十三話 夢と現実
漱の姉からヒントをもらい、『ベテルギウスの下で』の秘密が明らかになった。
ファミレスから学校に移動した漱と的場は、臨時の部活動を行い、続きを考え始める。
「銀河鉄道の夜では、主人公のジョバンニは死者たちに出会った。現実では絶対に不可能で、夢の世界でなければ叶わない。それですら、最後は現実に戻った」
「銀河鉄道での経験により成長した状態で、ですよね」
「つまり、『ベテルギウスの下で』も同じだと思う。夢の世界で悩み、経験を積んで、現実に戻る」
現実に戻るあたりが、漱たちが書くべき続きになる。
とはいえ、いきなり現実に戻ってしまっては盛り上がらない。展開を工夫する必要がある。
「どういった展開にするべきか」
「その前に、伝説の先輩が書いた分を整理しておきませんか? そもそも、ジュンたちは夢の世界に肯定的なんでしょうか? 否定的なんでしょうか?」
「肯定的かな。否定的だとすれば、一刻も早く現実に戻ろうとするはずだ。夢の世界にとどまり続けているのが肯定的な証拠だと思う」
「となると、夢の世界にいればいいことがあるわけですよね。でも悩んでいます。なんでも叶う夢なのに、悩むのはなぜでしょう? もっと都合のいい夢にできるはずです」
確かに、そこは矛盾している。
夢なら成績優秀になればいい。全国模試で一位を取ればいい。
プロも注目するサッカー選手になって大活躍するとか、現役高校生でありながらワールドカップの代表選手になり日本を優勝させるとか。
無名校を甲子園に導いたエースどころの話ではない。もっとヒーローになれる。
恋愛だって、難しく考えなくてもよい。
的場は以前、性別が明らかにされていないことを理由に、アキラとイオリは同性愛者である可能性を指摘していた。仮にそうだとしても、夢の世界なら誰はばかることなく愛し合えばいい話だ。
ところが悩んでいる。夢の世界なのに、嫌な意味で現実的だ。
「三人しかいない夢というのがポイントではないでしょうか。サッカーを考えれば分かりやすいです。一人じゃサッカーはできません。チームメイトがいて対戦相手もいて、初めてサッカーができます」
「夢なら、そこも用意しておけばいいってこと?」
「はい。ジュンはプロ級のサッカー選手でチームの主役。監督やチームメイトの信頼も厚く、対戦相手からすれば脅威。そういう舞台を整えてこその夢です。悪い言い方をするなら、引き立て役が必要ですよね」
的場の言う通りだ。他者からの評価や称賛があってこそ、楽しいのだと思う。無論、それが全てとは言わないが。
「メタな視点で考えるなら、過剰なまでに都合よくするとリアリティがないと思った? いや、それなら現実的な範囲で夢を叶えるか。方法はあるんだし」
「ありますね。私だって、偏差値の低い高校に通えば学年一の秀才になれます」
「俺も同じだ。性格の悪いことを言うけど、周囲のレベルが低いと自分が格調高く見える」
「私の妹がテニスをしているって話しましたけど、チーム内じゃ一番うまいらしいです。当然レギュラーで、部長も務めています。でも、県内で見ればたいした選手じゃありませんし、全国レベルなら通用しません。その程度の実力なのに、チームが弱いから一番になれます」
これは現実的だが、少々夢がなさ過ぎる。全国大会出場程度にしておくのがベターだろう。
ワールドカップ優勝までいくと非現実的だが、全国大会出場なら問題ない。
「ジュンはサッカーで全国を目指しています。だったら、好きなように設定すればいいんですよ。強豪校でエースになってもいいです。漱先輩と狭間先輩が話していた野球みたいに、無名校を全国に導いてもいいです」
「分かる。現実では下手くそだとしても、下手くそだから夢に逃げ込むって考える方が自然だ」
