますか」


 オリオン座は本当に有名だし、一定以上の年齢で名前を知らない人はほとんどいないのではないかと思う。

 ベテルギウスも有名だが、オリオン座には劣る。タイトルに使うのであれば、より有名なオリオン座を使うのではないかと思った。

 たいした意味はなく、語呂や雰囲気で選んだ可能性もあるが。


「ベテルギウスにまつわる神話とかを知ってれば、ヒントになるかなって」

「調べてみましょう。ちょっとスマホを使わせてもらいます」

「俺も調べるよ」


 調べてみれば、ベテルギウスの名前に関する逸話がいくつか見つかった。

 複数の説があるようで、巨人の腋の下という意味だとか、白い帯をした羊という意味だとか。あまり参考になりそうな内容ではなかった。

 それよりも、漱が気になったのは。


「冬の大三角か。そういえば学校で習ったけど、すっかり忘れてた」


 オリオン座のベテルギウス、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンの三つを線で結べば、巨大な三角形ができる。これを冬の大三角と呼ぶ。

 学校の授業でならったはずが、忘却の彼方だった。


「白鳥座のアルビレオが銀河鉄道の夜に登場したよね。おおいぬ座にもアルビレオがあるんだけど、つながったりしてないかな?」

「さすがにこじつけだと思いますけど。ベテルギウスから冬の大三角を連想し、おおいぬ座のシリウスに。そこから、おおいぬ座のアルビレオで、白鳥座のアルビレオ。無理がありません?」

「……あるね」


 自分の意見ながら、どう考えてもこじつけとしか思えなくなった。

 注目すべき点が間違っている。考え直そう。


「ベテルギウスって、近いうちに爆発するかもしれないんだ。あるいは、既に爆発しているのに観測されていないか」

「割と有名ですよね。天文には詳しくない私でも知っています」


 近いうちといっても、星の寿命の前では人間の寿命など一瞬だ。漱たちが生きている間に爆発するとは限らない。

 ひょっとすれば、明日にでも爆発するかもしれないし、不確定なのだ。


「爆発が近い星。寿命が近いってことだ。いつ死ぬとも分からない儚さを表現している?」

「ジュンたちは病弱でもなんでもありませんよ」

「人間なんて、意外と簡単に死ぬよ。交通事故でも天災でも」

「こ、怖いこと言わないでくださいよ。私は死にたくありませんし、小早川先輩にも死んで欲しくありません」

「怖がらせるつもりはなかったけど、ごめんね」


 若い身空で死にたがる人は少ない。自殺を考えるほど悩んでいる人なら別だが。


「また怖い話になって悪いけど、伝説の先輩は自殺を考えていた? あるいは、病気か何かで余命幾ばくもなかった?」


 だからこそ、自分自身とベテルギウスを重ね、タイトルに冠した。辻褄は合う。


「伝説の先輩は自殺を考えるような人なんですか? 美人だったって話ですよね? 私からすれば、それだけで人生楽しそうに思いますけど」

「美人には美人の悩みがあるんじゃない? 同性からの嫉妬とか、異性からの迷惑なアプローチとか」

「すみませんでした!」


 パイプ椅子に座っていた的場は、いきなり床に正座し土下座を敢行した。

 これに慌てたのは漱だ。


「ちょ、やめてやめて! なんで土下座!?」

「私は小早川先輩に喜んでもらいたかっただけなんです! まさか、自殺をお考えになるほどご迷惑だったとは!」

「違うから!」


 とんでもない誤解もあったものだ。発想が飛躍し過ぎている。

 漱が話題にしていたのは伝説の先輩のことだし、言った内容もただの一例だ。的場が迷惑だと言ったわけではない。

 読書家なだけあり、的場は行間を読むのがうまいというか、読み過ぎだ。


「め、迷惑じゃありません?」

「……迷惑じゃないよ」

「間がありました! やっぱりご迷惑なんですね! 優しいから私を気遣ってくれているだけです!」

「違うから!」


 困った後輩だと思っているのは事実なので、即答できなかったのがまずかった。

 小説の話をしていたはずが、的場への弁明で午前中は過ぎていった。

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