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プロローグ(1)

 かれこれ一週間近く降り続いた雨もあがり、空は久しぶりに元の青さを取り戻した。

 国の西側には隣国との間に海峡が広がり、何の障害も無しに海上を渡ってくる卓越風の影響で雨が降り続くのは良くあることである。

 一年中、雨季であると言っても差し支えは無いだろう。

 このような気候の支配する地域に住む人々には、陽の光の有り難みを良く理解している者が多い。

 久々に晴れ渡ったこの日を待ちに待ったといわんばかりの面持ちで、溜め込んだ洗濯物を両手いっぱいに抱えた村人が次々に戸を開き始めた。

 それは爽やかで、清々しい初夏の朝だった。

 しかしそんな爽やかさは、村のはずれの家畜小屋のニワトリが本日第一声を発したすぐ十分後には打ち消されることとなった。

 「うおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 甲高い叫び声。

 朝も早くから家の前でこんな声が聴こえて来れば、気にならない者はまずいないだろう。

 近所の住人が5〜6人、ほぼ反射的と言っていいスピードで外へ飛び出してきた。

 が、その野次馬のど真ん中を信じられない速さで小さな人影が走り抜けていく。

 少年、というよりも「男の子」だった。

 見た目にも五歳かそこらにしか見えないその小さな子供は、明らかに成人用に仕立てられた黒いローブに身を包んで、息を切らしながら走り去っていく。

 こんな早い時間からそんな子供が一人でうろついていること、そして何より身に纏っていたローブが一般市民の半年分の給料に匹敵するほどの高級品であったこと。

 一度に幾つもの常識を打ち破る光景を目の当たりにして、その場に居合わせた大人たちは総じて、言葉を失って立ち尽くしていた。

 それから十数分の後、家畜小屋がさらに騒がしくなってから、事態の真相は明らかになる。

 馬に乗った騎士らしい人物が三人、只ならぬ雰囲気を湛えて村の入り口を駆け抜けてきた。

 どうやら、装備を見るからには王宮に属する騎士であるらしい。

 王宮に仕える騎士には、肩の装甲に鳥の羽を象った紋章が付いている。

 その数は一枚から十二枚まであり、羽の数の少ない者ほど階級の高い騎士だといえる。

 この騎士団は全員両肩に六枚ずつ、つまり最下位の兵士だった。

 モンテと呼ばれるこの小さな村は、西の海岸から東に連なる山脈までのおよそ六万五千平方キロメートルの領土を統括するエーレス王国という小国の統治下にあり、王宮を擁する首都サンダーベルクの北門から延びる街道沿いに小さな村を三つほど越えた場所に位置する。

 しかしそれぞれの村は隣接しているわけでは無く、実際は離れて点在しているため、サンダーベルクからここモンテに来るまでにはどう近道をしても三十キロ以上はかかってしまう。

 当然、行き来をするのであれば誰だって馬で移動する。

 三人の騎士は手綱を操って馬の足を止めると、その場で跪いて動かない村人たちに質問を投げかけた。

 「人を探している。この村に、大人用の高級ローブを纏った怪しい少年が侵入したと聴いているが、それは本当か」

 「………え、…ええ。先程から住民の間でちょっとした噂になっておりまして…」

 中年の農夫は顔も上げずに恐る恐る答えた。

 モンテの村は外の平野との間に、木で出来た今にも崩れそうな柵が立てられている。

 成人男性の胸ほどの高さの柵は、入り口から出口まで村全体を円く囲むように連なり、村に普通に出入りするならばその二つの門を利用するしか無い。

 因みに、首都側の方の門が入り口、反対側の門が出口と呼ばれている。

 この村に入れば普通に出られるのは中央の大通りの終点にある出口だけであり、外壁である柵から抜け出しても外は岩盤の一枚も見当たらない平原であるため、何キロか先の様子であってもすぐにわかってしまう。

 そのため村に侵入した「男の子」を探すのであれば出入り口にだけ気を付ければ良いということを、この騎士たちは知っていた。

 未だ怯えている農夫に礼はおろか返事すらも告げずに、三人の騎士団はまた走り出そうとする。

 「あ、あの…」

 貴族や騎士階級に気安く話しかけることが、何を意味するのかを知らないわけでは無い。

 しかし、いつの間にかその場に集まっていた村人たちが揃って気にしていたことを、この農夫は尋ねずにはいられなかった。

 「王宮の兵士様がこのような矮小な村に、…それも、たった一人の少年を探すなど…。何か、この村に問題でも………」

 緊張でうまく口の回らない農夫が言い終わる前に、騎士の一人が口を挟んだ。

 「この村自体には特に問題があるわけでは無い」

 無愛想ではあるものの、この国のお偉方は近隣の諸国に比べていくらか寛大なようである。

 西の海峡を挟んだ隣国ブルジアで同じことをすれば、その場で射殺されていたに相違無い。

 そう思えば税こそ軽くは無いものの、この国にいればその程度では殺されたりしない。

 皮肉では無く、これは心の底から有り難いことであった。

 「国の名誉に関わることではあるが、何しろ一大事だ。我が国の王子にあたるお方が、昨晩より王宮から行方不明になられた。黒のローブの少年を見つけたら、すぐに知らせろ」

 そう言い放って、騎士団はその場を走り去った。

 村人たちにはまだ気になることがあったが、これ以上首を突っ込めば今度こそ命に関わりかねない。

 それからしばらくの間、村は今朝の話題と噂で持ち切りだった。

 王宮からこの村までの大人ですら馬で移動する距離を、一晩で駆けて来た謎の「男の子」のこと。

 そして、王子が脱走したという一大事にも関わらず、軽装の騎士がたった三人、それも王族の直属とはいえ最下層にあたる者しか派遣されていないということ。

 爽やかな初夏の朝は、一人の迷惑な王子(らしい男の子)によって台無しにされたのであった。

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