十七話 カップルが続々と
漱は、的場の母親に軽く挨拶だけをして、そそくさと家を出た。
もちろん的場も一緒だ。二人で部室へと戻る。
付き合い始めたとはいえ、即座に恋人らしく振る舞うにはお互い経験が不足している。手をつないだり腕を組んだりはせず、隣に並んで歩く。
漱はノートパソコンが入ったバッグを持っている。これを忘れては本末転倒だ。
「酷い目にあいました」
「割と自業自得だと思うけどね。正座する必要なんてなかったわけだし」
「星座だけに正座です」
「ごめん、意味が分からない」
「私、告白するつもりはなかったんですよ。漱先輩のことは結構前から好きでしたけど、後輩でいいと思っていました。今の関係を壊したくなかったので」
今の関係を壊したくないという意見には賛同できる。
漱も自分の気持ちを自覚した時、フラれてしまうのが怖いと考えた。
「告白が成功するとは思えませんでした。私じゃ無理だって。気持ちが変わったのは『ベテルギウスの下で』があったからです。夢の世界が舞台だと分かり、逃げてちゃいけないってなったじゃないですか。私も逃げるのはやめようと思いました」
「的場さんは強いね。立派だ」
「問題はシチュエーションです。いつどんなシチュエーションで告白しようかなって。今日は、漱先輩がちょっとでも意識してくれればいいなって思って、家にきてもらいました。そしたら、お母さんがいませんでしたし、ひょっとしてチャンスかなって。ここを逃せば次のチャンスもないかもって思って、勢いで」
「唐突だと思ったけど、計画的じゃなかったんだ」
「きっかけが『ベテルギウスの下で』なので、つまり星座です。だから告白の時も正座しました」
「その感覚はおかしいかな」
真面目なのか不真面目なのか、判断に困る。
もちろん、告白自体は嬉しい。漱から告白できなかったのは、男としても先輩としても立つ瀬がないと思うが。
「それより、お母さんに言わなくてもよかったの?」
的場は母親に対し、漱のことを部活の先輩とだけ紹介した。漱も付き合っているとは言わずに、的場に話を合わせておいた。
「どうせバレてますよ。気付かないふりをしてくれたんです」
「認めてもらえたってこと?」
「多分ですけど。お父さんだったら反対されていたかもしれません。私や妹のことを溺愛していますから」
「ご挨拶は当面なしでいい?」
根性のない発言をした漱だが、心優しい恋人は怒りもせず許してくれる。
「なしでいいと思います。私だって、漱先輩のお父さんやお母さんにはご挨拶できません」
「部長と先輩にはなんて言う?」
「ちょっと悩みますけど、内緒でいいんじゃないでしょうか。この辺の塩梅がまだ分かっていなくて、伝えるのが礼儀なのか、伝えると自慢しているように聞こえて失礼なのか」
「ケースバイケースだろうけど、内緒の方がいいかもね」
鷲尾崎はまだしも、狭間は彼女にフラれている。元が明るい性格なので落ち込んでいるようには見えないが、傷ついていないはずがない。
その狭間に対し、自慢げに彼女ができたと伝えるのは気が進まないのだ。
鷲尾崎が姉を紹介すると言っていたので、うまくいってくれれば漱たちの関係も教えようと思う。
「ところで、漱先輩。私たちはお付き合いを始めたわけですけど」
「うん、付き合い始めたね」
「恋人でしたら、お世話だってなんでもしていいですよね! 漱先輩をマッサージしたり、お弁当を作ったり、三度回ってワンと鳴いたり!」
「最後のはおかしい。どれだけワンって鳴きたいの」
「ニャーでもいいですよ。漱先輩は猫派ですか?」
「犬とか猫とかって問題じゃないから。彼女をペット扱いする男がどこにいるの」
「妹が言うには、男子はそういうのが好きだって話でした! 小動物チックな女子はモテると聞いたので、漱先輩へのアピールのつもりだったんです!」
「間違ってないけど、何かが決定的に間違ってるね」
小動物チックで可愛いと感じるのはあるかもしれない。
妹っぽいと感じる気持ちの派生だろうか。自分を慕ってくれる女子は可愛いと思うし、無下にもできない。