現実では叶わないから夢の世界で。
こう考えると、ジュンが活躍できる舞台が整えられていないのは不自然だ。
「ジュンの夢じゃないから? アキラかイオリの夢だから、ジュンに都合よくなっていない?」
「それも違うと思います。アキラとイオリも悩んでいますし、友人ならジュンのための舞台も用意してあげるはずです。ジュンが幸せになり、アキラとイオリもラブラブで幸せ。誰も損をしない理想の世界です」
「そっちの方が、小説としても面白くなるね」
伝説の先輩は頭のいい人だったそうだし、小説を通じて教訓めいたことを伝えたいなら、夢の世界を楽しくすると思う。
夢の世界は楽しくて幸せだが現実に戻るべきだ、とする方が教訓になる。
あえて三人だけの世界にした理由はなんだろうか。
「単純な考えだけど、三人がいいから三人にした?」
要は優先順位の問題だ。
サッカーで活躍しようとすると、絶対に他人が必要になる。三人だけの世界にはならない。
両立不可能なものがあり、どちらを選択するか判断を迫られた結果、三人の世界を望んだ。
「ジュン、アキラ、イオリの三人は、他人がいらないんだ」
極端な考えではあるが、高校生くらいの年齢なら想像しても不思議ではない。
現に、漱の姉も言っていた。うざい親や嫌な先生がいると。
周囲を拒絶し、自分たちの殻に引きこもる。親友である三人のみの世界で十分だと考える。
「あり得ますね。というか、それくらいしか考えられません。まあ、これでも疑問点は残りますけど」
「恋愛や成績か」
「はい。三人だけでいいと考え、望み通り三人の世界になりました。大喜びで恋愛しますよね。成績なんて悩む必要もありませんよね」
「怖い、とか?」
「怖い?」
「夢から覚めるのが怖い。夢の世界は幸せだけど、幸せであればあるほど目覚めたくない。現実に戻れば、また恋愛や成績で悩む。すると、夢も素直に楽しめずに、恋愛や成績で悩んでしまう」
「三人自身、薄々勘付いているってことですか。夢の世界に逃げ込んでちゃいけないって」
「もしくは、永遠に続く保障なんかないって思ってるのかもね」
かなり読み解けてきた。正解に近付いている気がする。
「ここまでをまとめよう。『ベテルギウスの下で』は、夢の世界が舞台になっている物語だ。三人の登場人物は、三人だけの世界を望み、夢の世界ができた。でも、夢は夢。いつまでも続かないし、夢にとどまり続けるわけにもいかない。だから不安になっているし、悩みもする。こんなところでいい?」
「大丈夫です」
「具体的に誰の夢かは分からないけど、ここまでくると三人の夢だろうね。特定の誰かじゃなくてみんなの夢」
「三人が願い、生み出された夢の世界ですね。幻想的な作風に合っていると思います。タイトルにあるベテルギウスも、夢の儚さを表しているのかもしれません」
「以上が、伝説の先輩が書いた分になる。俺たちが書く続きは、これを解決しなくちゃいけない」
的場と意見のすり合わせもできたため、まとめた内容をノートに記載する。
ようやく漱たちが書く段階にまで進めた。
さて、どのような続きにしようか。
「どうしよう。さっぱり思い浮かばない」
「漱先輩、しっかりしてください。これからが本番ですよ」
「『ベテルギウスの下で』の秘密を明らかにしただけでも、割と満足しちゃって。むしろ、今の考察をまとめて発表するとか?」
「お茶を濁してどうするんですか。ちゃんと書きましょう」
「ちゃんとって言われても」
結末は決まっている。夢の世界に逃げていてはいけないと悟り、現実に戻る道を選ぶのだ。
結末につながる過程が考えつかない。
「いきなり『現実に戻ろう』ってなるのは変だ。『夢の世界にいてはいけない』って考えになるのも変だ。何かしらのきっかけが必要になるわけだけど」
