魔女シュネーケの悪巧み
三人称
今回から、一日一更新になります
ボンボン王国はきらびやかな国。
いつも人々は、笑い、歌い、永久の平和を謳歌している。
魔王グレイゴーアが世界を征服しようとしていた時も、ボンボン王国は無事だった。
国が放つ輝きが、魔族や魔物の類を寄せ付けなかったからだ。
だが。
ボンボン王国現国王が、若くして亡くなった先代后の後に、新たな后を迎え入れた時。
王国の平和は終わりを告げたのだった。
「なんということ! なんということなの!」
豪奢なドレスを着た、真っ白な化粧の女性が甲高く叫びながら、廊下を歩いていく。
「妾が遣わした兵士共は、なにをやっているの! あんな小娘一人を捕らえるのに、小娘一人を殺して持ってくるのに、どうして一晩経ってもなんの音沙汰もない!」
奮然と、大きな扉の前に立つ。
バーン、と扉を蹴り開けると、そこには天蓋付きの大きなベッド。
ベッドの脇には、石の彫像になったボンボン王国の国王が、カッと目を見開いたまま立ち尽くしていた。
「鏡! 鏡の悪魔よ! 遠く遠くを見通しなさい! あれはどこ? あの忌まわしい姫はどこ? 王国の光を一身に宿した、ショコラーデ・ボンボンはどこにいるの!?」
『これはこれは魔女シュネーケ。ご機嫌麗しゅう』
「麗しくなんかないわよ! 早くおし! ご機嫌取りの言葉なんかいらないわ!」
『はいはい。ヒステリーで割られてしまっては敵わない。ま、光の鏡を封じているみどもを割るほど愚かとは思いませんがね』
ケヒヒヒヒ、と笑いを漏らしながら、鏡の悪魔は鏡の中に、彼女が望む像を映し出す。
それは、王国から少し離れた森の中。
見すぼらしい衣服をまとって、それでも城にいた頃と変わらない輝きを放つ、天真爛漫な姫君の姿。
彼女は大きなニンジンを手にして、眼の前にいるウサギの肩を叩く。
あれはなにか。
騎士として叙勲している?
真っ白なウサギを、騎士に?
「案の定、生きているじゃないの! あのカボチャども、何をしているの! 聞こえてくるのは、カボチャどもの悪口だけ! ええい、教育が悪いのじゃないの!?」
奮然と吠える彼女は、ピンと背筋を伸ばすと腕を一振りした。
すると、豪奢なドレスが、禍々しい漆黒のドレスに変わる。頭には、悪魔を模した冠。
白い肌はより青白く。唇は血のように赤く。
彼女は魔女シュネーケ。
輝ける国、ボンボン王国を闇に閉ざした張本人。
「ベジマイ! サルミック!」
彼女は扉に向かって叫んだ。
すると、二つの人影が現れる。
「ははーっ、お呼びでしょうかお后様」
一つはずんぐりした人影。
小狡そうな顔つきに、威厳をつけるために生やしているカールした口髭。
灰色の肌はとても人間のものとは思えず、その凶相に露骨な愛想笑いを浮かべている。
大臣ベジマイ。
「はっ、お呼びでしょうかお后様」
もう一つはシュッとした人影。
背が高く、扉に頭がつっかえそう。
体格も良く、堂々たる美丈夫だが、彼が口を開く度に吐息が炎になって辺りに舞い散る。
騎士団長サルミック。
共に、魔女シュネーケが頼む恐るべき手下である。
「お前たち! あの王女、ショコラーデ・ボンボンは生きているわ! 妾が追手を差し向けたのにも関わらず、どうやってか追手を振り切って!」
「そ、それはそれは。なんともしぶといことで」
ベジマイが懐からハンカチを取り出し、汗を拭く仕草をした。
「パンプキンソルジャーズは、ああ見えて魔法を宿した武器でなければ殺せない、魔界の兵士です。王女が魔法の武器を持っていたとは思えません」
「サルミック。あの小娘が、カボチャ共を殺したと思っているのかい?」
「戻ってこないということは、パンプキンは皆やられたのでしょう。つまり、王女ではなく、王女を守る何者かが現れたということでしょう」
サルミックの目が、ギラギラと輝く。
瞳から、比喩ではなく炎が漏れてきている。
「何者かとは、何者ぞ!?」
シュネーケは怒り任せに、床を踏みつけた。
何者か、では何も分からないではないか。
「鏡の悪魔!」
『これはこれは魔女シュネーケ。ご機嫌麗しゅう』
「麗しくなどないわ! 鏡の悪魔よ、王女を守る者は誰ぞ! この魔女シュネーケを敵に回す、愚か者の姿を映し出すがいいわ!」
『おやおや、異なことを仰る。それは既に、鏡の中に映されているではありませんか』
「鏡の……中に……?」
シュネーケは目を細めて、鏡の中を見つめた。
そこには、あの忌まわしい、輝く笑顔を浮かべながら焼き魚を食べるショコラーデ姫と……もりもりセロリを食べるウサギの姿。
「まさか、このウサギが……?」
その時である。
ウサギが顔を上げた。
魔女シュネーケは、確かにこの瞬間、鏡越しにウサギと目が合ったと感じた。
背筋がぞくりとする。
「まずいわ! 鏡の悪魔よ、即座にこの光景をやめ……」
シュネーケの言葉は遅かった。
『むおおおっ!?』
鏡の悪魔は一声叫ぶと、その腹に宿した鏡を砕け散らせた。
鏡を破って、オレンジ色の何かが突き出す。
「ニッ」
「ニニニ」
「ニンジン!?」
サルミックが、ベジマイが、シュネーケが目を見開き叫ぶ。
すぐに、ニンジンは消え失せた。
だが、鏡の悪魔は鏡を割られ。白目を剥いているではないか。
「あれぞ。あのウサギが、姫を庇護する者……!! 狩れ!! お前たち、あのウサギを狩るのだ!!」
魔女の命令が、闇に包まれたボンボン王国に響き渡ったのだった。