だからといって、本気で犬猫のように振る舞われても困る。
的場とバカな話しながら、二人はコンビニに寄った。昼食を買うためだ。
買い物後、部室へ。
「ただいま戻りました。長くなってすみません」
「小早川っ!」
挨拶をして部室に入るなり、狭間が漱に抱きついてきた。腰の辺りにしがみついているため、見ようによっては非常に怪しい姿勢だ。
「先輩、気色悪いです」
「的場さんに抱きつけるわけないだろ! 小早川しかいないんだ!」
「どうかしました?」
「鷲尾崎の野郎が裏切った!」
騒ぐ狭間を意に介さず、鷲尾崎は勉強中だ。変わった様子はない。
「とりあえず離れてください」
狭間を引きはがし、パイプ椅子に座る。
「で、裏切ったとは?」
「鷲尾崎は、ちゃっかり予備校で彼女作ってやがった! さっき電話かかってきて楽しそうにおしゃべりしてた! 裏切り者め!」
「部長に彼女が?」
いてもおかしくないが、受験勉強が最優先といった雰囲気があるだけに意外にも思う。
鷲尾崎の方を見れば、勉強する手を止めて説明してくれる。
「うむ、少し前から交際を始めた」
「彼女を作る気はないって言ったくせに、嘘つきが!」
「大学ではな。既にいるのだから、大学で改めて作る必要はない。今は、二人で同じ大学へ行こうと頑張っている最中だ。先ほども、僕が予備校を休んだため心配して電話をくれた」
狭間の罵倒に、鷲尾崎は冷静に答えていた。
納得していない狭間に驚いている漱、目を輝かせる的場と三者三様の反応だ。
「部長さん、よろしければ馴れ初めなどをお聞きしても?」
「きっかけは僕の名前だ。彦星という、両親を恨みたくなる素っ頓狂な名前」
「素敵なお名前ですよ。彼女さんも素敵だって言ったとかですか?」
「正反対だ。初対面の相手に名前をバカにされなかったのは、的場さんが初めてだと話したと思う。彼女には笑われてしまったが、むしろそれがよかった」
的場と鷲尾崎が話しているが、興味深い内容になったため漱も気になり出す。
名前を笑われたのがよかった。なかなか聞かないきっかけだ。
第一印象は悪かったが少しずつ仲を深めた、とかだろうか。
「予備校に通っているのだから、彼女も僕と同じく浪人生だ。受験の失敗が相当こたえたようで、余裕がなかった。必死の形相で勉強をしていたな。それだけなら僕も気にしなかった。僕とて他人を気遣う余裕はない」
冷たい発言にも聞こえるが、仕方ないとも思う。
一度失敗したのだから、次は失敗できないと考えるし、自分の勉強を最優先に考えるのは薄情でもなんでもない。
「ある時、彼女は僕の名前を知った。彦星という名前を。よほぼツボにはまったらしく、肩を震わせながら笑いをこらえていた。笑うのは失礼だという常識は持っているが、しかし我慢もできず、といったところか」
「部長はよく嫌いになりませんでしたね。かなり失礼な反応だと思いますけど」
「名前をバカにされるのは慣れているからな。おかしいと感じるのは止められないし、的場さんのような人は例外中の例外だ。我慢しようとしてくれただけ良心的であり、構わないと思った」
鷲尾崎は寛容な人間だ。嫌なことでも客観的に判断できる能力がある。
「それで、どうなりました? 続きを!」
「的場さんはやけに食いつくな」
「私も一応女子ですし、恋バナは大好物です!」
「ふむ、そういうものか。続きだが、後日になって謝罪とお礼を言われた。謝罪は名前を笑ってしまったこと。お礼は、笑わせてくれたことだ」
笑ったことを謝罪しているのに、笑わせてくれたことにお礼を言う。変な話だ。
「浪人が決まってから、全く笑わなくなっていたと。常に余裕がなく、頭の中は勉強で一杯だ。本人にも自覚はなかったそうだが、僕の名前を笑った時は、久しぶりに『面白い』という感情を抱いたと言っていた。そして、僕が彼女に惚れた」
「うおいっ! 話が飛び過ぎだ!」
ふてくされていた狭間から突っ込みが入った。
漱も飛び過ぎだと思う。途中まではいいが、最後の「僕が彼女に惚れた」のくだりは脈絡がない。
「ふむ、飛んだか?」
「飛んでるじゃねえか! どこをどうしたら惚れるんだよ!」