「ジュンを使うのが手っ取り早いでしょうか。サッカーは一人じゃできません。そんなことは最初から承知の上でしょうけど、改めて思い知るんです」
「なるほどね。三人同時じゃなくて、順番にってことか」
「ジュンが気付き、アキラやイオリを説得しようとします。せっかく三人だけの世界になっていたのに、ここでほころびが生じます。アキラやイオリは、ジュンを責めます。人間の感情的に、絶対に責めますよ。痛いところを突かれたんですから」
夢の世界はいつまでも続かないと自覚している。いつ爆発するとも知れないベテルギウスのように、弱く儚いものだ。
だからこそ、ジュンの言葉が突き刺さる。素直に受け止められず、怒りの矛先はジュンに向かう。
親友だから許せないことがある。夢の世界を否定するジュンは、アキラとイオリにとっては絶対に許せない。
薄氷を踏むがごとく、ギリギリのバランスで成り立っていた関係が壊れ始める。
「ジュンはそこでリタイア? 一足先に現実へと戻る?」
「戻っても戻らなくても、物語は成立します。漱先輩はどっちがいいですか?」
戻る場合なら、アキラとイオリがジュンを拒絶すればいい。邪魔者になったジュンを夢から追放する。三人の夢なのだから、二人が拒絶すれば多数決で追い出したということにできるし、展開的にも無理なく進められる。
戻らない場合なら、単純に別行動だ。
「戻らない方がいいかな。深い理由はなくて、書きやすさの問題ね。ジュンがいなくなると、アキラとイオリは二人きりの世界で完結しそうなんだよ。いつまでも夢の世界で暮らしましたってなる」
プロの小説家なら、二人が現実へ戻る決意をするまでの展開を考えつくだろう。
漱ではうまく書けそうにない。
「じゃあ、戻らない展開にしましょう。三人一緒だったのが、二人と一人になります。その先が難しいですよね。ジュンが説得を続けるにしても、簡単に聞き入れるならもっと早く現実に戻っています」
「アキラとイオリの考えが、どのように変化していくかだね。とりあえず保留にしておこう」
そんなにポンポン案は出ない。
なんやかんやあり、アキラとイオリの考えも変わって現実に戻る。
「分かりました。夢から覚めて終わりにします? 現実での出来事も書きます? 私としては、夢から覚めて終わりにしたいですけど」
「その心は?」
「余韻を残したいからです。この先、三人は現実で生きていくんだってところで終わらせて、夢を叶えたかどうかまでは書かずに想像にお任せしますって」
「ありだね。大雑把な流れは完成したかな?」
「自己犠牲の精神はなくなっちゃいましたけどね」
「銀河鉄道の夜に寄せ過ぎるのもよくないよ。パクリって思われる」
「本当の幸いはどうします?」
「ファミレスで話してたやつでいいと思う」
夢の世界は確かに幸せだが、夢に逃げてもいいことはない。本当の幸いは、夢では見つからない。
このような感じだ。
「それだとずれません? 好きな人と結ばれるのが幸せなの? 優秀な成績を修めれば幸せなの? って考えてるんですよ」
「的場さんが言ったじゃない。余韻を残せばいい。それらが幸せかどうかは、この先の人生を生きる中で考え、答えを出していく。夢の世界にいたんじゃ答えの出しようがないから、夢から覚めるんだ」
「漱先輩、凄いです! オトナのオトコって感じがします!」
的場から尊敬の眼差しで見つめられると、漱もさすがに照れる。
偉そうに語っているが、漱はそこまで立派な人間ではない。あくまでも小説だから偉そうに言えるのだ。
照れ臭いので視線を合わさず、ノートに書き込むことに集中する。
伝説の先輩の分と、漱たちが書いていく分。両方が明確になった。
漱の手が止まっても、的場はまだ熱い眼差しのままだ。