「理由はいくつかある。僕の名前でも他人の役に立てると教えてくれたこと。正直に言ってくれる誠実な人であること。切羽詰まった顔しか見ていなかったが、笑顔が素敵だったこと。僕から交際を申し込み、彼女も承諾してくれた」
「お前、すげえな」
「俺も思います。部長は凄いなって」
鷲尾崎は、ここまで積極的な性格だっただろうか。彼の全てを知っているわけではないが、今になって新しい一面を発見するとは思わなかった。
「余裕がなかったのは僕も同じだ。交際するようになり、心に余裕ができた。必死になるだけが最適解ではないと」
「ちょっと待ってください。あのスーツにマスク姿ですら、余裕ができた上での行動だったんですか?」
「心に余裕ができたことと、服装が乱れることは同義ではない。彼女も、独自性があって見事だと評価してくれた」
「評価してるんでしょうか。服装が乱れないのも正しいですけど、何か違います」
的場といい鷲尾崎といい、正しいのに間違っていると思わせる術に長けている。そんなわけのわからない技術に長けなくてもよい。
「服装はともかく、僕がここにいるのは彼女のおかげだ」
「的場さんに釣られたのかと思ったぜ。俺が電話した時は、勉強があるって渋ってたじゃねえか」
「狭間には聞こえなかったかもしれないが、あの時は彼女も僕の傍にいた。彼女と同じ大学へ行こうと勉強をしているのに、部活に顔を出すと言えるわけがない。心情的には協力したいと思っていた。的場さんを気にしたのは、交際相手がいるのに後輩の女子に会うのはよくないと思ったためだ。そこで、彼女が背中を押してくれた。後輩を助けてあげればどうかと。言うなれば、幸せのおすそ分けだ」
服装のくだりを横に置けば、心温まる話だ。鷲尾崎が言っていたように誠実な女性だと思う。
陳腐な表現になるが、人間は一人では生きられない。助けたり助けられたり、多くの人と関わりながら生きてゆく。
「くっそ、俺も幸せになりたい。鷲尾崎、お姉さんの紹介だが」
「分かっている。なんだったら、今から僕の家にくるか?」
「親友よ!」
さっさと話をまとめ、狭間と鷲尾崎は帰ってしまった。せわしない先輩たちだ。
「狭間先輩は、うまくいくでしょうか?」
「分からないけど、きっと」
うまくいく。根拠はないが思った。
狭間が鷲尾崎の姉と付き合うようになれば、三組のカップルが誕生する。
鷲尾崎と彼の恋人は浪人生で勉強があり、狭間は東京の大学に通っているためじきに向こうへ戻るが、できれば夏の間に六人で遊びに行ければいい。
「トリプルデートができたら素敵だと思いません?」
「俺も思った。そのためには、俺たちもやることをやらないとね」
いざ遊びに行こうとなった時、小説が書けていなければ安心して遊べない。
ちょっとしたご褒美があれば頑張れる。人参をぶら下げられた馬のようだとも表現できるが。
まずは、コンビニで買った弁当を食べて腹ごしらえだ。
やけに遠回りしたが、やっとのことで執筆を開始する。
書くのは主に漱の役目で、的場は横から口を出す。うまく書ける自信があるわけではないが、的場にいいところを見せたいと思った。
カタカタとキーボードを打つ音が部室に響く。漱の隣からは、これまでよりわずかに距離が近くなった的場の息遣いが聞こえる。
部室で二人きりだとやや緊張するものの、温かな気持ちの方が大きい。一人で小説を書いていた時とは違い、指も軽やかに動いてくれる。
作業をしていると、両肩に刺激があった。的場が肩を揉んでくれていた。
「手を動かし辛い場合は言ってください」
「……うん、気持ちいいからしばらくお願い」
少し悩み、マッサージをしてもらうことにした。
恋人だから。
「今度、俺もマッサージするね」
「無理です! 自分がする分にはいいですけど、されるのは恥ずかしいです!」
いつかと同じセリフを言った的場だが、漱はマッサージする気満々でいる。
先輩命令ではなく、彼氏としてのお願いを使おうかと。
的場は許してくれるだろうか。そんなことを考えつつ、小説を書き続ける。