「私なんか、夢の世界に逃げ込めるなら逃げたいって思いますよ」
「いや、俺も同じだよ。現実は嫌なことがたくさんある。辛いことも苦しいこともある。将来はどうしようって考えて鬱になる。幸せに満ちた夢の世界に逃げられるなら、きっと楽しい」
「漱先輩でも思うんですか?」
「俺なんか、なんの取り柄もない平凡な男だからね」
恵まれた人間であれば考えないかもしれない。
現実に不満がある人間ほど、夢の世界を望む。
「あの、興味本位で聞きますけど、漱先輩が夢の世界を創るとすればどんな世界にします? わ、私はそこにいたり……」
「的場さんが? それも楽しそうだね。部長と先輩を俺の同級生にして、的場さんは後輩のまま。四人で部活をするんだ。なんなら、あと二人女子を加えて、六人にしてもいい。二人は的場さんの同級生ね」
的場は、同級生がいてくれればいいと言っていた。彼女の願いも叶う世界だ。
漱と狭間、鷲尾崎の男子三人は親友同士であり、的場たち女子三人も親友同士。
女子を二人追加したのは、男女比を均等にするためだ。三対三なら、ちょうど三組のカップルが誕生する。
その場合、漱の相手役となるのはおそらく。
「漱先輩? 顔が赤いですけど、暑いですか?」
「ごめん、ちょっと変なこと考えて。夢の世界なら彼女ができるかな、とか」
彼女になるのが的場だとは言わなかった。いくらなんでも恥ずかしい。
そもそも、的場を選んだのが漱自身にも不思議だ。付き合うイメージなど湧かなかったのに。
今でも、現実で的場と付き合っている姿は思い描けない。
夢の世界だからか。
だが、それも変だ。夢の世界なら、漱の好みの女子を彼女にすればよく、的場を選ぶ理由にはならない。
好みの女子を彼女にできる夢の世界で、あえて的場を選んだのは。
「夢の世界じゃなくても、漱先輩なら彼女さんだってできますよ。素敵ですし格好いいですし優しいですし……私じゃ無理ですけど」
「逆だと思うよ。俺に彼女ができるのは無理でも、的場さんは彼氏ができる」
だって、と考える。実にバカだと自分自身を罵りつつ。
夢の世界で的場を選んだ理由。そんなもの、決まっている。
的場が漱の好みだからだ。
妹のような可愛い後輩だから好き。
間違いではないが、正しくもなかった。一人の異性として、的場清美という少女が好きなのだ。
現実で付き合う想像ができないのは、フラれる恐怖があるからだ。無意識のうちに恋愛対象から外し、失恋という最悪の事態を回避しようとしていた。
これだけ魅力的な少女であれば、彼氏くらいできる。
願わくは、相手役は漱であってもらいたいが。
「彼氏ですか。できればいいんですけど」
「変な話になっちゃったね。『ベテルギウスの下で』の話に戻そうか」
「はい」
戻すといっても、おおよそのストーリーは決まった。あとは実際に書いてみないことにはなんとも言えない。
「すぐに書き始める? それとも、ここまでの内容を部長と先輩に見てもらって、意見をもらう?」
「意見をもらった方がいいと思います。私はこれでいけると考えてますけど、狭間先輩と部長さんは違うかもしれません」
「じゃあ、お盆休み明けだね」
「明日じゃないんですか?」
「本当なら部活は休みでしょ。顧問の先生にも休みだって伝えてあるのに、黙って活動するのはよくないよ」
今日は『ベテルギウスの下で』の秘密に気付いたせいで部活をしてしまったが、明日以降は予定通り休みにする。
「部活したいです」
「気持ちは分かるけどやめとこう。続きは今度」
「漱先輩のいけず」
「変な言葉を使わないの」
しつこく食い下がる的場をなだめて、次回の部活はお盆休み明けとした。
休み中は、各々ストーリーを煮詰めてみる。新しい案が出るかもしれない。




